オノマトペ(ぱたぱた)


 左手が宙を泳ぐ。少し幼さを残したその仕草が、ぶっきらぼうだけど優しくて強い友人の癖だと気がついたのは、ここ最近のことである。
 それはたとえば、実技の時間に講師の説明を聞いているときや、実習のため教室移動をしている途中、買い物をするクラスメイトを待っている間。足の横に投げ出された左手がゆらり、と所在なさげに蠢く。机の上に手を置いている状態では、不思議と姿を現さないその癖。

(ああ、ほら、また……)

 少し前を歩く友人の左手、ぱたぱた、ぱた。
 以前そのことを指摘したとき、彼は真っ青な目をきょとんとさせ首を傾げていた。そんなことはしてないと思う、と言う彼の後ろから、癖だから自分で気づいてなくて当然だ、と関西弁のつっこみが飛んできていた。左手をわきわきさせながら、ちょっと気をつけてみる、と言っていた彼だが、もともとあまり記憶力はよろしくないため、きっと今はすっかり忘れてしまっているだろう。
 実は同じような癖を彼の双子の弟も持っている。本人たちには伝えていないが、これもまた先日偶然に気がついたのだ。ただし、弟の場合宙を切るのは右手となる。
 ぱたぱた、と手持ちぶさたの右手が動く。

(やっぱり兄弟だからかな……?)

 似たような仕草の癖を持つのは、彼らがそれだけ多くの時間と空間を共有している証拠かもしれない。性格も容姿もあまり似ていない彼らだけれど(そしてふたりとも少しだけそのことを残念がっているように見えるけれど)、こうして見ればちゃんと似ているところも多いのだ。
 そのことを教えてあげたほうが良いのかしら、と思いながら、はたと気が付いた。同時に今まで懸命に友人たちのあとを追っていた足も止まる。

「杜山さん?」

 塾生たちの課外活動に引率としてついてきていた講師である彼が、不思議そうにそう声を掛けてきた。彼は自分たちの最後尾を歩いていたのだ、後ろから声がするのも当然で。

「ゆきちゃ……じゃなかった、奥村先生!」
「ッ、はい?」

 くるり、と振り返って自分を呼んだ少女に面喰いながらも、なんでしょう、と穏やかに言葉を返す彼の背後にぱたぱたと回り込む。

「え、ちょ、杜山さん?」
「いいから、前!」

 驚いている彼を無視してぐいぐいとその背中を押して、自分のすぐ前を歩いていた友人、彼の兄の左隣へと押しやった。

「しえみ? 何やってんだ?」
「いいから、ほら! 早く帰らないと遅くなっちゃうよ?」

 奥村先生も、と未だ状況把握ができずきょとんとしている講師を追いたて、今まで彼がいたポジションに自分の身を置いた。先を行く塾生たち、少しおいて並んで歩く塾一番の問題児と講師という双子の兄弟。
 本来なら講師という立場上最後尾を歩くべきだと思っているのだろう、けれど今は塾の建物内に入っている状態で、特に危険もないはずだ。大丈夫、ちゃんとついて行くから、と拳を握ってみせれば、「じゃあ、遅れないように。早かったら言ってくださいね」と彼にとっては意味不明だろう暴挙を許容してくれた。本当に優しいひとだと思う。
 一体なんだ? さあ? と顔を見合わせて首を傾げながらも歩き出した双子の兄弟。荷物は持っておらず、ただ歩くだけであるためその両手はそれぞれ少しだけ手持無沙汰な様子。
 右側を歩く兄の癖は宙を泳ぐ左手。
 左側を歩く弟の癖は空を切る右手。
 まるで何かを探しているような仕草のそれ。
 ぱたぱた、ぱた。

(あ、やっぱり。)

 いつもなら宙を泳いで空を切るだけの手が、ごく自然に繋がった。もしかしたら手を繋いでいるという意識さえ、彼らにはないかもしれない。
 双子の兄弟がぱたぱたと探し求めていたものは、思った通り、それぞれの片割れだった。

(ふたりには内緒にしとこう。)

 きっとこの癖の秘密は彼らには伝えないほうがいいだろう、そう思い、ふふふ、と小さく笑みを零した。




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2013.07.16
















触れ合ってないと不安。

Pixivより。