おねだりクリスマス


「ほら、今日はクリスマスだからさ」

 そう口にしてみたが、だからといって双子の兄弟が一緒に風呂に入る理由にはならないだろう。燐自身そう思っているが、言い返すのも億劫だったのか、待つのが億劫だったのか、双子の弟は無言のまま浴室へと入ってきた。珍しい、大抵燐の言うことを素直に聞くだなんてしないというのに。やっぱり今日がクリスマスだから、なのだろうか。
 一般家庭の浴室であれば、そこそこ育った男子高校生がふたり、並んで湯船に浸かる、だなんてことはできないであろう。しかし幸いにもここは大勢の生徒が共同生活を送るための施設だ。大浴場と小浴場の二箇所浴場はあるが、小さなほうでもふたりで使う分には十分すぎる広さがある。

「一緒に風呂とか、ガキのころ以来だよなぁ」

 ざぱん、と水音を立てて広い湯船を移動し、浴槽の縁に腕を預けて洗い場のほうへ視線を向けた。兄の言葉に弟は「そうだね」とそっけなく一言返すだけ。彼のそういった態度はいつものことであるためさほど気にならない。ざばざばと豪快に顔や身体を洗っている様子をぼんやりと眺める。メガネをかけていないとはいえ、不躾な視線に気がつかない弟ではない。なんで見てるの、と問われたため、少しだけ考えて「クリスマスだから」と答えてみた。「ふざけんな」と洗面器が飛んできた。さすがにクリスマスマジックはそこまで効果は及ばないらしい。

「いや、別に深い理由はねぇよ。雪男、おっきくなったなぁって思ってただけ」

 昔はあんなにちっさかったのになぁ、としみじみ口にすれば、「なんなの、兄さんは僕の祖父母かなにかなの」と呆れた視線を向けられる。「兄ちゃんですけど?」と返せば「知ってる」だそうで。

「それより洗面器返してよ」
「お前が投げたんだろ!」

 そう怒鳴って投げ返せば、弟は見事にキャッチして「危ないなぁ」と文句を寄越した。たぶん『理不尽』に顔をつけて服を着せたら雪男のようになるんだろうなぁ、と燐は思っている。今の雪男は全裸だけれども。

「……何か失礼なこと、考えてるでしょ」

 ざっと身体の泡を流して燐の浸かる湯船までやってきた弟は、双子の兄へじっとりとした視線を向けながらそう口にする。それに「べっつにぃ」と返せば、弟はますます眉間のしわを深くした。ざざん、と雪男が浸かった分だけ湯が溢れ、排水溝へと流れていく。
 その音を聞きながらじっと弟を見やっていれば、「だから何?」と不機嫌そうに聞かれた理由もなく見つめられては居心地悪く思うのも当然だろう。

「んー、雪男ってさ、メガネないとすっごい目つき悪いなーって思って」

 ここに燐がいるからそのような顔をしているのかとも思うが、そもそもずっと眉間にしわを寄せなければならないほど嫌なら、一緒に入ろうという誘いを断れば良かったわけである。だからたぶんその顔は不満からくるものではないのだろうな、と思えば、「仕方ないだろ、見えないんだから」と彼は言う。なるほど、視力の悪いひとは大変らしい。ぼやける視界をクリアにしようとしてつい眉間にしわが寄ってしまうというが、目を細めたところで見えるようになるわけでもないそうだ。

「でもお風呂にメガネかけて入るわけにもいかないしね」

 かけたところで湯気でくもって使い物にならないだろう。その言葉にそりゃそうだ、と笑ったあと、ざばん、と湯をかき分けて湯船を移動し、雪男のすぐそばまで近寄った。

「これくらいならはっきり見える?」

 誓って言う、このときの燐に他意はまるでなかった。燐自身視力はいいため、見えないひとの視界というものがどういうものなのか、想像ができないのだ。せっかく一緒に風呂に入っているというのに、その相手の顔がぼやけたままでは少し寂しいな、と思っただけのこと。
 ずい、と鼻の頭が触れそうなほど弟に顔を近づけてそう問えば、驚いたのか、弟が大きく目を見開いて燐を見る。驚いたり怒ったり、感情が大きく動いたときの表情は昔のままで、やっぱりうちの弟はかわいいなぁ、と思っていた燐の視界の中で、雪男の顔が大きくぶれた。首を傾げる間もなくむちゅ、と唇に何かが押しつけられる感触。
 一拍遅れてキスをされたのだ、と気がついた燐は、湯の中でふよふよとたゆたっていた尻尾をぴん、と立てて顔を真っ赤に染め上げた。

「な、な……っ!」

 ぱくぱくと口を開閉させて言葉を探す双子の兄へ、「キスして欲しいのかなって思って」と弟はあっさりと返す。兄弟としてだけでなく、恋人として付き合うようになったのは最近のこと。その最初のキスがまさか風呂の中だなんて思ってもいなかった。もちろんキスが嬉しくないわけではなく、またしたくなかったわけでもない。燐だって、せっかく両思いになって付き合いだしたのだから、雪男ともっと恋人らしいことをしてみたい、と思ってはいたのだ。けれどそれは風呂で、乱雑に済まされるようなものではなかった。

「……クリスマスプレゼントにキスしてもらおうと思ってたのに」

 恋人との関係を一歩進めるにはイベントごとはいい機会になる。プレゼントとしてキスを贈りあえば、記念にもなるし記憶にも残ってちょうどいい、と目論んでいたというのに。
 唇を尖らせてそう呟いた兄を見やり、「かわいいこと言うね」と弟はやはりしれっとした顔をして言う。

「プレゼントがキスだけとか、さすがに欲がなさすぎるでしょ」

 それ以上は要らないの? と問われ、燐は赤い顔をぶくぶくと湯に沈めながら、「いる」と答えたのだった。
 ……それ以上ってなんだろう?




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2019.12.24
















「一から全部教えてあげるね」