ヨンパチ。(その7)


 正十字騎士團日本支部に所属する仏系祓魔師、現在中一級である三輪子猫丸は詠唱と作戦の指揮については上級の祓魔師たちに引けを取らぬほど秀でた青年である。本人は気にしているようだが男性にしては小柄な体格で、柔和な表情、耳障りの良い丁寧な京都弁を口にするため人当たりも良く、同僚や、彼が講師として身を置いている祓魔塾の生徒たちにも人気の存在だ。
 彼はまた、日本支部どころか他国にまで存在を知られているチームの一員でもある。塾生時代に同期であったメンバ(プラス当時の講師)で構成されているそのチームは、最強の仏系祓魔師や負けを知らぬ騎士、神と対等にやりとりする手騎士、大地に愛された手騎士、さらには青焔魔の落胤ととんでもないメンバが揃っているだけでなく、その実力もまた折り紙付きだ。難易度の高い任務であっても、最短で最高の結果をもたらすチーム、日本支部所属第八班、通称『ヨンパチ』。あくの強いメンバが周りにいるため、三輪自身、自分のことを班のなかでも目立たない、あまり知られていない存在だろう、とそう思っている。


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 受け持ちの授業を終え、教卓に立ったまま熱心な生徒ふたりからの質問に答えていたときのことだった。不意に教室の後方にいた生徒たちが騒がしくなり、何事か、と視線を上げれば出入り口からひょっこりと顔を覗かせた人物と目があう。

「杜山さん」

 チームメイトでもある彼女の名を呼ぶと、「こんにちは、三輪くん」と杜山しえみが笑みを浮かべて口を開いた。

「授業が終わるまで待ってたんだけど、ごめんね、お邪魔しちゃったかな」

 ゆっくりと教室内へ入ってくる彼女を、残っていた塾生たちが遠巻きにして眺めている。
 杜山しえみ、といえばエースチーム『ヨンパチ』に所属する祓魔師として名を知られる和服美人だ。今日もまた柔らかな薄黄色の着物を纏っており、騎士團のマントを羽織っていたとしても彼女が敵に対し容赦のない祓魔師だと信じられるものはいないだろう。当然のように塾生たちの間でも有名な存在で、教室内がざわつくのも仕方がないといえた。邪魔だなんてとんでもない、と教卓の側にいた生徒が声をあげる。

「三輪先生にご用事なんですよね、僕らはもう終わりましたから!」

 どうぞどうぞ、と場所を空ける彼は確か手騎士を目指している少年だ。憧れの先輩祓魔師の登場に驚きと喜びを隠せないらしい。

「そう? お邪魔でなければいいけど……」

 ふんわりと笑みを浮かべて首を傾げた彼女を前に、少年はぼっ、と頬を赤く染めた。彼らくらいの年齢の男子からすれば、年上の女性というのはひどく魅力的に映るものだ。それが和服姿の手弱女であればなおさらで、もしかしたら少しばかり恋慕の情も抱いているのかもしれない。慌てた彼は「ほ、ほら、邪魔しちゃ悪いだろ」ともうひとりの少女の背中を押してその場を立ち去った。そんな青少年の姿を目を細めて見やったあと友人へ視線を戻せば、どこまで彼の反応の意味を理解しているのか、おっとりとした口調で「ありがとう」と礼を述べている。その笑顔を見て少年候補生はますますうろたえてしまっていた。
 しかし当の本人は自らの存在の大きさ、笑顔の意味などまるで気にした様子も見せず、「ごめんね、突然来ちゃって」と三輪に向かって謝罪の言葉を口にする。

「いいえ、授業も終わったところですから大丈夫ですよ。何やありましたか?」
「あ、うん、そんなに大したことじゃないんだけど、三輪くんに教えてもらうのが一番かなって思って」

 一週間前の任務で祓魔した悪魔のことなんだけど、と続ける杜山に、「ああ、やけにカラフルやったやつですね」と教材を片づけながら、三輪もあいづちを打った。
 どうやら彼女は日本支部のラウンジで、前回の任務の報告書を作成していたらしい。そのなかで疑問に思う部分が出てきたので、作戦の指揮を取っていた三輪のもとへ確認を取りにきたのだとか。

「三輪くんのもできてれば、ついでにそれも一緒にのりちゃんとこ、持って行こうかなって」

 そんな会話をしながら教室を出ていく講師とそのチームメイトの背を、残っていた生徒たちは無言で見送っている。
 彼らが廊下へ出たのち、「すげぇ! あの『ヨンパチ』の杜山さんだぜ!?」「本当にいつも着物なんだねぇ」「三輪先生と仲良さそう!」「杜山さんがわざわざ訪ねてくるとか、俺らの先生もすごくね?」「そりゃ当然でしょ、だって『ヨンパチ』のメンバだもん!」などと、興奮した塾生たちの言葉が飛び交っていたが、歩を進めたふたりの耳には届いていなかった。


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「三輪くん、外線三番に電話が来てるよ」

 祓魔塾での授業を終えて講師室へ戻ると、突然先輩講師にそう声をかけられた。授業の間は基本的に電話を持ち歩かないようにしているため、三輪に連絡を取ろうと思えばここにかけるしかない。保留されているという受話器を受け取りながら相手を問えば、「勝呂上一級祓魔師だよ」と返された。
 瞬時に脳内の情報を掘り起こし、今日の仲間の任務を思い出す。さほど手数の必要としない相手であったため、幼なじみふたりが出かけていたはずだ。この時間彼から連絡があったということは、任務においてトラブルが発生したのだろう。

「せやからゆうたやないですか、ふたりで行かんほうがええですよ、て」

 電話に出るなりそう口にすれば、『すまん』と素直な謝罪があった。三輪の予感は的中していたらしい。
 そもそもこの度の任務は三輪たち第八班に回ってくるには簡単すぎるものだった。それをわざわざこちらへ振ってきた上層部の意向(というよりも支部長の目論見)を考えた上で、人員選抜をして向かうべきだったのだ。もちろん努力家で祓魔の知識も十分にある勝呂もその点を気にしていたようだったが、彼の右腕でもある志摩を連れているということでなんとかなると考えていたのだろう。

「安心してください、こうなるやろう思うて手は打ってあります。もう少ししたら雪くんが合流しますから、魔障の治療をしてもろてください。ただ、今回の悪魔、雪くんと徹底的に相性が悪いですから前には決して出さんように。出んように、と雪くんにも念を押してくださいね」
『すまん、助かる。雪には引っ込んどるよう、ゆうとくわ』
「ええ。燐くんが『今日はニコマで鰺の特売やってる!』って言うてたらしいんで晩ご飯は期待しください、って伝えれば大人しゅうなると思いますよ」
『……いろいろ助かるけど、お前はどっから聞いてくんねや、そんな情報を』
「そこ聞くんは野暮ですよ、坊」

 秘密です、と笑って言えば、さよか、とどうでも良さそうな返答があった。
 情報というのはいつ何が繋がるかわからず、持っていて損のないものである。それらを有効活用するだけの能力がなければ無駄になってしまうが、集めたものを少しでも仲間のためになるよう考えるのが司令塔、参謀役を担う三輪の役目だ。
 それじゃあまた何かあったら連絡を、と言って受話器を置く。時間を確認、授業自体は終わっているため問題はないが、もうしばらくここで仕事をしながら待機していたほうがいいかもしれない。念のため燐のほうにも連絡を入れておくか、と考えながら自分の席へ向かえば、「私、三輪先生のそういうところ初めてみたかもしれません」と悪魔薬学の講師をしている女性祓魔師が声をあげた。ふと顔を上げて講師室を見回せば、同僚たちがみな物珍しそうな視線を向けている。とっさに「騒がしゅうしてすんません」と頭を下げてしまうのが、三輪が三輪であるゆえんだろう。
 いいえとんでもない、と女性講師が首を横に振った。

「むしろ有名なチーム『ヨンパチ』のやりとりが直接聞けるとか、みんなに自慢できますよ!」
「そうそう。あの勝呂上一級祓魔師が助けを求めて電話かけてくるとか、奥村上一級祓魔師を助っ人として送るとか、三輪先生くらいしかできないよね」

 そう感心されるが、それこそが三輪の役割であるため何も特別なことはしていないつもりだ。

「僕もですけど、チームの皆もごく普通の祓魔師ですよ? 皆さんだって任務にあたることもあるんですし、僕らのやりとりもそう変わりませんて」

 聞いたところで自慢できるような内容でもなんでもないのだ、と言ってみるが、「支部きってのチームメンバが何言ってんですかぁ」と笑われてしまう。こういう反応もさほど珍しいものではないため、三輪もあはは、と流しておいた。
 しばらく講師室で待機した後連絡がなかったため帰宅したが、部屋に着くと同時に、『無事終了』『助っ人雪くん超助かった! 猫さんあいしてるぅ』『鰺、美味しいです』『せっかく雪男にひみつにしてたのにばらすなよ!』と複数のメールに震える携帯電話。
 とりあえず、明日はゴリゴリくんを用意しておいたほうが良さそうだ。


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 嫌な予感が、する。
 祓魔塾にて受け持ちの授業を行っているとき、ふと何か神経に引っかかるものを覚えた。第六感といえば聞こえは良いかもしれないが、なんとなく外が騒がしい、そして聞き覚えのある声が響いている、という二点から勘でもなんでもなく、経験に基づく予測、といったほうがいいだろう。

「子猫丸、いるか!?」
「ばかっ! 闇雲に教室に突入するのはやめなさいっていつも言ってるでしょ!」
「三輪くんなら第五教室だってさっき言ったよね」

 ふぅ、とため息をついて塾生たちを見回せば、みな驚いたような顔をしている。仕方ない、彼らは今年塾に入ったばかりで、まだ訓練生なのだ。

「……先生を探してる、みたいですけど?」

 教卓の真正面に座っていた少年が恐る恐る口を開いた。視線は、間もなく開かれるであろう教室の扉へと向けられている。

「みたいですねぇ」

 眉をさげ、苦笑を浮かべた三輪がそう答えたところで、「子猫丸みーっけ!」と元気の良い声と同時に扉が勢いよく開かれた。飛び込んできたのは、これでも年を重ねて落ち着いたほうだ、と言われている双子の悪魔の兄のほう。

「だから! あんたが力一杯ドア開けたら壊れちゃうってば!」

 そう罵りながら続いたのは神を呼ぶことのできる手騎士。彼女のあとから「すみません、お騒がせしております」と入ってきたのは双子の悪魔の弟のほうだった。一番常識があるような態度ではあったが、授業中に乱入してくる兄や仲間を止めようともしないところを見れば、常識人とは決して言い難いのも分かるだろう。
 今日は確か彼ら三人で任務に当たっていたはずだ。予定が合えば三輪も同行したいところだったが、あいにくと授業が入っていたため、何かあったら連絡を、と伝えてはあった。その連絡の手段がこうも直接的で騒々しいものだとは考えてもいなかったけれど。
 皆さんどうされました、と三輪が尋ねる前に、「ちょっと一緒に来てくれ!」と燐が腕をつかんで引っ張って行こうとする。

「は? え、ちょっと燐くん?」
「今回の悪魔、すっごいややこしいのよ。あんたがいないと進まないの」
「神木さんまで……や、頼ってもらえるんは嬉しいですけど、僕まだ授業が」
「そんなん、代わりに雪男置いてくからさ!」
「そうそう、これだって腐ってももと講師なんだから、詠唱学の授業くらいできるわよ。そんなことよりあんたはこっちを手伝いなさい」
「なんだか僕の扱いがひどい気がするなぁ……まあ三輪くんほどの造詣はないですけど、ああ、まだ初歩詠唱の段階ですね、これなら十分僕でも対応できます。すみませんけど兄さんたちと一緒に行ってもらえませんか? 三輪くんの分析力が必要なんです」
「雪くんまで……あ、ちょっと、燐くん、そんなにひっぱらんといて、腕もげる」
「あとでくっつけてやっから! 俺裁縫も得意!」
「兄さんの嫁スキルは僕の折り紙つきです」
「そんなこと聞いてへん! ていうか、塾長の許可とか、」
「事後承諾でいいでしょ、あのピエロには。ほら、さっさと行くわよ!」

 ふたりの祓魔師に両腕を取られ、連行されるかのようにさらわれていく講師を、生徒たちは見送るしかない。ああもう分かったから腕離してや! と叫ぶ三輪の声が遠くから聞こえてきた。
 突然やってきた嵐のような騒動に呆然としている塾生たちの前で、臨時講師の悪魔がわざとらしくこほん、と咳払いを一つ。

「はい、皆さん、初めまして。奥村雪男と言います。三輪先生の授業は今年が初めてですか? ああ、そうですか。でしたら、彼の生徒になるということはたびたびこういうことがある、というのを知っておいて損はないですよ。
 では、授業の続きをしましょうか。……ところで、どこまで進んでたんです?」


**  **


 彼の所属する第八班、ヨンパチにはとてつもなく個性的なメンバが揃っている。そのため、三輪自身は自分のことを目立たない班員だと、ヨンパチのメンバとしてあまり知られてはいないだろう、とそう思いこんでいた。しかし、彼と職場をともにする講師たち、あるいは彼の授業を受けたことのある塾生たちは皆一様に首を横に振るだろう。
 目立たないだなんてとんでもない。
 あんなぶっ飛んだメンバを叱り飛ばしたり諭したり、並の人間のできることではない。何より、メンバ全員から絶大な信頼を置かれているその人柄、知識、判断力はほかの者の追従を許さないレベルである。けれど、そういったことをどれほど説いたところで本人は「そんな誉めてもろうても、何もでませんよ」とほんわかと笑うだけ。
 そんな三輪の元には今日もまた、道に迷ったヨンパチメンバが襲撃を仕掛けているようである。

「子猫丸ぅうう! ちょっと聞いてくれよぉ!」
「三輪くん、相談があるんですけど」
「おう、探しとったで、猫」
「猫さん猫さん、このあと予定ある?」
「ちょうどいいところに、あんたに聞きたいことあったのよ」
「あ、三輪くん見つけた! ねぇ、ちょっといい?」

「はいはい、ええですよ。でもせめて授業が終わったあとにしてくださいね」




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2014.06.03
















猫さんに懐くメンバを書きたかった。

Pixivより。