「少年」と呼ばれる少年


 前から言おうと思ってたんっすけどね、と秘密結社ライブラの事務所で、することないならファイリングを手伝え、と渡された書類の端を揃えながら口を開いたのは、神々の義眼を持つ「少年」であった。同じ空間にいるのは彼に仕事を振った上司、ライブラの副官であるスティーブンだけである。他のものが出払いふたりきりの状態になることは、これが初めてではない。最初は少し緊張を覚えもしたが、回数を重ねるうちにそれもなくなった。息をつめていても自分が苦しいだけであるため、考えることを止めたともいう。(おそらくそういう点が銀猿先輩の言う「無駄に図太い」部分だと、最近なんとなく自覚してはいた。)
 レオナルドの言葉にどうした、と視線を向けてくれる彼へ、「僕、確かにチビでこの顔ですから、しょうがないんですけど」と頬を掻く。

「『少年』って呼びかけられるほど子どもじゃないんですが……」

 その言葉がさす対象の年齢範囲がどれくらいかは分からない。けれどレオナルドの感覚でいえば「少年」は十代前半あたりまでだ。ライブラの中ではおそらく若いほうで、とくによくこの事務所に集まる面子を見回せば最年少であるだろうことは否定しない。男としてあまり口にしたくはないが、背も低いし、童顔だ。実年齢より下に見られることが常ではある。けれどそれでも、保護者が必要な年齢ではないのだ。
 ライブラに身を置くようになってしばらく経ち、それなりに構成員たちと会話を交わしていると思う。スティーブンともそこそこ話をしているけれど、彼はレオナルドのことを「少年」とそう呼ぶことがあった。もちろん名前や愛称で呼んでくれることもあるけれど、頻度でいえば圧倒的に「少年」が多いような気がする。
 レオナルドの言葉が意外なものだったのか、珍しくきょとんとしたような表情を浮かべた副官は、眉を下げ、「ああ、すまない」と口を開いた。

「別に君を見下しているだとか見くびっているだとか、そういうつもりはないんだ。気に障っていたのなら謝るよ」

 その謝罪にレオナルドは、「あ、や、そういう意味じゃなくて」と慌てて首を横に振る。

「まあ確かにスティーブンさんからしたら僕なんてまだまだ子どもだろうし」
「それは暗に俺がおじさんだと言ってるのかな?」
「違いますって!」

 どうしてこのひとは、ひとの言葉の上げ足をいちいち取るのだろう。そうじゃなくて、と上司を睨んで(意図的に目を細めているため効果はあまりないと知ってはいるけれど)、唇を尖らせる。

「なんか、子どもって思われて気を遣ってもらってたらやだなって、そう思ったんです!」

 一応これでも外で仕事はしていたし、単身でヘルサレムズ・ロットにやってくることができる程度には生活力も行動力もあるつもりだ。
 スティーブンを含めたここにいるメンバは、少し特殊な技を使えるとはいえ、人間の身でありながらとんでもない存在と相対し、なんとか世界を守ろうと奮闘しているひとたちである。そんな彼らの貴重な時間を、貴重な戦力を、自分などに割いてもらうのは申し訳ないの一言に尽きた。
 眼のことを考えれば、確かに自分は「貴重な人材」だと思う。驕るつもりはないが、自覚しておかないと逆に迷惑をかけることになるだろう。けれどだからといって不必要に過保護にされる謂れはない。
 なんとなく、あまりまとまった言葉ではなかったけれどそのようなことを口にしてみれば、聞いていたスティーブンは「うーん?」と首を傾げてしまった。うまく伝わっていないのかもしれない。

「別に、そう呼ばれるのが嫌だってわけじゃないんですよ」

 むしろザップの「陰毛頭」よりずいぶんと、いや比べるのも申し訳ないくらいにマシな呼び方だとは思っている。「確かにアレと比べられるのは腹立つな」とスティーブンは苦笑を浮かべた。

「一つだけ言うとね、レオナルド。世界は本当に何でも起こる。そして僕らが相手にしている連中は百年単位で生きているような存在だ。あいつらに比べたら僕だって生まれたばかりの赤ん坊みたいなもんだよ」

 それは比べる対象が間違っているのではないのだろうか。
 そう思ったが口にはせず、はあ、と気の抜けたような相づちを返す。そんなレオナルドに視線を向け、スティーブンは「まあだからね、」と口元を緩めて小さく首を傾けた。

「自分の足で歩いて、自分の意志でこの地獄に飛び込んできた人間を前に、ただその年齢だけを理由に態度を変えたりはしないってこと。君がそうやって年齢や体格を理由にして逃げることを由としない性格だと皆知っているから、心配しなくてもいい」

 年齢ももちろん人物を構成する一つの要素ではあるだろう。才能や能力もまたそうである。けれどその一部分のみをピックアップして築かれた関係は、すぐに破綻を来すものだ。特に危険と腕を組んで歩いているようなこの街では。
 別に心配しているわけでは、と眉を顰めるレオナルドへくすくすと笑いながら有能で強引な上司は言葉を続けるのだ。

「もし君が気を遣われていると感じるのなら、それはつまり君自身が愛されて大事にされている、ということだよ」

 その場合はおそらく『気を遣われている』というよりむしろ、『気にかけてもらっている』といったほうが正しいのかもしれない。
 どこか「子ども」を諭すような言い方は意識してのものなのか。
 気恥ずかしさを覚えて「じゃあ俺ってスティーブンさんにすげぇ愛されてたんですね」と茶化すように口にした言葉へ、「そうだよ、やっと気づいてくれた?」とひどく優しげな、愛おしさに溢れた笑みでもって返されたものだから、結局真っ赤になって口を噤むことしかできなかった。




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2015.11.20
















実際レオはいくつなんだろうなぁ。