言いなりクリスマス


 抵抗は、したのだ。いいです、結構です、自分でできます、そこまでしてもらわなくても、子どもじゃないんで。
 けれど、レオナルドがいくら言葉を重ねようが、腕を振り回そうが、じたじた暴れようが、年上の彼氏にはまるで通じない。そもそもスペック、スキル、経験値、すべてにおいて敵わない相手であるため仕方がないことなのだが。
 それでも精一杯、抵抗はしたのだ、と。誰にかは分からないが、訴えておきたいのである。レオナルドとしては。

「レオ、ひじ伸ばして」

 背後から右腕をそっと取られ、促されるまままっすぐ前へと伸ばす。しっとりと濡れた肌の上を泡で包まれた手のひらがすぅ、と滑っていった。

「腕は傷の残りがひどいなぁ。あ、これはこの間、爆発で吹き飛ばされたときのやつ?」

 任務の途中、思っていたよりも近くで爆発が起こって吹き飛ばされたうえ、飛んできたガラスの破片で右腕の半ばをざっくり切ったのが二週間ほど前のことだっただろうか。気がついたザップが血糸を伸ばしてレオナルドの身体を止めてくれなければ、よりひどい怪我を負っていたはずだ。スティーブンの指先が辿る傷跡に、「たぶんそうです」と答える。あとの残る怪我は正直珍しいものではないため、いつ、どのようにして負ったものなのか覚えていないものが大半だ。右腕の傷はまだ生々しさがあるため、ここ一ヶ月以内のもので間違いはないだろうけれども。
 一度ソープを継ぎ足して泡立ててから、スティーブンはくるり、とレオナルドの手首を撫でる。そのまま手の甲、手のひらを直接肌を触れあわせて洗ったあと、彼は指を絡めて少年の手を握った。ぬるぬると、指の間を泡をまとった指が滑る感触がくすぐったい。

「指の傷はもうほとんど見えないね」

 一度落ちた指は、確かな医療技術によりしっかり繋げてもらえている。よくよく見ればうっすらと傷が見えなくもないレベルだが、それでもスティーブンはことさら優しく指をなぞるのだ。まるで再び千切れてしまうことを恐れているかのように。
 同じように左腕も洗ったあと、スティーブンは背後からレオナルドの首筋へスポンジを滑らせた。

「さすがにこの辺りには傷、ないか」

 両手で首を掴まれると、どうにもひやりとしたものが背筋を這う。そのままちからをこめられたら死んでしまうと分かっているからだろう。相手がスティーブンだからこそ大人しくしていられるのであり、「致命傷部位ですし」とレオナルドは苦笑を浮かべて答えた。あごの裏、頬の下、耳の裏まで丁寧に指を這わされ、彼の手はゆるりと左右に分かれて恋人の肩を撫でる。

「本当に、傷の多い身体だ」

 背中を擦る大きな手のひらからは、労りと慈しみが伝わってくるようだ。僕と同じだね、とそう言ってスティーブンは笑っているが、けれど彼の身体に残る傷は戦場で戦った末に負ったもの。戦うことすらできず、一方的に傷つけられたレオナルドのものとは本質的に異なっている。

「全然同じじゃないですよ」

 レオナルドがもっと強ければ、自分の身を守れるくらいにちからがあれば、こんなにもあとの残る傷をあちこちに負わなくても済んだであろう。恋人に心配をかける頻度だって減るだろう。レオナルドの身体に残る傷は、それすらできない己の情けなさを知らしめてくる証拠でしかない。
 ただ情けないだけです、と俯き、しょげた声でそう続けるレオナルドだったが、泡に包まれた手にのどをくすぐられ、あごを捕らわれ、振り返るよう促された。覗き込んでくるスティーブンと視線があい、そのまま柔らかなキスを落とされる。情けないもんか、と軽く額を合わせて彼は言った。

「この傷はレオがここで一生懸命生きている証だろ」

 異常なことばかり起こる霧の街で、どんなことに巻き込まれようと己の決めた目標のために懸命に足掻いている、その姿を間近で見ていてどうしてレオナルドのことを情けないやつだと言えようか。歩みは遅くとも前に進み続けようとする彼を、スティーブンはとても誇らしく思っているのだ。

「たとえどれだけ身体に傷が残っていても、全部含めて僕の愛するレオナルドだよ」

 彼の身体に残る傷は、彼がレオナルド・ウォッチであるからこそのものであり、ならばスティーブンにとって愛すべき対象である。
 真摯な声でそう告げられ、レオナルドは首筋まで真っ赤に染まったまま小さく「ありがとうございます」と呟いた。
 脇から横腹に手のひらを滑らせ、腹にいくつか残る傷跡を指先で辿ってへそをくすぐる。くすぐったさに身を捩って恋人の名前を呼ぶが、彼は「ちゃんと洗わないと」と取り合ってくれない。再びソープを継ぎ足して泡立たせ、スティーブンの手のひらはさらに下へと滑り下りようとしていた。

「す、スティーブンさんっ! もういい、いいですから!」

 そもそも、レオナルドは最初から抵抗を示していたのだ。この年になってひとに身体を洗われるだなんて恥ずかしい、と。どうしてもレオナルドに触れたい、恋人同士のスキンシップだよ、クリスマスなんだから、と微笑むスティーブンに押し切られ、結局ともにバスルームに籠もっているのだが、やはり何が何でも拒否をしておくべきだったのかもしれない。
 そこから先は自分で洗います、と背後から回される腕を掴んで止めるよう求めるも、「だめだよ、レオ」と彼氏はやっぱり止まる気配はない。

「だって、きみは僕へのクリスマスプレゼントだろ?」

 いったいいつ、レオナルド自身をプレゼントする、という話になったのか、皆目見当も付かないが、クリスマスに恋人の家に泊まりに来ているのだから、もちろんそういうつもりがあったことは否定しない。女性のように柔らかくもなく、括れもなく、傷だらけの身体ではあるけれど、喜んでもらえるのならクリスマスプレゼントとしてさしだしてもいい、かもしれない、と思ってしまう程度には、レオナルドはこの年上の恋人に惚れているのだ。

「プレゼントなんだから、隅々までちゃんきれいにしなくちゃ」

 耳元でそう囁かれ、するり、と脚の間に滑り込んできた手のひらを、少年は小さく呻いただけで結局受け入れたのだった。




ブラウザバックでお戻りください。
2019.12.24
















もちろん中も。