雪男覚醒済み未来


   いつものクリスマス


「子どもの頃なぁ……俺らほら、悪魔っつっても修道院育ちじゃん? 親父がアレでも神父だしさぁ。や、神父だったんだよ、アレで。酒飲むしグラビア雑誌大好きだったけどさ。仕事であちこち行ってても、クリスマス時期とかは戻ってきてくれてたんだよな。まあ俺らの誕生日が近いからってのもあるけどさ。そう、クリスマスの二日後なの、誕生日。クリスマスと誕生日が近い全国の子どもたちに聞いてみ? プレゼントもケーキも纏められたろ? って。したらぜってぇ百パー、『うん』って言うから。だから俺らもクリスマスっつったら、ミサ行ってお祈りして、ちょっとお菓子食べて終わり。ケーキもプレゼントも誕生日までお預けだったんだよ。そうそう、実家が修道院なんだって。悪魔がミサ出てたとかウケるだろー? この話すると大抵の上級悪魔はバカウケすんだよ。『まじっすか、若君、どえらい皮肉ですねぇ』とかっつって」

 面白いもんなの? とそう尋ねられている相手は、しかしきょとんとして首を傾げていた。それもそうだ、彼らスノーマンはどちらかといえば低級に当たる悪魔であり、人間に害を加えることはないがさほど賢くもない。燐の言葉を理解しているかどうかも怪しい相手である。そうと分かっていながらべらべらと語ったのは、暇だったからである。そして隣から発せられる空気に堪えられなくなってきたから。
 はぁああ、と深いため息をついて、「こっちのユキオはこんなに可愛いのに」とちょこんと座ったまま首を傾げるスノーマンの頭をぐりぐりと撫でる。無害で可愛いとはいえ、相手はスノーマン、つまり雪だ。頭も冷たいし身体も冷たい。触れ合う相手としては少々難がある。手袋越しとはいえ手が冷えた。可愛くなくても温かいユキオのほうがいいなぁ、と思いながらちらり、と隣へ視線を向ける。
 そこにはゴーグルをつけて無言のまま待機している弟兼恋人の姿。押し黙った姿は仕事に集中しているかのように見えて、ただただ不機嫌であるだけだということが燐には手に取るように分かる。伊達に二十年以上この男の兄弟をやっていないし、五年近く恋人もやっていないのだ。

「……いい加減、機嫌、なおらねぇ?」

 ぼそりとそう呟けば、やだ、と一言だけ返ってきた。答えの方向性さえ違っていると思うのだけれど、これも弟なりの甘え方なのだと思うと許せてしまえるから不思議なものだ。学生時代だったらいい加減にしろ、と腹も立てていそうなものだけれど、人間だけでなく悪魔だって成長するのである。
 双子の弟の機嫌が悪い理由も分からなくはないのだ。燐だって正直楽しいとは思っていないしテンションもあがらない。ただ、腐っていても仕方がないと分かっているため、無理やりにでも明るく振舞っているのだ。そんな燐の努力を木端微塵に粉砕してくれやがるのが隣でふて腐れている恋人である。ぶつぶつと「折角のクリスマスなのに」と呟いている。
 そう、今日は十二月二十四日、クリスマスイブ。何でもかんでもお祭り騒ぎにしてしまうこの国では、本来の意味を知らずに騒いでいるひとも多いこの日。子どもの頃は燐が呟いていたようなクリスマスを過ごし、養父亡きあとは正直それどころではない年が続いていた。ともに悪魔となり、祓魔師となり、実績を積み、ようやく落ち着いてきたため今年は恋人らしいクリスマスでもしたいね、とそんな話をしていたのだ。
 揃って休暇届けを出し、その休みのために十二月に入ってからずっと働いてきていたというのに。

「青い炎が必要だとかなんとか……ただ面倒くさいだけだろ、絶対……」

 突然舞い込んできた仕事に、結局予定していたことはすべて流れてしまったのである。そのことが数時間経った今でも雪男は悔しくて仕方ない様子。

「大体兄さんも兄さんだよ。すぐに承諾しちゃって。電話に出なければ良かったのに……」

 ぐだぐだぶつぶつと、その矛先は燐にまで向けられる。面倒くさいやつだなぁ、と思いながらごめんって、と謝っておいた。

「でもさ、雪男、ほら、俺ら、ガキの頃からクリスマスってあんなだったじゃん?」

 先ほど燐がスノーマン相手につらつらとしゃべっていたような、そんなクリスマス。飾り気はほとんどなく、双子の兄弟にとってサンタクロースよりも二日後に訪れる誕生日のほうが魅力的だった。

「だからさ、結局去年までとそんな変わんねーよな、とか思ったらさ、そんな悪くもねぇじゃん?」

 予定が潰れてしまったことは残念だし、燐だってきちんと「恋人らしいクリスマス」を過ごしてみたいという気持ちもある。それは嘘ではない。そこはそれとして、今現在こうしているクリスマスというのも自分たちにとっては案外普通なのではないだろうか、とも思うのだ。

「どこが変わらないんだよ。全然違うだろ」

 こんなに寒い雪山で、悪魔の出現を待ってひたすら待機しているだなんて、最悪すぎる。雪男の言いたいことも分からなくもない。

「でも、お前がいるもん」

 ゴーグルをかけているため、その素顔は拝めない。けれど、その奥には燐の一番好きな碧があることを知っているのだ。何よりも大切なそれを正面から見つめ、防寒具に埋もれて悪魔は笑う。
 場所はどこだっていいのだ。状況もあまり気にしない。
 ただ、片割れが側にいてくれたらいい。
 それだけで、いい。
 きっぱりと告げるその言葉は燐の本心で。ぐ、と息を呑んだ雪男はしばらくして諦めたように深く息を吐きだした。そしてふわり、と口元を緩めて言う。

「来年は、クリスマス、しようね」
「そうだな」
「再来年も、その次の年もだよ」
「できたらいいな」

 わざとだろうけれどもその子どものような言い方に、思わず笑いがこぼれてしまう。くすくすと笑いながら答える燐の手にそっと重なる半身の手。手袋越しだけれども、温かいほうのユキオだ。

「これから先、兄さんの未来は全部僕が予約するからね」

 それはクリスマスだけのことではない、誕生日もお正月もバレンタインも、すべてのイベントを一緒に過ごしてね、とねだる弟へ、兄はますます笑みを深めて返しておいた。

「予約なんかしなくても、俺も俺の未来も全部お前のもんだよ」




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2014.12.24
















ヨンパチ。結成前のふたりをイメージ。