一致団結


「と、友だちのっ、」

 話なんだけど、とお決まりの枕詞を置いて俯いた悪魔がごにょごにょと相談するには、二週間後に迫ったイベント、バレンタインについてのこと、らしい。つき合っている恋人にチョコレートを渡すべきなのか迷っている、というその内容に、話を聞いていた祓魔塾生面々は互いに無言のまま顔を見合わせた。

 バレンタインデー。
 それは女子が男子にチョコレートを渡して告白をする日、というのが一般的な認識であろう。しかし恋人同士であるからといってチョコレートを渡してはいけない、渡さないということもなく、つき合っている彼氏へのプレゼント、というのもよく聞く話だ。
 いくらクラスメイトの頭脳が小学生並みであってもそれくらいは知っているだろう。「コイビトだから渡したほうがいいのかなとも、思ってる……らしいんだけど」と続けられた言葉からもそのことが伺える。それならば二の足を踏んでいる理由が他にあるということで、話を聞いている塾生たちの脳内には、性別、家族、悪魔と人間という単語がくるくると回っていた。

 しかし「友だちの話」という前提があるため直接それらを突くわけにもいかない。彼は自分たちの関係を隠したいが故にわざわざ「友だちの話」という言葉を置いて、苦手な嘘をついているのだ。ただでさえこの手の話になると聞いているだけで顔を赤くするような初心な悪魔だ、隠しているはずの関係を実は皆が知っています、だなんてことに気づかれでもすれば一週間は塾に出てこないかもしれない。最悪この建物が青い炎に包まれてしまう可能性もある。
 傍から見ている側としては、いっそうのことすべてカミングアウトしてくれたほうがいろいろとやりやすい、と思ってしまうのだが、そこは彼の意志を尊重するほかない。友だちの話、と前提を置いた上でもひどく恥ずかしそうな、戸惑った顔をする柔らかな心を持つ悪魔にこれ以上の無体は強いれないだろう。
 ええと、と少しだけ言葉を探し、相談者と一番親しいだろう友人、しえみが口を開いた。

「その、お友だちには何か、渡しづらい理由、とかあったりするのかな?」

 直接的な言葉にはせず、それでいて核心を突く問いかけに、後ろから志摩の「杜山さん、ナイス」という賞賛が送られた。尋ねられた悪魔は「っていうか、」と尻尾をたらり、と床に落として首を傾げる。

「ゆき……じゃなくて、その、トモダチの、か、カレシ? が、結構、モテるから、毎年チョコレート、たくさんもらってきてて」

 告白や手紙が付随する本命チョコレートは断っているようだが、去年は義理チョコだけでも両手で抱えるほどもらってきていた。中学生最後のバレンタインということもあったからかもしれないが、それでもきっと今年も似たほどもらえるだろうことはなんとなく分かる。(そう説明する悪魔の顔はどことなく誇らしげで、なんだただのノロケかよ、というツッコミが全員の胸中に一瞬だけ浮かんだことは否定できない。)

「いっぱいあるから、別に、おれ、じゃなくて、その、自分のは、要らないんじゃねぇかなって、トモダチが……」

 まったくもって誤魔化し切れていない言葉を紡ぐ悪魔、燐を前に、「それはちゃうで、奥村くんっ!」と声を張り上げたのはピンク頭のエロ魔人である。だん、と左手を机におろし、右手を強く握って彼は力説した。

「義理チョコと本命チョコは全然ちゃうもんや!」

 それはまさしく一皿百円以下の回転寿司と、回らないカウンタで食べる寿司のように。
 少年誌のグラビア写真と成人指定雑誌のカラー写真のように。
 粉砕バットと現像バットのように。
 似ているようでも非なるもの。
 たとえ同じチョコレートであったとしても、込められた気持ちがまるで違うことなど考えずとも分かるだろう。チョコレートなら何でもいい、という飢餓感溢れた感情は貰う当てのない寂しい男が抱くものであり、恋人のいる男はきっと愛する彼女からのものを期待しているに決まっている。そう説明した志摩は最後にリア充爆発しろ、と叫んで顔を覆い泣きだしてしまった。友人の突然の変貌におろおろとするばかりの悪魔へ、「ほっといてええで」と勝呂が助け舟を出す。
 悲しい非モテ男へは視線を向けず、「ねぇ燐」と和装の少女が柔らかく笑みを浮かべて口を開いた。人見知りがひどく学校に通えていなかった彼女でも、バレンタインデーというものが何であるのか、それが恋する少女たちにとってどれほど大切なものなのか、恋人たちにとってどういった日であるのか、小説やテレビドラマなどでよく知っていた。

「たくさんもらえたらそれはそれで嬉しいのかもしれないけどね、やっぱり好きなひとからのプレゼントって特別だと私思うな」

 その彼氏さんだってきっと恋人からもらいたいんじゃないかな、と続けた言葉に、「でも、」と悪魔は顔を赤らめて視線を俯かせる。

「やっぱり、わざわざ買う、ってゆーのも……」

 困ったような顔をする彼の頭からは既に、「友だちの話」という自分で口にした前提が抜け落ちているかもしれない。そう思っていれば、「買いづらい、っていうなら」と後ろから声が掛かった。振り返ると、こちらへ視線を向けていないままでも意識はしっかり向けている様子の出雲がいる。やはり彼女もひとりの少女だ、このような色恋に関する話は(たとえ登場人物が普通とは少し違っていたとしても)気になるのだろう。

「作ればいいんじゃないの」

 さらりと続けられた言葉を、「作る……」と燐が小さく繰り返す。なるほどそういう手もあったか、というような顔をしている彼だったが、あまりできのよろしくない頭ではいつの間にか「チョコレートを買いづらい」という心境まで察されてしまっていることに、気づけはしないだろう。当然塾生たちは燐がそう思う原因まで(おそらくは)違わず理解しているのだが、ここは気づいていない振りをしながらも話を聞いてやるのが友人というもの。そうしてやりたくなるほどに、少年はひどく真剣な顔をして、真面目に悩んでいるのだ。たとえ彼が悪魔であったとしても、応援してあげたくなってしまう。
 そうやねぇ、と普段はこういった恋愛話にはあまり乗って来ない子猫丸までもが少しだけ眉を下げ相づちを口にした。

「ほら、たとえば買い物メモみたいなもんを持ってたら誰かに頼まれたって様子に見えへんかな」

 それならばこの時期にチョコレート売り場、あるいは製菓材料コーナーに怪しまれずに足を踏み入れることができるのではないか。その提案に悪魔は真っ青な目を大きく丸めて「おおっ!」と声を上げた。

「すげーな、子猫丸! それだと大丈夫かも!」

 打開策を見つけた、と言わんばかりの少年。だからそういった反応を返すから、決して「友だちの話」であるようには見えないし、彼自身がバレンタインにチョコレートを渡したいけれど買いに行くのが恥ずかしい、ということを全身で語っていることになっているのだ。
 あまりにも単純すぎるその脳の作りは、微笑ましさを通りこして心配になってくる。きっと彼はいつか悪いひとに騙される。告げられた言葉をそのまま信じて、騙されるに決まっている。(騙された結果が今の彼の恋人と彼の状態なのではないか、と勝呂は少しだけ思ったが黙っておくことにした。正直あのメガネを敵に回したくはない。)
 塾生たちからのアドバイスと励ましを受け、初心で純粋な悪魔は「分かった、頑張ってみる!」と頬を紅潮させて拳を握りしめた。(今時人間でもこんなに初心な子はいないのではないか、きっとこの少年は悪魔ではなく天使かなにかで、こんな顔を目にすれば手を出したくなるのも仕方がない、と志摩はそう思ったが黙っておくことにした。正直あのメガネ以下省略。)
 そこでふと己の発言のおかしさに気がついたのだろう、悪魔は慌てたように、「って友だちも言うと思う!」と付け加えた。今更遅い、とはもちろん誰も口にしない。できるわけがなかった。
 頑張ってって伝えておいて、というしえみの声に背を押されるように教室を出て行った悪魔を見やり、完全にその足音が聞こえなくなったところで誰からともなく深い息を吐き出す。バレバレやっちゅーねん、と呟いた勝呂の声に皆が一斉に頷いた。

「……若先生、やっぱ楽しみにしてはるんやろうか」
「そりゃしてはるやろ、子猫さん。あんひと、奥村くんにベタ惚れですやん」
「でも案外外面を気にしそうやけどな」

 恋人同士であるとはいえ、男が男にチョコレートを贈る、贈られるという事態をかの講師が素直に受け入れられるだろうか。しかも相手は双子の兄だ。普段は温厚な仮面をつけている優等生だが、兄に対してだけは素直になりきれていない様子が多々見受けられる。下手をすれば照れ隠しに「ここまで用意しなくても良かったのに」だとかなんだとか、心にもないことを言いそうだ。
 そんな勝呂の推測に「うっわ、ありそうでヤですねぇ」と子猫丸が眉を顰めた。

「……そんな男、死ねばいいと思う」

 もしあの講師が本当にそんなことを口にして受け取りを拒否しようものならば、どんな手を使ってでも息の根を止めてみせる。静かな決意を口にしたのは意外なことに出雲だった。彼女の愛読書は少女マンガ、恋愛小説だ。しえみもまた、そうね、と頷いて同意を示す。

「いくら雪ちゃんでも、燐を泣かせたら許さないから」

 女子は恋するものの味方なのである。たとえそれが悪魔で男であったとしても、一生懸命恋をしているものは応援されてしかるべきなのだ。(この場合同じく「恋をしている」だろう彼氏の方の応援には回らないため、正確には女子は「恋するオトメの味方」と言うべきだろう。あの少年悪魔は乙女ではないけれど、乙女に近い心を持っているとすることに、反論できるものはこの場にはきっとひとりもいない。)
 きっぱりと言い切るふたりの少女を前に、京都出身の幼馴染三人組は、とりあえず何かあっても彼女たちを敵に回すことは止そう、と心に決めた。そして講師ではあるが年齢的には同級生にあたる彼が、無事バレンタイン後を迎えることができますように、とそっと祈っておいた。



 が。
 バレンタイン翌日、どことなくだるそうに歩く悪魔と、そんな彼を心配そうに支える弟の姿を目撃してしまい、塾生一同「爆発しろ」と思ったとか、なんとか。




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2014.02.14
















チョコレートと一緒に美味しくいただかれたんですねわかります。