最高のプレゼント


 ガキの頃さぁ、と前を歩く兄がふと、口を開いて言った。

「親父がサンタのコスプレしてプレゼント持ってきたの、覚えてるか?」

 もはや何年前、と考えても分からないほど昔の話。確か小学校に上がるか上がらないか、それくらい小さな頃のことだ。覚えてるよ、と双子の弟は白い息を吐き出して答える。

「コスプレって言い方はどうかと思うけど。無駄に似合ってたよね」

 雪男の言葉に、「無駄とか言ってやるなよ」と燐はけらけらと笑った。

「何もらったかはあんま覚えてねーけどさ、すっげー嬉しかったんだよなぁ」
「子供ながらにうちが貧乏だってことは分かってたし、今年はもうプレゼントないかも、って毎年思ってたからねぇ」

 環境が環境であるだけに、さほど裕福な生活ではなかった。ただそのことに不満を覚えたり、不便に感じたりということもなく、その点はやはり養父も含めた修道院の皆のおかげであろう。
 雪男がしみじみと口にすれば、「あー、それなぁ」とどこか笑いを含んだ声が返ってくる。歩く速度を少し落とし、雪男の隣まで来た燐は、こてんと首を傾け自分よりも背の高い双子の弟の顔をのぞき込んだ。にんまり、とあまりかわいくない笑みを浮かべている。

「お前さ、『僕の分はなくてもいいから兄さんのプレゼントはください』って、親父にお願いしたんだって? 昔の雪男くんはほんと兄ちゃん想いで優しかったよなぁ?」

 からかうように紡がれた言葉に、む、と眉間にしわを寄せ、「覚えてないよ、そんなの」と雪男は言う。実際記憶にはなかったが、小さなころの自分なら(あるいはもしかすれば今の自分でも)口にしそうだな、とは思った。雪男の最優先すべき事項は今も昔も双子の兄なのだ。ただ、そのことを兄自身に指摘されるのはいささか(というよりはかなり)恥ずかしく、腹立たしい。
 照れを隠すように表情を険しくした雪男の顔をまじまじと眺めてくる兄は、やはりにやにやとおもしろそうな笑みを浮かべていた。なんだよ、とぶっきらぼうに尋ねれば、「いや、やっぱ双子だなって思って」と燐は言う。
 どういうことだ、と首を傾げた弟へ、「俺も同じこと言ってたんだよ」と燐は笑って返した。
 昔から、雪男は燐よりも頭がよく、周囲をよく見ていろいろと考える子供であった。クリスマスなのだから当然プレゼントがもらえるものだとばかり燐は思っていたけれど、双子の弟はそう思うことができなかったのだ。

「プレゼントないのもやだったけど、雪男が泣くのはもっとやだなって思って。親父がサンタの知り合いだっつーから、じゃあ、俺の分なくていいから雪男にはプレゼントあげてってサンタに言っといてくれって頼んだんだ」


『りんちゃんの分、なくてもいい。でもゆきちゃんにはプレゼント、あげて。ゆきちゃん、いいこだから、プレゼントあげてって。とーさん、サンタさんにゆってよ』
『ゆきちゃん、プレゼントいらないから、りんちゃんにはちゃんともってきてあげて? とうさん、サンタさんとおともだちなんでしょう? サンタさんにそうおねがいしてほしいの』


 幼い双子の兄弟それぞれからそのようなことを言われ、彼らの養父は胸を詰まらせたと言う。そして何がなんでもふたりにきちんとプレゼントを用意しよう、と決意したのだとか。
 どうして燐がそのことを知っているのかといえば、成長してのち、クリスマスの近づいた日に獅郎から話して聞かされたからだ。家で晩酌をし、適度にアルコールの入った父は、よく自分の息子たちがいかにかわいいかを語っていたのである、その息子当人たちに向かって。

「『昔はかわいかった、今もかわいい、これからもずっとかわいいままだ』って親父よく言ってたけど、今の俺ら見てもそう言ってくれっかな」
「……言うでしょ、父さんなら」

 ねぇ、と雪男が視線を向ける先。
 双子が育った修道院、その近くにある墓地に並ぶ一つの墓石。刻まれた名はもちろん、双子の養父のそれだ。
 白く冷たい石の向こうから、『当たり前だ、いくつになろうが息子はかわいいもんなんだよ』と養父が言っているような気がした。

「親父、メリークリスマス! 命日も誕生日も盆も来れなくてごめんな」
「だからってなんでクリスマスの夜に墓参りしてるのかが僕にはよく分からないんだけど」

 今日ここにやってくるという予定は、ほんの二時間前に決まったばかりのことだ。もともとふたりとも仕事の予定があり、「クリスマス? なにそれおいしいの?」状態だと思っていた。しかし思いのほか早く片づいてしまい、できた時間をどう過ごすか、双子の兄弟は考えた。
 今更クリスマスっぽいことができるほど時間があるわけでもない。食事にいこうにもレストランは予約でいっぱいだろうし、かといって家で作るだけの材料もなかった。
 クリスマスだからといって、特別な何かをしなければいけないというわけでもないのだ。いつもどおり過ごそう、という雪男の提案に燐も一瞬は賛同しかけた。けれどいったいどんな思考を経たのか、彼はぽむ、と手を打って言ったのだ、「そうだ、墓参りに行こう」と。
 ふたりが住むマンションから養父の墓のある墓地まで、そう距離があるわけでもない。今日中に行って帰ってくることは十分に可能であったが、寒いなか仕事を終えて戻ってきたばかりなのに、また出かけるのは面倒くさい。
 そんな感情が表に出ていたようで、露骨に顔をしかめた弟に苦笑を向け、「だって、今年はまだ一回も親父に会いに行ってねぇじゃん」と兄は言った。その点を指摘されると雪男も弱い。敬愛する父の墓参り、それは、おろそかにできる事柄ではないのだから。
 ただ、わざわざクリスマスの夜にくる必要はないのでは、と墓の前まで来た今でも思っているけれども。

「プレゼントとか何も用意してねーけど、まあ、俺らふたりが元気でやってるってのがプレゼントってことにしといてくれよ」
「用意すべきはプレゼントじゃなくてお供えものだよ」

 何が楽しいのか、にこにこと上機嫌で墓石に向かって語りかけている燐のうしろで、マフラーに顔を半分埋めた弟がぼそぼそとつっこみを入れていた。

「いちいちうるせぇメガネだなぁ。この曇りメガネ」
「どんな罵倒? しょうがないでしょ、息で曇っちゃうんだもん」

 マフラーを引き下げれば息がメガネに当たることもなくなる、と分かって入るのだけれど、寒いため却下。多少視界が悪くても、燐がいれば問題はない。
 寒空の下でのくだらない兄弟の言い合いを、養父は『成長してねぇなぁ』と笑っているのかもしれない。
 きちんと花を供えたいし、墓の掃除もしてあげたい。けれど、さすがに夜も更けたこの時間に墓地で活動するわけにもいかず、どちらもまた後日改めて訪れることにする。本当に、いったい何のためにやってきたのか。双子の弟のほうは首を傾げるばかりであったが、兄のほうはひどく満足げな様子だった。仕方がないので、「兄さんは相変わらずです」と父に報告しておくことにする。
 そう、相変わらず、だ。
 昔と変わらず、燐の立場は危ういままで、青い炎を操る彼を危険視する声も耐えない。大きく変わったことといえば、雪男のほうも悪魔として目覚めてしまった、という点であろうが、燐と同じような目で見られるようになったというだけのことでそれ以外に変化はない。兄弟の関係は父が知るころよりは深まっているだろうけれど、相変わらず雪男は燐に振り回されてばかりいるし、燐は雪男に怒られてばかりいる。
 それでも、ふたりでなんとか生きているし、これからも生きていくつもりだ。自分たちの進む道に誇りと自信を以て。

『お前らが笑ってんなら、それでいいんだよ、俺は』

 過酷な運命を背負わされた双子の兄弟を、最強の祓魔師であった男は常に案じ、想ってくれていた。
 燐の言葉を認めるのはしゃくだけれど、確かに雪男たち双子が元気でやっている姿を見せることこそ、獅郎に対してはプレゼントになるのかもしれない。

「親父さぁ、本物のサンタクロースに頼まれたんだーとかっつってプレゼントくれてたけどさ、頼まれたんならサンタの格好する必要なかったじゃんな」
「……あれは単純に父さんが着たかっただけだと思うよ」

 そういう子供っぽいところあるひとだったし、と口元を緩めて言えば、燐も「確かに」と頷きを返す。

「それに、父さん、言ってたじゃない。きっと、僕らを引き取らなかったら自分は子供とは縁のない人生を送ってただろう、って」

 家庭を持つつもりもなく、自分の子供を作るつもりもなかった。そんな藤本獅郎の人生を一変させたのが、燐たち双子の兄弟だったのだ。せっかくの機会だから、「ひとの親」というものをめいっぱい体験しているのだ、と養父はそう言っていた。
 ともに遊び、ともに泣き、ときに叱って、ときに気づかされ、気持ちが伝わらないことに悩み、まっすぐに向けられる信頼と愛情を喜び、家族という空間を作り上げていく。泣きべそをかいた子を迎えにいくことも、学校に呼び出され謝りにいくことも、クリスマスにサンタクロースの格好をしてプレゼントを渡すことも、子供がいなければ体験しなかったことなのだ。

「……父さんは、僕らといることを全力で楽しんでくれてたんだ」

 動物の子供を育てるのとはわけが違う。人格をもつひとを相手にしているのだ、楽しいばかりではなかっただろう。けれど、双子の記憶に残っている獅郎は、楽しそうに笑っている顔が多いのだ。
 敵う気しねーもんな、と呟いた兄へ、ほんとにね、と弟も静かに返した。
 はぁ、と息を吐き出せば、マフラーに阻まれたそれがまたメガネのレンズを白く染めた。ふるり、と背中を震わせる。着込んでいるとはいえ、やはり日の落ちた冬の外気は身体の芯が凍えてくる。養父に近況の報告もしたことだしそろそろ戻ってもいいのではないか。
 雪男がそう提案する前に振り返った燐が「帰るか」と笑って言った。おそらく弟が寒がっていることを察したのだろう。

「雪男、コンビニ寄ってこーぜ。クリスマス的なケーキが半額になってる予感がする」
「僕、モンブランがいい」
「ピンポイントだな。売れ残ってることを祈れ」
「肉まん食べたいなー。あとおでん」
「おー、腹減ってくるから食い物連呼すんのやめろー」
「大根でしょ、たまごとちくわ。こんにゃく、牛すじ、はんぺん」
「地味な飯テロ止めろっつーの」

 子供のころ、プレゼントを渡してくれていた父はもういない。
 けれど双子のなかには、そのころの温かな記憶がしっかりと残っている。その思い出こそが、獅郎からもらった何よりのプレゼントなのかもしれない。





**  **





『とーさんの分のプレゼントはないの?』
『りんちゃんとゆきちゃんの分だけ?』

 獅郎が取り出したプレゼントは燐と雪男の分の二つだけ。サンタクロースに頼まれたというのなら、双子の分だけでなく、父も含めた大人たちの分ももらってきたらよかったのに。
 そんな双子の純粋な疑問へ、けれど獅郎は笑って答えたのだ。

『俺はずっと前にでっかいプレゼントをいっぺんに二つももらってるんだ。クリスマスにはちと間に合ってなかったけどな』

 そのプレゼントがあまりにも大きすぎて、抱えるだけで獅郎の両腕はいっぱいになってしまう。ほかのものを貰う余裕はなく、また必要もない。これ以上もらったら贅沢だから、と答える父へ、双子は『えー!』『ずるい!』と声をあげた。

『りんちゃんもそれほしい!』
『ねぇそれってどんなもの?』

 唇を尖らせすねる兄と、首を傾げる弟の頭にそれぞれ手を置いて、獅郎はただただ笑うばかりだった。




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2016.12.25
















ちょっと未来の奥村兄弟。