メリークルシミマス


 は、と吐き出した息が白く染まり、ふわり、と宙を漂うかと思われたが、それを視線で追いかける前に真横で起こった爆発の風によって瞬時に消え去ってしまう。冬の寒さに浸る余裕すら、今のスティーブンには許されていないらしい。
 なんでだろうなぁ、と小さくぼやきながらかつん、とアスファルトを蹴る。

「なんで世の中にはクリスマスなんてものがあるんだろうなぁ」

 クリスマスといえばスティーブンの認識からすれば、家族で集まって慎ましく祝う行事であったはず。それが気がついたときにはなぜか、恋人同士の祭典になりはててしまっている。どんな文化の行事であろうと、自国に入ってきたものを楽しんでしまう、ついでに商業活用するという島国のクリスマスに影響をされているだのなんだの、誰かが嘆いていたような気もする。敬虔なクリスチャンというわけでもなく、クリスマスに思い入れがあるわけでもない。宗教活動も、信仰心のあるものは準じて行えば良いと思っているし、そうでなければ好きに過ごせば良い。商業が活性化されるのならば悪いことではない。そんなスタンスのスティーブンではあるが、今年のクリスマスに関してだけは話が違った。

「俺は寒い中、寂しく仕事をしてるっていうのに、見てみろ、街中どこもかしこもカップルだらけだ。このうちの何割がクリスマス即席カップルなんだろうな」

 クリスマスが来るから、と焦って彼氏彼女(あるいは彼氏彼氏、彼女彼女、むしろ性別すらないもの同士かもしれない)になったはいいが、間に合わせでの関係が長く続くはずもなく、バレンタインまで持つかどうか。バレンタインはバレンタインで、これまた商魂たくましい島国の民族が恋人のお祭りにしたてあげてしまっているが、恋人に絡めないと儲けをあげられないものだろうか、あの国は。
 やってらんないね、とぼやく男を前に、銀髪褐色のクズことザップ・レンフロは外気温と、その不機嫌な上司の作る氷、二重の寒さにがたがたと震えていた。今すぐこの場から逃げ出してしまいたいが、仕事が終わらないことには帰れない。帰ろうとしようものなら、すぐさま絶対零度の氷に飲まれることになるだろう。仕事をさっさと終わらせるため、そして暖を取るために、殲滅対象として今回ライブラで追いかけている巨大蟹数匹をめざとく発見し、血糸でまとめて燃やしておく。これでしばらく寒さからは逃れられる。
 あったけー、と自作即席焚き火に手を翳しながら、「どーしたんっすか、番頭」と任務開始当初から様子のおかしかった上司へ声をかけた。

「あんた、どっちかって言わなくても妬まれる側でしょーが」

 この男の持つスペックならば、クリスマスの夜に美女を侍らせることも、夜景の見えるレストランで高価な食事を取ることも可能だろう。仕事さえなければ。本人だってそのことは自覚しているはず。恋人とのクリスマスディナではなく仕事を選んでいるのはスティーブン自身であり、もともとワーカーホリック気味な部分のある彼からすれば、ごく自然のことでもある。それなのにまるで非リア充のように、クリスマスをカップルで過ごしているリア充を妬むだなんて、似つかわしくない言動にもほどがある。(ちなみにザップもまた外見スペックだけを見れば妬まれる側にいてもおかしくないのだが、彼の場合は普段の所行が所行であるがゆえに、誰かにうらやましがられるということはほとんどなかった。)
 どこか呆れさえ窺えるような部下からの視線を受け、ライブラの番頭役ははぁ、とため息をついて首を横に振った。聞いてくれよ、ザップ、とクリスマスのHL街中で暴れ回っている巨大蟹を氷で捕らえ、串刺しにしながら秘密結社の副官は言う。

「俺はな、これでもそこそこロマンチストでピュアなんだよ。そりゃあ、若いころはいろいろあったし、いろいろやらかしたけど、だからこそ王道でありきたりな展開に憧れたりもするんだ」

 たとえばそれは、恋人とのクリスマスデート、だとか。
 お互いこのHLには身内はおらず、だったらふたりで過ごしましょうね、と約束していた。慎ましやかなスティーブンの恋人は、綺麗な夜景や豪華な食事よりも、スティーブンとふたりきりで過ごす穏やかな空間を望んだ。もし以前までのように仕事絡みで関係を持った人物であれば、言葉巧みに言いくるめてホテルでのディナに誘っただろう。けれど、今の恋人は心底惚れぬき、口説きに口説いてようやく落とした相手なのだ。つきあい出して一番最初に迎えるクリスマス。誰の邪魔も入ることのないスティーブンのマンションで、他愛ない話をしながらのんびりと過ごす。恋人が好きだと言った家政婦作のローストビーフはもちろん、スティーブン手製のパエリアやサラダを並べて、とっておきのワインを開けるのだ。若い恋人はまだアルコールそのものが苦手らしいが、きっとスティーブンにつきあって飲んでくれるだろう。過ぎれば毒となるが、適量のアルコールは心と身体を解すにはうってつけの薬となる。

「前もちょこっとだけ酒飲ませたらすぐくたくたになっちゃってたからなぁ。かわいかったなぁ……」

 そのときは紳士的にベッドに運んで抱きしめて眠ったけれど、このクリスマスデートではくたくたになった恋人を美味しく頂くところまでがスティーブンの計画である。初クリスマスで初セックス、なんて完璧なシナリオ。これこそ恋愛ストーリィの王道ではないか。

「あの子もまだ若いしさ、恋愛に夢見てたとことかあるみたいでさ。たぶん嫌いじゃないと思うんだよね、そういうの。だからさー」

 今年はクリスマスデートをしようと目論んでいたのだ。かなり前から仕事を調節して、その日は身体が空けられるように。
 しかしいくらスティーブンが予定を整えたところで、突発的に事件が起こってしまえば仕事をせざるを得ない。仕方がない、秘密結社ライブラにおける任務はそういうものなのだ。この仕事は天職だと思っているし使命だとも思っている。結局は自分で選んだことなのだ、と分かってはいるのだが。

「俺にだって、かわいい恋人とクリスマスデートをする権利があるはずさ。その権利を返上してまで仕事をしてるってのに、どこの誰とも分からない頭の悪そうなカップルがいちゃいちゃいちゃいちゃ、そりゃ腹も立ってくるってもんだろ。蟹を攻撃するついでに足が滑っちゃったてへぺろー☆ ってカップルを二、三組凍らせてもバレないんじゃないかなー」

 ぶつぶつぶつぶつ、呪詛を紡ぎながらも湧き出る巨大蟹を次から次に凍らせ、串刺しにし、的確に処理していく上司に、ザップは背筋を震わせながらスマートフォンを取り出した。画面をタップして呼び出す名前はただ一つ。

『なんすかザップさん、俺いま、』
「うるせぇ。てめーんとこのハニーがご乱心だから今すぐ来い」




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2018.12.24
















素直に他人の幸せを妬む正義の味方。