コケンに関わる些細な問題


 バタバタバタバタ、ガチャッ。
 姿を目にする前に、あるいは声を耳にする前に足音と気配だけでその人物が誰であるのか、想像させる音を立てるのも一種の才能なのかもしれない。

「おい、陰毛頭!」

 事務所の入り口はソファに腰を下ろしたレオナルドの背後にあり、振り返っていないため当然やってきた人物が誰であるかは見えていなかった。(くそったれな眼を発動させればもちろん確認はできただろう。)けれど、足音、落ち着きのないドアの開け方からして、人物の予測はついていたため、声が飛んできても驚きはない。室内には上司ふたりと執事ギルベルト、ツェッド、レオナルドと、主力メンバの男ばかりが集まっている状態だった。そのことをザップが確認したのかどうかは、分からない。基本的に深く考えることをせず、感覚的に生きている動物だからだ。

「手ぇ見せろよ、手!」

 どかり、とレオナルドの隣に腰を下ろした男は、おもむろにそう言って腕を伸ばしてくる。意図が読めず、また経験に基づいた結果嫌な予感しかしなかったため、レオナルドは眉間にしわを寄せてザップから距離を取った。

「なんっすか、いきなり。やですよ」

 背後に両手を回して隠してみるが、身体的な能力においてこの男に敵うはずがない。あぁん? と目を据わらせたザップの手に捕まり、ソファの座面に押し倒された。

「いいから見せろっつーの!」

 なんとか逃れようと暴れてみるも、全体重を使ってのし掛かられ、ぐぇ、と喉の奥から呻きが零れる。パワーだとか反射神経だとかいうもの以前に、そもそもの体格から差があるのだ。ぎぶぎぶ、とソファを叩いたその手を、ザップは嬉々として取り上げた。

「もぉっ、なんすか、なんなんっすかぁ……手なんか見てどーするんすか」

 いつもどおり強引な行動に、レオナルドはそれでも口での抵抗を諦めない。生来の性格というのもあるが、せめて抵抗をしているのだ、怒っているのだというポーズを見せておかないと、この先輩はどこまでもヒートアップしそうなのだ。(もうすでに十分加減を分かっていない、という指摘もある。)
 痛いばかひっぱるな、と重ね続ける文句を綺麗に聞き流して、ザップは後輩の手を掲げてにやにやと笑っている。非常に嫌な笑顔だ。一体この男の目には何が写っているというのか。また怪しい薬でもキメているとでもいうのか。

「つーか、重いから早くどいてくださいよ」

 俯せに横たわったレオナルドを捕まえるため、その上に重なるようにしてザップも寝そべっている。親亀の上に子亀状態であるが、子亀のほうがでかいというのはどういうことだ。身体を揺すってみるも、わがまま奔放な子どもは降りてくれそうもなかった。
 ぴったりと、揃えるように指を閉じたレオナルドの左手を眺め、ザップは「ふぅん」だの「ほぉ」だの、意味ありげに頷いているようだ。最初から分かっていたが、絶対ろくなことを考えていないし、ろくなことを言い出さない。そんな予測は見事的中し、「なあ、知ってるか、」とレオナルドと自分の手を並べて見えるよう差し出した。

「指の長さでチンコのでかさが分かるらしいぞ」
 薬指が人指し指より長かったらチンコがでかい。

 思わず、目の前に掲げられた己の手に視線を向けたレオナルドを責めるものはいないだろうう。

「……っていうか、何みんなで確認してんっすか! はっ! クラウスさんまで……っ!」

 寝そべった状態でくるりと執務室内を見回せば、各々が指を閉じた手のひらへ視線を落としている奇妙な光景が繰り広げられていた。なんだこの間抜けな光景。女性陣がいなくて良かった。
 いやその、と慌てたように手を隠すツェッドに(そもそもツェッドさんのモノってどんなんだろうとか思ってはいけない)、何事もなかったかのようにさりげなく手を戻して笑うギルベルト(だいぶ高齢だと思いますがもしかして現役ですか?)、顔を真っ赤にしてふしゅうと湯気を立ち上らせているクラウス(そもそも体格がよいのであなたのモノはきっとでかいと思います)、そして胡散臭い笑みを浮かべているスティーブン(自信のありそうな表情がたいそう腹立たしいです)。
 いやいやいやいや、とレオナルドは声をあげ、ザップを背中に乗せたまま足をばたばたと上下させた。

「どっから出てきたんすか、そんな話! どうせホラでしょ! 大した根拠もない、都市伝説みたいな!」

 そう喚くレオナルドを見下ろし(いい加減そこをどけよ)、「いやぁ、そうでもねぇと思うけどなぁ」とザップは笑う。

「だって、俺は薬指のほうが長ぇもん」

 見せつけるように眼前に出された褐色の手は、確かに人指し指より薬指のほうが長かった。知らねぇよ、と少年は吐き捨てる。

「何が『だって』だよ、どんな文脈があるんだよ! もぉ、いいからどいてくださいってば! つぶれる!」
「そーいう陰毛くんは同じくらいの長さだなぁ? 短くもなく長くもなくって感じかーそうかそうか」
「だから『そうかそうか』じゃねーですってば! はやく! どいて!」

 一体いつまで理不尽に押しつぶされていなければならないというのか。そう訴えてみるも、相変わらず都合のいいことしか聞こうとしないクズの耳には届かない。

「あともういっこ、これ、知ってっか?」

 何やら楽しげな声で言いながらレオナルドの手を取り、親指と小指を左右に引っ張る。

「いててててっ」
「おらっ、指広げろ、指。で、中指を手のひらがわに曲げる。指の先は、この辺だな。もっかい手広げて、中指の先っぽから、さっき指の先が届いたあたりまでが、そいつのチンコの長さ」

 またチンコの話かよ、いやそうだろうと思ったけど!
 おめーのはこんくらいだな、と広げた指で計ってみせる男を乗せたまま、レオナルドは深くため息をついた。

「あんたはほんと、なんでこういうネタだけはきっちり記憶してくるんっすかね。ほかのことは綺麗さっぱり忘れていくくせに……」
「ちなみに俺のはこんくらいな。まあ、臨戦態勢じゃなけりゃこんなもんな気がする」
「聞いてねぇし、聞きたくもねぇよ、んな話。あんたのチンコのでかさを俺が知ってどうしたらいいんすか……」
「決まってっだろ、『ザップさん、チンコもでかくてかっこいい!』って褒めろや」
「つーかほんと! この場にチェインさんとK・Kさんがいなくて良かったですね!?」
 チンコもげろ!
 そう吐き捨てたところで、「ふぅん? ザップはそれくらいかぁ」と上から声が降ってきた。

「ば、ばんとー……」

 見上げれば、ソファを覗き込んでいるスカーフェイスがある。にこにこと笑みを浮かべたままであるが、「ちなみに僕はこれくらいね」と広げられたザップの手に己の手を寄せて長さを示していた。よく見えなかったが、スティーブンのほうが長い、ような気がする。

「……あんたんが、身長、長ぇもん」

 ようやくレオナルドの上から降り、床にあぐらをかいて座り込んだ男が拗ねたようにそう口にした。そもそも身長は長いではなく高い、と表現すべきだ、と思ったが面倒くさいのでつっこまないでおく。
 のっそりと身体を起こしたレオナルドはふぅ、と呼吸を整えたあと、未だ差し出されたままだった副官の手へ視線を向けた。

「スティーブンさん、手ぇでっかいすねー」

 レオナルドの背後から伸ばされた手の隣に、自分の手を並べてみる。分かってはいたがその大きさは歴然だ。悔しいという気持ちが沸いてくることすらない。

「僕よりクラウスのほうが大きいよ。少年はちっちゃいねぇ」

 以前戯れでクラウスとも手の大きさを比べたことがある。確かに彼の手も大きかった。重ねると大人と子どもくらいの差はあった。スティーブンだとそこまではいかない、ような気もする、そうであると思いたい。
 スティーブンさんも十分でっかいっす、と答える前に、「でも、」と重ねた手を握りこんでスティーブンが笑った。

「働きものの手だ」

 女性のように手荒れを気にすることがなく、また気にする余裕もないため、レオナルドの手はいつもかさついている。主にバイトでの水仕事が原因だが、戦闘に身を置いて身体のどこかに傷を作っているひとたちに比べれば、些細なものだ。生きるために当然のことをしているだけで、決して褒められるようなことはしていない。それなのに、レオナルドを見下ろす男の目がひどく優しくて、頬を染めて「あざっす」と視線を逸らせた。伊達男怖い、そういう目は女のひとに向ければいいと思う。
 けれどスティーブンのほうはなぜかレオナルドの手を握ったままで。その中指を折り曲げ、広げさせ、もう一度折り曲げては広げてみている。ふぅん、と呟いたあと、ぱっと手を解放し、今度は背もたれごしにレオナルドの肩に自分の手を置いた。
 何がしたいのだろう、と疑問に思い顔を上向かせれば、逆さまになった上司の顔がレオナルドを覗き込んで笑みを浮かべている。
 あ、これも絶対ろくなことを考えていない顔。

「ス、スティーブン、さん?」

 そう思い顔色を青ざめさせるが、たとえ力ずくで押さえ込まれているのではなくとも、一度氷の男の手に捕まれば、レオナルドごときが逃げ出せるはずがない。すすすす、と肩から胸、腹のほうへスティーブンの手が下りてくる。ぴたりとその動きが止まったのは、下腹部の、かなりきわどい位置で。
 にっこりと笑ったまま、「ちなみに、」と男はあっさり宣った。

「僕のだとだいたいこのへんまでくるから、頑張れよ、少年」

 へそのあたりを軽く押さえ込まれ、レオナルドは意味がとれず「へ?」と間の抜けた声をあげる。
 とんとん、と腹(というより股間に近い)を叩く中指の先から、へその上にある手のひらの真ん中まで。その長さが何を表しているといえば。

「はぁあッ!? あんたら、そーゆー関係なのっ!?」

 レオナルドが理解するより先に、ザップが叫びをあげた。がたた、という派手な音は、驚いた拍子に彼の身体がローテーブルにぶつかったものだろう。えぇえええっ!? とレオナルドの絶叫も同時に響き渡った。

「なっ、なんっ、なんのっ! 話、ですかっ!」
 誤解されるよーなこと、言わんでくださいっ!
 腹に触れていた腕から逃れ、顔を真っ赤にして上司へ苦情を申し立てる。もちろん、誓っていうが、スティーブンとそういう関係ではない。ただの上司と部下であり、色っぽい雰囲気になったことなど過去に一度としてまったく、全然、これっぽっちも、なかった、とは言いきれないかもしれない。(いやでも冗談だと思ってた、思うだろ普通、とレオナルドは声に出さずに脳内で叫んでいた。)
 そんな少年の動揺などものともせず、傷を持つ男は「あっはっはっ」と機嫌良さそうに笑っている。

「少年のは頑張れば全部咥えられそうな大きさだから、おじさん、頑張ってあげるよ」

 親指と人指し指で輪を作り、ぺろり、と何かを舐める仕草に、怒ったらいいのか焦ればいいのか、恥ずかしがればいいのか、呆れたらいいのか。

「――ッ、セ、セクハラだぁあああっ!」

 光を放つ青い瞳にじんわりと涙を浮かべた少年の叫びが、執務室内に木霊した。




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2016.07.20
















男子高校生かお前らは、っていうノリ。

Pixivより。