※ヨンパチ。シリーズのふたりです。


   慌てんぼうじゃないサンタクロース


『うわぁ! すっごいきらきらだ! りん、まつりか? きょう、まつりなのか?』

 街中を飾るイルミネーションと同じほど、目をきらきらと輝かせた黒猫(正確にはただの猫ではなく猫又という悪魔なのだが)が嬉しそうにそう声をあげてこちらを振り返る。にゃっ、にゃにゃああ、と響く鳴き声の意味を理解できるのは、後ろを歩いていた青年もまたただの人間ではなく、悪魔と呼ばれる種だからだ。

「祭りって言やぁそうかもなぁ。今日はクリスマスイブだから」

 肌を刺すような寒さであるにも関わらず、商店街にそこそこひとが歩いているのもそのせいだろう。あちこちにクリスマス装飾が施されており、関連商品が店先を埋めている。今日明日を逃せば意味のなくなる商品も多い。時刻はそろそろ午後六時になろうかというころで、まさに今が最後の売り時なのだろう。
 きらびやかな通りをひとり、ポケットに両手を突っ込んだ燐が歩いているのもそれが目的、というわけではなく、実をいうと買い物に出かけて初めて今日がクリスマスイブであることに気がついたくらいだった。

「いやぁ……十二月入ってから怒濤のスケジュールだったもんなぁ……まじ、休みなかったもん」

 足下まで戻ってきた猫又、クロを抱き上げて肩に乗せながらそう呟けば、『みんな、しにそうなかお、してたぞ』と仕事に同行していた彼も頷いて同意した。
 休みなしで詰め込まれていた祓魔がようやく一段落ついたのは、四時間ほど前のこと。報告書などの事後処理については年明けまで猶予があるため、今日はゆっくり休みましょう、と最寄り駅でチームメンバと別れた。無言で自宅に戻るもの、ご飯食べて帰るとファミレスへ向かうもの、残務処理があると疲れた顔をして支部に向かうもの、別の仕事の締め切りが今日までだと呪詛を吐きながら祓魔塾へと向かうもの。皆の背を見送った燐はひとまず自宅に戻り、ジャケットだけ着替えて外に出てきたのだ。

『くりすますって、どんなまつりだ?』
「あー……とりあえず、サンタがきてプレゼント配る日。あと家族で鶏肉食って、ケーキ食って」

 詳しい来歴だとかは双子の弟のほうに確認してもらいたい。燐に説明できるのはそのレベルである。しかしクロには十分だったようで、『にく! けーき! くいたい!』とぱたぱたと尻尾を揺らして鳴いた。

「肉なら晩飯に焼くけど、ケーキはちょっと待ってくれな。あと三日後に食わしてやっから」

 燐の言葉に、『みっかご?』とクロが首を傾ける。「そ、俺と雪男の誕生日」と燐は笑って答えた。
 ここのところ仕事がずっと詰まっていたため、家にろくな食べ物がない。自分と双子の弟、クロだけなら冷凍庫の作り置きで今晩のおかずくらいはどうとでもなるが、燐には今日買い出しに出かけなければならない理由があったのだ。

「みんながさ、誕生日会しようって。忘年会も兼ねて、うちに集まって、騒ごうって言ってくれてさ」

 そう約束した日付が三日後、十二月二十七日なのである。その日に揃って休みを取るために、怒濤のスケジュールをこなしたといっても過言ではない。

「俺らの誕生日なのに俺が料理とケーキ作るってのも意味分かんねぇけど」

 そう言いつつも燐の頬は緩んでおり、彼にとってそれが決して苦ではないことは明白だった。
 今日の買い出しは、その材料を確保するためである。当日も含めればまだ三日残っているが、空いた時間に用意しておかなければ、明日、明後日が暇である保証はない。明明後日だけは何が何でも終日空けるつもりではいるが。
 三日後には皆で食べられるよう、大きなケーキを作るつもりだからそれまで待ってほしい、とそう言えば、賢い猫又は『そっかー……』と残念そうにしたあと、それならしょうがないな、と理解をみせてくれた。

『じゃあ、おれたちのくりすますは、みっかごだな!』

 にゃあん、と鳴いて告げられた言葉に、燐はあはは、と声をあげて笑う。クリスマスの日にちがズレることはないのだが、今日明日、それらしいことができないのならクリスマスもまとめて二十七日にやってしまえばいい。

「そういや、ガキのころはクリスマスと誕生日がまとめられてたなぁ」

 これはおそらく、クリスマス前後が誕生日のひとあるあるだろう。そのせいで燐は(雪男も)、クリスマスケーキとバースデーケーキを一緒のものだと認識していた。その勘違いが長く正されず、高校に入ってから気がつくことができたのは、今も同じチームのメンバとしてそばにいてくれている友人たちのおかげだ。友達とクリスマスパーティーをしなければ、燐も雪男ももうしばらく勘違いしていたかもしれない。
 その彼らとはつい数時間ほど前別れたばかり。これから年明けまでは一応仕事は入っていないが、突発的なアクシデントの多い職業だ、本来顔を合わせる予定のない日でも集まらなければならなくなるかもしれない。
 なんにしろ、今日まで休みなく働いていたのだ。皆クリスマスどころではないだろうから、三日後にまとめてしまっても問題はないだろう。世間一般ではおそらくあわてんぼうのサンタクロースのほうが有名だが、なかにはのんびり屋のサンタクロースがいてもおかしくはない。サンタクロースだって二十四日から二十五日にかけて働きづめのはず。それこそ燐たち祓魔師よりもひどい労働環境だろう。何せ一日で世界中を回らなければならないのだ。その日かぎりの出番とはいえ、条件が厳しすぎる。同じブラック企業勤め(?)として同情を禁じ得ない。だからきっとみんなも、サンタクロースが遅れてやってくることについては文句を言わないだろう。むしろ労いと励ましの言葉で迎えたい所存である。

「よし! じゃあケーキも誕生日とクリスマス、ごっちゃにしたやつ作ろう! 今ならクリスマスケーキ用の飾りも売ってるだろうし。クロ、でっかいの作ってやるから、楽しみにしてろよ?」

 マフラーのように首筋を温めてくれている友達へ、頬をすり寄せてそう言えば、彼は機嫌よさそうに『おう!』と答えた。
 そうと決まれば、買い出しを張り切らなければ。どうせなら、クリスマスのオーナメントで壁を飾ってしまってっも面白い。
 そう思いながらうきうきと商店街を歩いていたところで、ポケットにつっこんでいたスマホが震え、着信を知らせた。画面に表示された名前は愛しい弟のもの。

『兄さん、今どこ? まだ商店街? クロも一緒? ちょうど良かった。うん、そう、こっち終わったから合流しようかなって。正直それどころじゃなかったけどほら、今日クリスマスイブだからさ』
 デートしようよ、デート。

 残務処理があるため日本支部へと出向いていた双子の弟は、燐の恋人でもある。思いがけないデートの誘いにぱたぱたと、尻尾を揺らして「する!」と答えた。
 イルミネーションで飾られた商店街を歩くだけになるだろうが、デートはデート。突然やってきたクリスマス感に、徐々にテンションが上がってくる。今年のクリスマスは遅れてやってくるといったな? あれは嘘だ。やっぱり今日はクリスマスイブだし、明日がクリスマスなのだ。サンタクロースも、ちゃんとカレンダの日付通りに来てくれるらしい。
 ぱったぱった、と隠しきれない嬉しさに尻尾を揺らし、肩にいた友達を支えつつ、燐だけのサンタクロースを迎えに行くために待ち合わせ場所へと駆けだした。




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2020.12.24
















「いやー、雪男来てくれて助かったわ。荷物持ってくれ」
「まあそうなるだろうなとは思ってた」