「今、会いたいんだ」


 何故だか分からないが、ふと目が覚めた。探り当てたケータイで時間を確認すると真夜中といってもいい時間帯。この時間に目覚めること自体奇跡に近い。
 とりあえず一服、とベッドサイドのライトをつけて、アロマスティックを咥えた。あの香りに包まれればまた朝までゆっくりと眠れるだろう。
 己に暗示をかけるようにそう思いながら吹かしていると、不意にコツン、と小さな音が耳に届く。空耳かと思っていたところにもう一度、コンと乾いた音。扉を叩いているような音に、思わず自室のドアへ視線を向けた。コン。
 音の元はどうやらそこらしい。何かが当たっているのか、誰かが意図的に叩いているのか。
 音を立てぬようにそっと起き上がって、扉に近づいた。廊下側を探ると確かに人のいる気配。
 皆守が起きたことにどうやら向こうも気が付いたらしい。扉の向こうから小さく「甲ちゃん?」と声がした。葉佩だ。いや、半ば予想は付いていた。こんな時間に皆守の部屋のドアを叩く人間など彼以外にはいない。

「九ちゃんか。どうした?」

 扉を開けることなくそう問う。そもそもこんな真夜中に訪ねてくること自体非常識だ。わざわざ部屋に招き入れてやることもないだろう。そう思ったが、「ね、甲ちゃん、ここ、開けてくれないかな?」と葉佩が求めてくる。

「お前、今の時間、分かってるか?」

 言外に部屋に戻って寝ろ、と言ったつもりだったのか、葉佩は理解しているのかいないのか、「ねえ、甲ちゃん」ともう一度皆守を呼んだ。

「ごめんね、寝てたよね。起こしてごめんね」
「分かってるなら」

 早く戻れ、と続ける前に「でも」と葉佩が言葉を遮った。

「今、会いたいんだ」


**


甘えっ子。






「今のMDに録音して全校生徒に配ろう」


 まさか、と葉佩は驚いて自分を抱きしめる人物を見つめた。
 まさか彼の口からそんな直球な言葉が零れるとは思ってもいなかったのだ。
 どうした、と意地悪く笑う彼に、葉佩は眉を潜める。
 おそらく解放されたから、だろう。
 守人ではあったが、彼もあの墓場に囚われていた。
 だからこそ今日まで言いたいことも言えずにいた。
 やりたいことはやってたくせに、と葉佩は唇を尖らせる。
 その唇を狙ったかのようにさっと奪って、まあな、と彼は答えた。
 これからはやりたいことをやって言いたいことを言わせてもらうぜ、と。
 低い囁きに続く、甘ったるい言葉。
 慣れないその台詞に、真っ赤になってうろたえる。
 今のMDに録音して全校生徒に配ろう、と悔しそうに呟く葉佩へ、彼はどうぞ、と笑った。


**


九龍でしか使えないお題。
つか、皆守、何言ったの。






「超応援してるよ」


「たぶんね」

 十二月に入って、風もずいぶんと冷たくなってきた。屋上で昼寝などとてもではないが出来そうもない。昼休み、仕方なく、自分の席で臥せって惰眠を貪っていた皆守へ、前の席の葉佩が不意に声をかける。

「甲ちゃんはおれにすごく大きな隠し事をしてるよね」

 その声が耳に届いてはいたが、皆守は顔を上げようとはしない。葉佩も皆守からの反応があるとは思っていないのだろう。そっと手を伸ばしてきてくしゃくしゃの頭を撫でた。

「人は誰でも秘密を持ってるから別にそれはいいんだけどね」

 なんか最近甲ちゃん辛そうだから、と葉佩は自分の方が辛そうな声で言う。

「甲ちゃんが何をしてて何を隠してようが、おれは甲ちゃんの味方だから」

 超応援してるよ、と続けられた言葉に、思わずくつり、と皆守が笑う。
 お前が言うか、と。
 宝探し屋であるお前が言うのか、と。
 伏せたままなので皆守の表情は葉佩には見えていないだろう。それでも何かを察したのか、葉佩もふ、っと笑って言った。

「いいんだ、別に」

 甲ちゃんを苦しめてるのがおれだってのも案外悪くないから。


**


なんとなく気付いてるハバキチ。






「意味無く女装したくなる日もある」


「……お前、なんつーカッコしてんの」

 寮の入り口にある自販機で飲み物を調達して自室へ戻ると、鍵をかけていたはずなのに何故か室内に葉佩がいた。しかも黒いヘッドドレスを頭に付け、レースとフリルが大量にあしらわれた黒いワンピースを着た姿で。
 無許可での侵入を咎める前に思わずそう言ってしまった皆守へ、葉佩は「意味無く女装したくなる日もある」と至極真面目な顔をして答えた。

「ねーよ」

 きっぱりと即答すれば「あ、やっぱり?」と葉佩はへらりと笑う。

「うん、あのね、これ、リカちゃんから貰ったんだよ」

 九サマに似合うと思って作ってみたんですの、良かったら貰ってやってくださいませ。

 可愛らしい女の子にそう言われて渡されたプレゼントを無下に出来るわけがない。

「だからって着ることはねーだろうが」
「だって服じゃん。服って着るもんじゃん」

 正論だが、何かが違う。
 皆守はため息をついて買ってきたばかりの珈琲を机の上に置いた。もう開けて飲む気力さえない。

「自分じゃわかんないからさ、似合うかどうか聞きにきたの」
 似合う?

 いつもリカがしているようにスカートの両端をちょいと摘んで、可愛らしく首を傾げてみせる。
 そもそも宝探し屋などという物騒な仕事をしている割に葉佩は小柄で、顔も中性的なつくりをしている。「あー、似合う似合う」と適当に答えながらじっとその姿を見る。
 大きくあいた襟元から覗く鎖骨、頭の上で揺れる可愛らしいリボン、膝よりも少し上の丈のスカートから伸びる細い足。

「似合うが、お前それ、」

 その格好でここに来たってのは、つまりそういう意味だと取るぞ?

 腕を引いてベッドへ押し倒しながらそう言った皆守へ、葉佩は「ちゃんと意図を汲み取ってもらえて嬉しいよ」と笑った。


**


ハバキチは積極的だから皆守さんは苦労しなくていいよね。






「ホントウですかマジですか」


 言われた言葉の意味が理解できず、思わず「ホントウですかマジですか」と聞き返してしまった葉佩へ、呆れたような皆守の視線が返される。

「嘘言ってどうするんだ」

 気が向いたら遺跡についていってやるから連絡しろ。

 二度目の台詞でようやくその内容を葉佩は理解する。人目も憚らず、「やった!」と廊下の真ん中で飛び上がって喜んだ。

「……そんなに喜ぶことじゃねぇだろうが」

 あまりにも素直に葉佩がその感情を見せるものだから照れくさくなったのか、多少顔をしかめて皆守はそう言う。

「大体俺以外にもバディはいるだろ」

 しかも結構役に立つのが、と続けられた言葉に、葉佩は眉を跳ね上げる。

「何言ってるの、甲ちゃん! そりゃ皆一緒に来てくれるっていうのは嬉しいよ」

 彼らにはそれぞれの能力がありしかもかなり助けてくれる。

「甲ちゃんってば、うとうとするかアロマ吸うかくらいしかしないけど! それでも!」


 好きな子が側にいて張り切らない男はいないでしょーがっ!


**


さらりと告白。




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2009.05.05
















セリフお題九龍その2。