家族で過ごす日


 温かな部屋で、いつもより少しだけ豪勢なディナ、お供にはもちろんシャンパンを。食後にはヴェデッド特製のクリスマスケーキ。
 秘密結社ライブラの伊達男、番頭役である彼と恋仲になって初めて過ごすクリスマス。切り分けてもらったケーキまでしっかり胃に収めたあと、シャンパングラスを片手にリビングのソファでまったりとくつろぐ。付け放たれたままのテレビが流す映画を眺めながら、「ちょっと意外でした」とレオナルドは素直な心情を口にした。

「スティーブンさんのことだから、おしゃれなレストランとか、そういうとこに連れてかれるのかなって思ってたんで」

 あ、連れてってもらいたかったって言ってるわけじゃないですからね、と少年は慌てて付け加える。
 クリスマスといえば家族とともに過ごす日でもあるが、恋人と過ごすひともあるようなイベントだ。ここぞとばかりにロマンチックな演出を企み、意中の相手を誘う男も多いだろう。色恋沙汰の経験が豊富な男なら、きっと恋人をくらくらさせるようなプランなどいくつも持っているだろうに、その日恋人であるはずのレオナルドが誘われたのは彼の自宅であった。
 そんなことを言うレオナルドの肩を抱き寄せながら、「それも考えたんだけどね」と年上の恋人は笑う。
 彼の言うようにドレスコードのあるレストランに予約を入れ、ふたりでクリスマスディナを楽しむ。そんなイベントを企画してもきっとレオナルドは喜んでくれただろう。店をピックアップするところまでは行った。けれど、電話をかける段階になってふと思ったのだ。何かが違うな、と。

「そういう店も嫌いではないし、君をいろいろ連れ回したいって気持ちはあるんだけどね。でもさぁ、クリスマスだろ? 町中どこ見ても、着飾った女を連れた気取った男どもが歩いてるわけだ」

 その『気取った男』代表のような人物が何を言っているのか。じっとりとしたレオナルドの視線からそんな感情を読みとったらしい。スティーブンは苦笑を浮かべ、「今日は家でゆっくりしたいなって思ったんだよ」と口にした。ひとの目を気にすることなく、自宅でかわいい恋人を独り占めをしたい、そんな気分だったのだ、と。
 臆面もなくあっさり言い放たれた言葉に頬を染め、レオナルドはぷい、と視線をそらせた。

「……まあ、いくら着飾っても連れ歩いてるのが僕じゃあ、格好もつかな、ぃひゃいっ! いひゃいれすっ!」
「んー? 卑屈なこと言う口はこの口かなーって思ってな」

 ぎゅう、と頬を摘んで引っ張られ、悲鳴をあげるレオナルドを見やってスティーブンはわざとらしい笑みを浮かべている。卑屈といわれたら確かにそうなのだろうけれども、レオナルドとスティーブンではどう考えても基本スペックに差がありすぎるのだ。彼が『気取った男』の姿をしているそばにいるべきは、少なくともレオナルドのようなちんちくりんの若輩者ではない。
 実際にスティーブンから嫌がられないかぎりは離れるつもりはないのだから、そう思うくらいは許してもらいたいところである。(が、彼氏からすれば口にすることはもちろん、そう考えることでさえおもしろくないそうだ。)
 涙目のままもういいません、と約束して、ようやく解放された両頬はきっと真っ赤になっているだろう。何もそんなに本気でつねらなくても、とぶつくさ文句を呟いていたところで、「やっぱりちゃんとした店、予約したほうがよかった?」と尋ねられた。
 両頬を押さえたまま唇を尖らせ、隣に座る男を睨みあげる。

「だから、連れてってほしかったってわけじゃないって言ったでしょ。意外だったなって思っただけですし、家でゆっくりするの、僕は好きですよ。僕自身もそうですけど、スティーブンさんが気を張らなくてもすむ空間が好きなんです」

 世界の均衡を守るために日々忙しくしている男だ。味方も多いが敵も多い。人目のある場所だと、どうしたって周囲を警戒せざるをえない。騒動と喧噪の街であるため、セキュリティのしっかりした自宅でも完全に安全とはいいきれないが、それでも他人の視線がないだけ気を緩めても許されるのだ。

「気兼ねなく引っつけますしね」

 座る位置を少しだけ移動し、こてん、と隣の恋人にもたれかかってみる。普段レオナルドから甘えた仕草を見せることはあまりなかったため、スティーブンが驚いたような気配があった。
 けれどすぐに肩を抱き寄せる手に力を込められ、ふわり、と髪の毛にキスが落とされる。触れた箇所から伝わる熱に心の奥をくすぐられ、レオナルドはくふん、と小さく鼻を鳴らした。
 この暖かさと心地よさ、そして安堵感には覚えがある。この街にくるにあたってレオナルドが故郷に捨ててきたものによく似たそれだ。
 そう気が付くと同時に今すぐこの場から逃げ出したいような気持ちと、けれど自分から手放すことはきっともうできないだろうという予感に胸の奥がぎゅうと締め付けられた。
 唇を噛みしめ、きつく目をつぶる。腕の中、わずかに強張った身体に敏いスティーブンが気づかないはずもなく。
 レオナルド、と小さく名を紡がれた。
 ぴたりと唇を閉ざしてうつむいた恋人の頬をするり、と指で撫で、なだめるようにあごの下をくすぐられる。彼はレオナルドのことを小動物か何かと勘違いしているのではないか、と時々思ってしまう仕草だ。
 わき起こった言葉を口にしてもいいものだろうか。それはレオナルドが言葉にしてもいいようなものだろうか。年上の恋人と釣り合いも取れていないような子供が、やらなければならないことを抱えてこの街にやってきたような男が言っても許されるようなことだろうか。
 次から次に思考の波が押し寄せてくるけれども、こうして抱きしめられ、大きな手でなだめられてしまえば、うじうじと悩んでいるよりも言葉にしてしまったほうがいいような気がしてくる。
 すり、とスティーブンに広い胸に頭をすり寄せたあと、少年は小さくため息をついて、心を満たす気持ちを口にした。

「あなたと一緒にヴェデッドさんの作ってくれたご飯を食べて、家でゆっくり過ごして。まるで、実家にいるときのクリスマスみたいだな、ってそう思いました」

 大切な家族とともに過ごした日。
 レオナルドは、そんな暖かな場所にいていいような人間ではない。
 それが許されるような存在ではない。
 そのことを、レオナルド自身重々承知している。
 けれど今日のこの空間はひどく居心地がよくて、捨ててきたはずの幸せをまた得てしまったかのようで。
 すみません、と謝罪を続けた少年へ、「どうして謝るんだ」と男は呆れたような言葉を放った。

「僕にはレオのように家族でクリスマスを過ごした思い出がないから、実際どんなものなのかは分からないんだ。でも、君がここで、僕のそばで、そう思ってくれていることが何より嬉しいよ」

 大きな決意を秘めて異界と交わる都市に単身で飛び込んできた少年。
 今までもっていたはずのものをすべて捨ててくるようなことをしたのは、彼が抱く罪悪感からだろう。けれどレオナルドが自らの幸せを遠ざけたところで、それを喜ぶものは誰ひとりいないのだ。
 誰にだって幸せを享受する権利はある。
 それが己の手を汚して世界の危機を救おうとする男であろうと、妹を守り抜くことのできなかった兄であろうと。

「できれば僕は、君と家族になれたらってそう思ってるからね」

 それはもちろん、人生をともにするパートナという意味での『家族』。
 さらりと告げられた言葉に驚いてスティーブンを見上げれば、ひどく優しい表情をした恋人と目があった。途端にかぁ、と頬が熱くなる。
 ここで視線を逸らせばなんとなく負けたような気になるため、レオナルドは無理矢理眉間にしわを寄せて羞恥をこらえた。そうしてスティーブンを見つめたまま、「なんか、プロポーズみたいな言葉ですね」と言ってやる。
 すると、さらに表情を甘く緩めた恋人に、「そのつもりで言ったからね」と返され、少年はますます顔を赤らめることになった。




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2016.12.25
















プレゼントに指輪を用意しているに違いない。