sweet diner time


 冷たい空気から逃げるように入り込んだ建物ではあったが、残念ながら古びた木造建築ではさほど防寒として役には立たない。しかも無駄に広いなかで暮らしているものがふたりしかいないとなれば、せいぜい住人がいるその部屋くらいしか暖まっていないだろう。外と同じほど冷えた廊下を進み、ぼんやりと明かりのこぼれている厨房を目指す。先に部屋へ戻っても良かったが、とにかく今は暖を取りたい。ならば、ひとのいる可能性の高い場所を目指したほうが良いだろう。
 ぎし、と床板を軋ませて足を進めた先に、果たして目的の人物はいた。

「おー、おかえり! ははっ、お前ほっぺと鼻が真っ赤になってんぞ。外、寒かったろ?」

 ちょっと待ってろよ、と言って背を向けた兄へ、「ただいま」と遅れた返事を放つ。コートも脱がずに立ち尽くしていた弟の前に差し出されたものは、温かなお茶の入った湯飲みだった。とりあえずそれで一息をつけ、ということらしい。

「どーする? すぐ飯もできるけど、風呂で身体温めてくるか?」

 その問いに少し考えて「ご飯がいいな」と答えた。湯船も非常に魅力的ではあったが、兄がまだ風呂に入っていない様子であったため、雪男も後に回すことにする。
 着替えてこい、と部屋に追い立てられ、小さなビニル袋を下げてまた厨房へ戻れば、食卓には既に綺麗に盛りつけられた料理の皿が並んでいた。料理は味付けもさることながら、見た目も大事なのだ、とは兄の言。美味しそうに見える盛りつけ方を彼独自に研究しているようで、いつ見ても完璧としか言いようのない食事を用意してくれていた。本当に、こういうところばかり器用になってどうするというのだろう、と常々思う。これでは彼の将来の選択肢が「聖騎士」か「お嫁さん」の二択になってしまうではないか。
 そんなくだらないことを考えていた雪男の前に、「今日はやっぱ鶏肉食わないとな」とオーブンから取り出したばかりなのだろう、こんがりと焼き色のついた鳥の足が並べられた。そう、今日は十二月二十四日、クリスマス・イヴである。欧米では家族で過ごすことの多いらしいが、何故かここ日本では恋人たちの祭典になり果てている日だ。
 美味しそうな香りを放つ鳥の足を前に「やっぱりね」と雪男は小さく笑った。正面に座った燐がどうした? と首を傾げている。

「いや、せっかくだからさ、何か買って帰ろうかなって」

 そう思って任務帰りにスーパーへ寄ってみたが、チキンはきっと燐が用意しているだろうと考え買うのを控えたのだ。

「なんだよ、言ってくれたらこれ別の日に回したのに」

 買った肉のほうがクリスマスっぽくて良かっただろ、と燐は言うがそうではない。

「僕は兄さんが焼いたお肉が食べたかったんだよ」

 たとえただ焼くだけだとしても、燐の手によって作り出されたのだということが雪男にとっては重要なのだ。それは決して買ってきたものには作り出せないものを持っている。
 代わりにこれ、と机の上に置いたのは白いビニル袋。

「ちょっと気障過ぎるかなって悩んだんだけど」

 それでも今年は去年までとは違うクリスマスなのだから、何か特別なものを用意してみたかったのだ、と正直に吐露しておいた。スーパーの袋のなかに入っているものは、ノンアルコールのシャンパン。子供用のそれを買うのは恥ずかしかったが、飲みたがっている小さな弟がいるのだ、という脳内設定を繰り広げて乗り切った。
 しかし、当の兄はどんな反応をするだろう。何変な気を回してんだよ、と笑うだろうか。子供っぽいことをするなと怒るだろうか。
 おそるおそる正面を窺えば、燐はそのどちらでもない表情を浮かべていた。強いていうのなら、はにかんだ笑顔、だろうか。

「俺だけじゃなかったんだな」

 そう笑った燐が腰を上げ、冷蔵庫のなかから取り出してきたものは、綺麗にトッピングされた小さな生クリームケーキだった。クリスマスケーキはこっちで用意するから、とそう言われていたのだけれど。

「……もしかして作った?」

 尋ねれば、うん、と頷きが寄越される。確かに彼は料理が得意ではあったが、菓子類についてはさほど知識はないはずだ。せいぜいクッキーやホットケーキを焼けるくらいだと認識していたが、いつの間にこのようなケーキまで作れるようになっていたのだろう。
 すごいね、と素直に感想を述べれば、「頑張ってみた」と燐は照れたように笑って言う。

「ほら、今年って、今までとちょっと違う、じゃん?」

 何が違うのか、と問われたら、ふたりの関係性が、と答える。
 そう今まではただの双子の兄弟としてクリスマスを過ごしてきた。けれど今年は違う、兄弟であるだけでなく恋人として、クリスマスを過ごすのだ。
 去年とは違うからこそ、違う何かを用意してみたかった。それは雪男がシャンパンを買ってきた理由とまったく同じで、普段はまるで似たところがないというのに、妙なところで双子のシンクロを発揮してしまったようだ。恋人であろうと努力しているのに、よく似た兄弟だということを証明してどうするのだ、と苦笑する雪男の前で、「よく似た兄弟で恋人とか最強じゃん」と燐は胸を張った。
 デザートが控えているため食事は腹八分目に。明日以降の冬休みの予定を話ながら片づけまで済ませ、切り分けられたケーキを前に、ノンアルコールのシャンパンをグラスに注ぐ。
 しかしいくらお洒落なものを用意したところで、ふたりがいる場所は旧男子寮の食堂だ。テーブルはあちこちに傷の入った木製のものだし、壁のひび割れはひどいし、天井にはしみがあるし、広い空間の奥にまで明かりが届いておらずもの寂しさを覚える。

「……場所がちょっとアレだけどね」

 苦笑を浮かべて言った雪男へ「だったら」と燐が口を開く。

「俺だけ見てろよ」

 そうすればここが古ぼけた旧男子寮の食堂であることなど気にならないだろう。俺も雪男だけしか見てねぇし、と衒いなく告げられた言葉に頬が赤くなる。殺し文句を不意打ちのように放つのはやめてもらいたいところだが、そう指摘したところで燐は首を傾げるだけだろう。雪男の兄は無意識、無自覚の小悪魔なのだ。
 今だってそうだ、向かい合わせに腰を下ろしグラスを合わせて乾杯をしたというのに、燐は雪男の隣にまで席を移動している。ぴっとりと身体の左側を雪男にくっつけてご満悦のままケーキのイチゴをよけていた。何で隣に来たの、と問えば、「恋人っぽいかなって」とこちらを見上げて笑う。その言動がもちろん計算によるものではなく、すべて天然なのだから悪魔の血(のせいかでないのは分かっているけれど)とは恐ろしいものだ。
 せっかくのクリスマスなのだから、恋人として初めて過ごすイベントなのだから、恋人っぽくしてみたいのだ、と燐は言う。
 それこそ生まれたときから一緒にいるため、違う関係へ足を踏み入れたとしても、正直ふたりの間の空気に大きな違いは生まれなかった。もちろん兄弟ではしないことをするようにはなったけれど、もう少し恋人らしい甘い雰囲気になりたい、と本音の部分では思っていた。けれどもしかしたらそう望んでいたのは雪男だけではなかったのかもしれない。
 クリスマス・イヴの夜、ふたりきりの食堂で、隣には可愛らしく甘えてくる最愛の恋人(兼兄)。この空気を堪能しない手はない。

「恋人っぽくっていうならさ」

 そういってフォークを置いた雪男は、燐と視線を合わせてとんとん、と指先で己の唇を叩いた。ケーキを食べさせてほしいな、という気持ちをしっかり受け取ってくれたようで、しょうがねぇな、と言いながらも、イスの下では黒い尾がぱたぱたと嬉しそうに跳ねている。ケーキを手ずから食べさせてもらえば、その甘さは倍以上に膨れ上がるらしい。自分で食べるより美味しい、と言った雪男へ、「同じケーキだっつの」と燐は呆れたように返す。

「つーかさ、これって今までもしてやってたろ」

 言いながら皿の上で切り崩したケーキを綺麗にフォークでまとめ、弟の口へとせっせと運んだ。
 むぐむぐ、と口のなかのスポンジを咀嚼、嚥下したあと、「そういえばそうだね」と雪男も笑う。別段、こうして食べさせてもらうこと、食べさせてあげることが恋人ならではの特別な行為、というわけではない。少なくとも自分たち兄弟についていえば、以前から頻繁というほどではないにしろ行っていたことだ。燐は兄なのだから弟を甘やかすべきだ、と思いこんでおり、雪男はそんな兄の気持ちに乗っかるように一口ちょうだい、味見させて、食べさせてと甘え続けてきていた。その積み重ねで、ひとの口へ食べ物を運ぶ燐の手つきにも慣れが見えるくらいである。
 今現在ふたりが行っていることは「恋人」同士のじゃれあいであり、兄弟間の甘えとはまた違うものだ。そう言い聞かせても良かったが口にはせず、それってさ、と雪男は今度は燐の口へケーキを運びながら(兄のようにうまくフォークに乗せられないのは何故だろう)笑って言う。

「つき合いだしたのは最近でも、ずっと恋人同士だったってことだね」

 ただ自分たちが気がついていなかっただけで、きっと生まれたそのときから兄弟でもあり恋人でもあったのだろう。
 至極真面目な顔をしてそう言ってみれば、双子の兄は「なんだそれ」と声を上げて笑った。けれどその後でぱたむ、と尾を揺らして浮かべられた燐の幸せそうな笑みを、雪男は一生忘れることはないだろう。




ブラウザバックでお戻りください。
2013.12.24
















爆発を厭わないツインズ。