子どもっぽいひと


「改めて。スティーブン・A・スターフェイズだ。よろしくな、レオナルド・ウォッチくん」

 全身の包帯が取れ、ようやくライブラの事務所に顔を出せるようになった初日。そう言って差し出された手のひらは大きくて硬く、大人の男のものだ、とそう思った。
 手を握り返し、クラウスよりは低いがそれでも長身の彼を見上げる。ザップもそうだったが、ライブラには背の高い男しかいないのか。いやそもそもそれ以前に己の体格が平均以下だ、ということはなんとなくおぼろげに仕方なく、理解してはいるけれども。
 彼と直接話をする前にクラウスより紹介を受けていたからだろうか。(そして我らがリーダは友人をファーストネームで呼んでいる。)

「よろしくお願いします、スティーブン、さん」

 そう呼びかけたとき、正面の男がわずかに目を瞠った、ような気がした。どうしてだろうか。何か自分はまずいことを口にしたのか、と考え、「あ、」と口を開く。

「す、すみません。いきなり名前で呼んじゃ失礼ですよね」

 つい先日この結社に所属することになったばかりであり、形としてレオナルドは彼の部下にあたるだろう。(しかも戦闘能力のない言ってみればお荷物に近い部下だ。)上司を名前で呼ぶなど、いくらなんでも分をわきまえていなさすぎた。
 慌てて謝罪を口にし、頭を下げる。クラウスの紹介によれば、副官のような存在であるらしい。リーダが彼を信用し、信頼していることは伝わってくるため、悪いひとではないのだろう。ただなんとなく、根本は同じでも、ベクトルはクラウスとは真逆のひとなのではないか、そんなイメージを抱いていた。入院中、見舞いに来てくれたその声を聞いたときから。
 だからきっと、会って間もない相手に馴れ馴れしく名を呼ばれるのは不快に違いない。失敗した、と冷や汗をかいていたところで、頭上からくつくつと喉を震わせる音が落ちてきた。恐る恐る見上げれば、口元に手をあて、楽しそうに笑っている男の姿がある。

「いやまあ、確かにちょっと驚いたけどね」

 スティーブンで構わないよ、と柔らかく笑った彼の手がぽん、と頭の上に乗った。そのままくしゃり、と髪の毛をかき混ぜられ、「少年、くせっ毛だなぁ」とスティーブンは笑う。

「や、あの、でも……」

 やはり上司に対してファーストネーム呼びはどうなのだろう、と口ごもるレオナルドを見おろし、彼は眉間にしわを寄せて口を開いた。

「クラウスやザップのことは名前で呼んでいるんだろう? それなのに、僕だけ名前を呼んでもらえないのは寂しいじゃないか」

 少し拗ねたような口調と表情はわざとだろうか、と少し思ったが、考えたところでほぼ初対面に近い相手の本心など分かるはずもない。彼の場合、深く付き合ったところで心の内を明かすようなタイプには思えなかったけれど、本気で嫌がっているわけではなさそうなことは伝わってくる。
 別にレオナルドとしてはどちらでも良いのだ。クラウスがそう呼んでいたから名前が口について出てしまっただけのこと。頭にスティーブンの手を乗せたまま、レオナルドは「寂しいって、なんっすかそれ」と上司を見上げる。

「結構子どもっぽいこと言うんですね、スティーブンさんって」

 へにゃりと笑ってそう口にすれば、「僕は繊細な心の持ち主なんだよ」と嘯いた男の手がまたレオナルドの頭をくしゃくしゃとかき混ぜた。柔らかな口調と手つきから、呼びかけが気に入ってもらえたことが窺える。なんとなく嬉しそうな上司が可愛らしく見えてしまったため、どうにも子ども扱いされていることは不問にしようとそう思った。
 後日、スティーブンのことを「番頭」あるいは「スターフェイズさん」と呼んでいる先輩から「お前は無駄に図太いな」と妙な感心のされ方をしてしまったが、深く考えることは精神衛生上よくなさそうだったのでスルーしておくことにする。




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2015.11.20
















こないだのSQクラウンで、ザップさんも「スティーブンさん」と
呼んでたという事実が判明しました。