紆余曲折クリスマス


「クリスマスってのはなぁ! 暖かい部屋で家族団らんをする日なんだよっ! 誰だ、恋人たちの祭典なんてものにしやがったのは! どこの馬鹿だ、ジャパニーズ文化を逆輸入したのは!」
「あの国は入ってきた文化を何でもローカライズしちまうからなぁ」
「HENTAIの国だからしょうがねーよ」

 小さな子どもたちがサンタクロースの訪れを今か今かと待ち構えている頃、サンタクロースになる予定もなく、ともに過ごす相手もいない寂しい連中が集まって、慰労会と称した飲み会が行われていた。秘密結社などというものに属している構成員たちは、単身でヘルサレムズ・ロットに渡ってきたものも多い。せめて彼女でもいたら違ったのだろうが、恋人という存在はそう簡単にほいほいできるものでもないのだ。少なくとも、顔面偏差値が並以下の人間にとっては。

「いいから飲め飲め、今日は無礼講だ、ベッドの上でずこばこやってるやつらのことなんざ、忘れようじゃねぇか」
「あー……ゲットーヘイツの高級ホテルに異界生物落ちねーかなー」
「やめろって、んなこと起きたら俺らまで仕事になっちまう」

 夜の幸せな人々に対して悪態をつきつつ、どうでもいい話に花を咲かせながらげらげらと笑い合う。そんな飲み会の場所に、少しだけ場違い感のあるふたりぐみが混ざり込んでいた。

「レオくん、こんなところにいていいんですか?」

 隣に腰を下ろしている少年(といいつつも一応酒を飲める年ではある)へこっそりそう尋ねるのは、普段ライブラの中枢メンバが集まる執務室の隣を居住地としている半魚人の青年。誘われて、特に予定もなかったため参加を許諾したのだが、会場となる店を訪れてびっくりした。ここにいるはずのない(とツェッドが思い込んでいた)人物がいたからだ。
 ツェッドさんだー、と手を振ってくれた彼の隣を陣取ったはいいが、未だにレオナルドがどうしてここにいるのかが分からない。確かに彼は故郷を離れてヘルサレムズ・ロットでひとり暮らしをしているが、クリスマスにともに過ごす相手、恋人はいるのである。それとも、ツェッドの知らない間に別れていたのだろうか。ふたりの様子を見る限り、その可能性は低いとは思うが。
 そんな青年からの問いかけに、ほどよくアルコールが回って気持ちよくなっている少年は、「いいんすよぉ」とどこか間延びした言葉を返してきた。

「どーせ、うちのハニーはお仕事相手と乳繰り合ってるんで、僕はツェッドさんと乳繰り合うんですぅ」

 唇を尖らせてそう言ったあと、半分ほど残っていたカクテル(だと思う、鮮やかな青でとても綺麗な飲み物だ)を一気に煽ったレオナルドは、指先で唇を拭ったあと、ふふ、と小さく笑いを零した。浮かべられた笑みには先ほどまでの子どもっぽさはどこにもなく、わずかな諦めと寂しさを滲んでいる。

「まあしょうがないと思いますよ。仕事は仕事ですし、僕もある程度分かっててつきあってますから」

 レオナルドの恋人は、もともとワーカーホリック気味なひとだ。彼の中の優先順位ランキングで、「仕事」はかなり高位にあるだろう。そしてその仕事のなかに、異性(ときには同性もあるのかもしれないが聞いたことはない)と親しくなり必要な情報をもらい受けるという内容も含まれている。問題は「親しくなる」というその内容だが、本人曰く、「セックスは絶対にしない、怖いから」とのことで、キスやペッティングくらいまでならしていたそうだ。決まった相手(今はレオナルドのことだ)ができたら手は引くらしいが、目的のためならどんな手段も考慮する彼が、そう簡単に別の方法に乗り換えるとも思えない。レオナルドに対して分からないようにしてくれているだけでも、愛されていると思うことにしていた。
 さすがにクリスマス当日にそういう仕事相手と会っている、とは考えられない。疑ってくれ、と言っているようなもので、スティーブンの性格からすればどうにかして別の日に変更しただろう。それをしなかった、できなかったことを考えれば、彼の言葉どおり、金払いのいいスポンサのうちのひとりであるのは間違いない、というのがレオナルドの判断だった。もしかしたらそのスポンサに妙齢のお嬢さんがおり、彼女も同席している、くらいはあり得るかもしれないが。
 寂しいは寂しいですけどね、と笑って言うレオナルドだったが、きっと彼の性格上、その言葉をスティーブンに対しては告げていないのだろう、とツェッドは判断する。よくしゃべるほうだというのに、この少年は肝心なところで大切な言葉を言いよどむことがある。それが彼自身に関することであればなおさらで、もっとそういうことを相手に伝えたほうがいいのでは、と思うが、恋愛という現象自体がツェッドにはいまいち理解できない事柄だ。安易な言葉は口にできない。

「おーう、若者ども、飲んでるかぁ?」

 レオナルドに対し、どんな言葉をかけるべきか、ツェッドが思案している間に、すでにできあがっているらしいメンバが、溢れんばかりにビールの注がれたグラスを押しつけにきた。

「うす、頂きます」
「ほれ、ツェッドも飲め飲め。今日がクリスマスだとか、そういうことは飲んで忘れるに限る!」
「あ、はい、どうも」
「いやつーか、おめーら、若いうちからこんな会に出ちゃだめだろー、ザップみたいに彼女のひとりやふたりや三人や四人作らねーと!」

 わはは、と笑いながら自分もグラスに口をつけ、彼はたっぷりのビールを半分ほど一気に飲み干した。

「いやー、どう逆立ちしてもザップさんを見習いたいとは思わないっすわ」
「左に同じく。反面教師にしかならないです」

 苦笑を浮かべるレオナルドと渋面を作るツェッドを見比べ、彼はまたわははは、と大きな口を開けて豪快に笑った。

「ザップも嫌われたもんだなぁ! まあおれも、女に不自由しないイケメンは滅びたらいいと思ってるけどな!」
 ザップしかり、スカーフェイスしかり。

 続けられた名前にぴくり、と肩を震わせたレオナルドだったが、すぐに何かを吹っ切るかのように、まだ半分以上残っていたビールを一気に飲み干した。

「おーおー、良い飲みっぷりだ! 男はそうでなくちゃ!」
「レオくん、飲み過ぎですよ」

 クリスマス、ともに過ごす相手がいない寂しい男が集まっているといっても、仕事でよく顔を合わせる仲間たちだ。美味い酒とつまみがあれば場は盛り上がり、どんな名目で集まったのか、そのうちどうでもよくなってくる。店内の九割近くが酔っ払いで占められるようになった時間帯。
 ツェッドに窘められながらもグラスを重ねたレオナルドは、すぐに限界値を超え、今は友人の肩に頭を預けて夢の世界へと旅立ってしまっていた。結社の中でも年齢が低く、周囲のメンバからもそれなりに目をかけてもらっているレオナルドだ。しょうがねぇな、おこちゃまだから、と呆れながらも、眠る少年を起こそうとするものはいない。
 レオナルドも潰れたことだし、このグラスを空けたらそろそろ帰ったほうがいいかもしれない。ツェッドがそう思い始めたところで、入り口付近がなにやらざわついた。なんでおめーが、呼んでねーよ、と酔っ払いの罵声を潜って姿を現したのは、結社の副官を勤めるスカーフェイスの男。
 ツェッドに寄りかかるように眠る少年を発見し、少し驚いたような顔をしながらも、すぐに眉を下げて笑みを浮かべる。座っても? と正面のソファを指されたため、こくりと頷いて答えておく。
 駆けつけ三杯、と渡されたビールに口を付けながら、スティーブンはちらちらとこちらへ視線を向けてきた。何か言いたいことがあるような顔をしている。口にしてもいいものかどうか、あるいはどう言葉にするべきか、悩んでいるのだろうか。
 彼が言いたいことはなんとなく分かる。だから、先手を打っておくことにした。

「レオくん、寂しそうにはしてませんでしたよ。ええ、これっぽっちも。最初から楽しそうに飲んでましたので、ご心配なく」

 多少の意地悪を込めてそういえば、「あー」と声をあげた男は、ややあって、「そうかぁー」とがっくりと肩を落とす。クリスマスに恋人と過ごせなくて、寂しがってくれていることを期待していたのだろう。実際には彼の期待通りではあったのだが、それをそのまま伝えてやる義理はない。何せ、寂しがらせているのはこの男のほうなのだ。仕事だ何だと都合を付けるのは難しいと分かってはいるが、それでもツェッドの友人を悲しませるような人物を徒に喜ばせてやりたくはなかった。

「聞き分けが良すぎるんだよなぁ、この子」

 はぁ、とため息とともに紡がれた言葉。確かにそれはその通りかもしれない。けれど、それがたぶんレオナルド・ウォッチという少年なのだ。
 軽く目を伏せ、グラスに残っていたカクテルを飲み干す。小さく息を吐き出し、ツェッドは「レオくんが、」と口を開いた。

「わがままを言える環境を作るのが、あなたの役目なのでは?」

 日常の、とてもどうでもいいこと、些細なことでのわがまま、自己主張ならば、レオナルドだって遠慮なく口にしている。けれど、大事なところではどうしたって一歩引いてしまいがちな友人だ。自分よりもまず相手のことを考える。痛みを分かちあうよりも、自分で引き受けて堪えてしまえばいいから、とある意味とても傲慢な少年。
 そんなレオナルドが、躊躇することなくわがままを口にできる相手。寂しいときに寂しい、と素直に縋れる相手。その可能性があるのは今のところスティーブンだけなのだ、とツェッドは思っている。
 部下からの言葉に、副官は軽く目をみはったあと、「ごもっとも」と苦笑を浮かべて言った。残りのビールを一口で流し込み、スティーブンは空になったグラスをテーブルに戻す。軽く頭を振ったあとひたりとツェッドに視線を向け、「で、」と彼は言葉を続けた。

「そろそろ返してくれる? それ、僕のだから」

 口元を緩め、穏やかな口調ではあるが、目はまったく笑っていない。そういう顔をもっとレオナルドに見せればいいのに、と思いながら、ツェッドは友人の身柄を引き渡した。




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2017.12.25
















気づいたら彼氏の家のベッドで寝てた。