オノマトペ(ぺろり)


「なんか、さ、雪男のえっちって、飯、食ってるみてぇ」

 はふ、と跳ねる息の下、少しだけ掠れた声で燐が小さくそう言った。生まれた時から感性だけで突き進んでいるようなひとだ、その言葉に深い意味はなく、ただ本当にそう思っただけなのだろうけど。

「何それ、どういう意味?」

 兄とは真逆に、どうしても先に頭で考えてしまうタイプの弟は顔を上げて首を傾げる。食事とセックスを同列に語るのもどうかとは思うが、食欲も性欲も三大欲求の一つだ。本能に即したそれらが似通っていると感じるのも、ある意味正しいのかもしれない。けれど行為そのものに類似性はないと思う。食卓の前に足を揃えて座り、頂きますと行儀よく手を合わせて開始するものと、ベッドの上、一糸まとわぬ姿を交えて行う、とてもではないけれど行儀のよいとはいえない行為。
 やはり考えても類似性を見いだせず、ますます首を傾げた弟を見上げ、燐は楽しそうにくすくすと笑って腕を伸ばした。首筋に絡まる手、求められるまま引き起こし、兄を抱えて腰を下ろす。

「や、いつも、あー俺、今雪男に食われてんなーって、思うから」

 すり、と少しだけ汗の滲んだ額を擦り合わせ、相変わらず燐は笑みを浮かべたまま。

「……え、もしかして僕、がっつきすぎ?」

 食べられている、と思われるほどにがつがつと燐を求めていた、求められているように感じたということだろうか。
 求めていること自体は否定しない。どうしてこんなにも、と自分でも不思議に思うほど、常に兄に飢えている。できるならずっと摂取していたいくらいだ、とつい考えてしまうのは、たった今セックスが食事のようだと例えられたからだろうか。

「んーん? てゆーか、がっついてもらわないと、兄ちゃんが困る」

 にしし、と笑いながらそう言った燐は、伸ばした舌でぺろり、と雪男の頬を舐めた。

「俺さ、たぶん、この世界の誰よりもさ、雪男が飯食ってる姿、見てんだよ」
「……うん、そうだろうね」

 家族であり、またここ最近はずっと食事を彼が作っているためそれも当然のことであろう。

「だからさ、お前の飯食うタイミングっつーか、リズム? みたいなのも、なんとなく分かるわけ」

 食事の用意されたテーブルにつき、頂きますと両手を合わせる。箸を取ってから一番初めに皿へと伸ばすタイミング、次の皿へ移るタイミング、少し箸を休める時間、お茶を飲んで次の皿へ。掬い上げた料理を口に含み、もぐもぐと咀嚼しごくりと嚥下する、そのリズムを覚えてしまった。だから気づけたのだろう、雪男が燐に触れるタイミングやリズムが、食事のそれとなんとなく似ていることに。

「えーっと、それは、何? マンネリ、って言いたいの?」

 やはり兄の言いたいことが伝わらず、なんとなく思ったことを恐る恐る口にしてみれば、「だから違ぇって!」と頬を齧られた。

「なんでお前はそーやってすぐ悪い方に考えっかな」
「……しょうがないよ、性格だもん」

 どうしてもマイナスな方向へ走ってしまう思考回路はもはや習性だ。拗ねたようにそう口にすれば、ほんとしょーがねーな、と笑いながら、燐は今自分が歯を立てた箇所を再びぺろり、と舐めた。

「俺な、雪男の食ってる姿見んの、すげー好き。こいつ、ほんと俺の飯、好きなんだなーって分かるから」

 どれを食べようか迷っているときも、ぱくりと箸を咥えたときも、どれも幸せそうな顔をしているのだ。少し疲れているときでも、燐と喧嘩をしている最中でも、それでも食事を前にすれば弟の表情は少しだけ柔らかくなる。いつもの難しそうな顔が崩れるその時間が、燐は好きだった。
 俺としてるときもおんなじ、と双子の兄は笑う。

「だから、あー今俺、こいつに食われてんなーって思う」

 頂きますと両手を合わせて始まるわけではないけれど、それでも幸せそうに目を細め、丁寧な仕草で手を伸ばし、もぐもぐごくり、と一粒残さず綺麗に平らげられている。そんな錯覚を抱いてしまうような、幸せな時間なのだ。
 どーよ、兄ちゃんは美味かろう、と満足そうに笑ってそう尋ねてくる兄を前に小さく吹き出すと、「最高だね」と答える。

「最高すぎて、いくらでも食べれそう」

 食事とセックスと。
 似ている点などない気もするけれど、雪男のそれに関して言えば、どちらも燐にしか用意できないものでないと満足できない、摂取する気にもなれないという部分についてはひどく類似しているな、とそう思った。
 だからさ兄さん、と笑みを浮かべて首筋に回っていた彼の手を取る。きゅうと握ったあと、揃えられた指先をぱくり、と咥えた。

「僕としてはお代わりをお願いしたいところなんだけど、どうだろう」

 爪の上から軽く歯を立ててすぐに口を離し、今度は親指の腹あたりをかぷり、と齧る。かぷり、かぷり、と手首、腕と唇を移動させていけば、「しょーがねーなぁ」と先ほどと同じような口調で燐が笑った。

「残さず食えよ?」
「もちろん」

 出された皿は、ぺろりと綺麗に片付ける主義です。






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2013.07.16
















病み付きになるほど甘い。

Pixivより。