Christmas party(片付)


「あー、まじ楽しかった!」

 喜色満面の笑みを浮かべ、ぱたぱたと尻尾を揺らして燐は言う。能天気なその笑顔は時として苛立ちを覚えることもあったが、今は素直に喜びを表す姿に雪男の頬もまた柔らかく緩んだ。良かったね、とそう口にしかけて思い直す。たぶん、今最適な返しはこの言葉ではない。

「僕も、すごく楽しかったよ」

 偽りなくそう紡げば、思った以上に燐は嬉しそうな笑みを浮かべた。大昔にやっていたというテレビアニメの兄妹ではないが、「嬉しいことはふたり分、悲しいことは半分」が兄の望むところらしい。悲しいことを彼に背負わせるつもりはなかったが、ひとりで嬉しいよりも、ふたり一緒に嬉しいほうが喜びは数倍に跳ね上がることは確かだ。

 昨日より雲行きが怪しく、今朝方から降り始めた雪はやむ気配を見せず未だ舞い続けている。そんななか兄弟の住まう旧男子寮を訪れてくれたのは、祓魔塾で燐と同期生であるメンバたち。事前に忘年会を兼ねたクリスマス会を皆でやろう、と計画していたのだ。燐が腕を振るった料理やデザートを囲み、持ち寄ったプレゼントを交換して話に花を咲かせる。来年はどんな年にしたいだとか、今年中に終わらせておきたいことだとか、積み上がった課題に対する不安だとか。普段できないような馬鹿な話に声を上げて笑っていたところで、サプライズとして誕生日を間近に控えた双子へ皆からプレゼントが渡された。クリスマスプレゼントとは別枠のものだ。

「若先生が任務とかで出てかれなくて良かったですわ」

 塾生たちとは違い、称号を持つ祓魔師である雪男は、任務がなければ参加する、と伝えてあった。幸いにも最後まで携帯が鳴ることはなく、手渡せて良かった、と笑う勝呂から直接プレゼントを受け取ることができた。予期していなかった誕生日祝いに燐は大きな目を潤ませて喜んでおり、「やだちょっと、こんなことくらいで泣かないでよ」「泣いてねーよ!」と出雲と言い合いになっていた。
 帰宅する彼らを見送ったあと、パーティー会場として使っていた食堂へと戻る。つい先ほどまで多くのひとがおり、話声で賑わっていたというのに、ほんの数分でこの静けさ。いつもならば寂しさを覚えていたかもしれないが、今はどうしてだかそんな気にはならなかった。
 肩の上にクロを乗せたまま、燐はふんふんと鼻歌交じりに汚れた食器を重ねはじめる。

「今から片付けするの?」

 明日でも良くない? と兄の背に声を掛ければ、「今やっとかねぇと絶対面倒になるだろ」と返された正論。加え、「俺やっとくから、いいぞ。雪男、やることあんだろ?」と気遣いまでされてしまった。

「……そういうわけにもいかないでしょ。僕も手伝うからって皆には言ったのに」

 後片付けを手伝うというありがたい申し出を丁重に断る際、「ふたりでやればすぐ済みますから」とそう言ったのだ。別に彼らが見ているわけでもなく、雪男が兄に作業を押し付けているわけでもない。やりたい作業が残っているのは事実で、彼の言葉に甘えてしまってもいいかもしれない。けれど。
 無理しなくていいのに、と唇を尖らせる燐へ「今は兄さんの側にいたいんだよ」と素直に口にした。きょとんとした視線を向けてきたあと燐はぼぼぼ、と音でもしそうなほど顔面を赤く染め上げる。

「だ、だったら、勝手にすりゃいいだろ!」

 片付けを手伝うと言っているのに勝手にすればいい、という返しはないと思う。けれど照れ隠しにばたばたと尻尾を振る姿があまりにも可愛くて、「うん、勝手にさせてもらう」と笑みを浮かべて答えた。
 ゴミを纏め、汚れ物を纏め、流しにふたりで並んで立って食器を洗う。

『おれもてつだうぞ!』

 にゃあ、と声を上げた猫又に、「じゃあ、クロには皿拭きの任務をやろう!」と燐は机の上に布巾を広げた。そこに濡れたままのスプーンをいくつか並べ、布巾で挟み込む。「こーやって、布巾を重ねて、水を取るんだ」という説明を神妙な顔をして聞いていたクロが布巾の上からぽむぽむとスプーンを叩いた。こんな感じ? と首を傾げる仕草がひどく可愛らしかったが、そのまま口にすればきっと彼は臍を曲げてしまうだろう。

「そうそう。水が取れたら呼んでくれな」

 どう考えてもひとの手で行ったほうが早い作業だ。けれど燐は決して猫又の申し出を却下しない。それが好意によるものだということを知っているから。そういうひとなのだ、兄は。
 燐が皿を洗い、雪男がすすぎ、時折振り返ってクロに皿拭きを頼む。ふたりと一匹で片づけを行うその空間は、ひどくゆっくりとした時間が流れているようだった。
 冬休みの課題を勝呂がもう終えてしまっている話だとか、いつか自分でもケーキを作ってみたいと息巻くしえみの話だとか、出雲が持っていた耳あてがもふもふして可愛かっただとか、子猫丸は頭が寒そうだから今度帽子をプレゼントしたいだとか、年末だろうがクリスマスだろうが志摩は志摩だっただとか。燐の口から紡がれる話に、そうだね、と相づちを打ちながら笑みを浮かべる。

「大晦日とか正月でも仕事ってあるもんなのか?」
「まあ、祓魔師に休みなんてないようなものだからね」

 でも僕は一応未成年だから考慮されるかもしれない、と苦笑して言えば、「一応、じゃねぇだろ」と燐が眉を顰めた。

「立派な未成年なんだから、考慮してもらわねぇと困る」

 ひとんちの弟、こき使いやがって、と憤る。立派な未成年という言い方もどうかと思うが、事実であるため否定はできない。そういう世界に自ら足を踏み入れており、雪男としては文句を言うつもりはないのだけれど。

「やっぱ一回メフィストにはがつんと言っとかねぇと、」

 ぱたむぱたむと尻尾を振りながらそう口にする燐へ、「兄さんが、」と雪男は隣へ視線を向けて言った。

「兄さんたちが、早く称号を取って祓魔師になってくれたら、僕の仕事だって減るんだよ」

 祓魔師という職業は慢性的に人手不足なのである。だからこそこなさなければならない任務も多くなり、休みだって少なくなる。ひとりでも多くの祓魔師が誕生すれば、それだけ負担も減るというものなのだ。
 雪男の言葉に、「おお、そっか、なるほど!」と燐は目を輝かせて頷く。

「分かった、雪男をかろーし? とかってやつにさせないために、兄ちゃんがんばっからな!」

 目指せ、兄弟コンビで悪魔退治、と息巻いて、燐は泡を立てるスポンジを握りしめた。
 それはいつだかも彼が言っていた言葉。祓魔師になって兄弟で協力して悪魔と戦うのだ、と。
 この兄に協力だとか協調だとかいうことが理解できるとは思えないし、もしそうなれば確実に苦労するのは自分だと分かっている。第一燐が、魔神の炎を受け継ぐ兄が簡単に祓魔師になれるとは思えなかった。知識や技術の問題ではない、正十字騎士團という組織の中で彼がその居場所を得るには血反吐を吐くような努力が必要だろう。それこそ、幼い雪男が踏んだ苦労とは比べ物にならないほど。
 そんな夢物語を、燐は意気揚々と語る。そうなることを信じて疑っていないというよりは、絶対にそうなってやるという意思の強さを持ちながら、簡単には叶わないだろう未来を楽しげに語るのだ。
 それなのにどうしてこのひとは、と雪男は小さくため息をつく。
 皆で食事を囲み、話をしている時からずっと付きまとっていた違和感の正体に、今ようやく気が付いた。そうしてこの場で自分が何をしなければならないのか、も。
 普段の雪男ならば将来を楽観するような言葉を簡単に口にしたりしない。そういうのは兄の役目だ。
 けれど。

「ねぇ、兄さん」

 目を伏せ、静かに燐を呼ぶ。
 一度も。
 パーティーの間から、今の今まで一度も。
 燐の口から零れなかった言葉がある。
 彼の性格からいって普通に言いそうな言葉だというのに、まるでそのようなことなどあり得ないとでも思っているかのように。
 頑なに紡がれない言葉。

「来年も、クリスマスパーティー、やろうね」

 未来を望むその言葉。
 悪魔の血を持つ彼が時々目を背けてしまう温かな光景。
 その時が幸せであればあるほど、「もう一度」を望めない臆病な悪魔。
 雪男が紡ぐそれに、俯いた燐は小さく「ん」と頷いた。


 双子の兄の青い瞳は、弟が直視できない未来を見ることができる。
 ならばこの緑の瞳は、その兄が諦めを抱いている未来を見るためにあるのだろう。




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2012.12.24
















だからこその双子。