サイは投げられた!40号

青エク 雪燐 54P R-18 文章のみ 500円
収録「ろくでなしたちはすれ違い続ける」
原作軸、すべてが片付いてそのまま高校生と祓魔師をしつつ、依存する奥村兄弟。
以下本文抜粋。









「我々にとって『誓い』も『呪い』も同じようなものですからね」
 そう言ったのは、ちからの繋がりがあるらしい兄悪魔だった。兄だと思ったことは一度もなく、また今後思うこともないだろうが、本人(本悪魔)はなぜかノリノリで兄だと称している。その悪魔に「奥村くん、どうせ暇してるでしょう」と問答無用で駄菓子屋巡り(徒歩)に連れ出された日のことだった。確かに祓魔関係の用事も学校関係の用事も何も入っていない休日で、一日のんびり部屋で過ごそうと思ってはいたが、だからといってメフィストの道楽につきあってやる義理はない。これで駄菓子を奢ってもらえていなければ、すぐさま帰っていた。仕事はいいのかよ、と問えば、どうとでもなります、らしい。たぶん事務だとか交渉だとかに飽きたのだろう。
 一つ前の店で買ってもらったうまい棒(めんたいこ)をさくさくとかじりながら歩いていたのは、一件目から二件目に向かう途中だったか、それとも三件目から四件目の途中だったか。ふと視線に入った神社に羽織袴と白無垢の新郎新婦がいた。足を止めた燐が何を見ているのか気づいたメフィストが、「おや、神前式ですかね」とそう呟く。シンゼンシキというものが具体的に何かは分からなかったが、たぶん結婚式の一種なのだろう。言葉を知らない燐でも、白無垢姿の女性が花嫁であることは分かる。そういえば以前、白無垢姿のおかまゴーストを捕まえる任務をしたことがあったよなぁ、と思い出していたところで、メフィストが言ったのだ、我々は誓いをくちにしないほうがいい、と。
「『誓い』も『呪い』も、元は『言葉』に過ぎない。人間にとって正のエネルギィを内包するものか、負のエネルギィを内包するものかの違いです。我々悪魔は存在そのものがマイナスだ。負の存在が正の言葉をくちにしたところで、紡がれるものは負の言葉にしかならない、ということですよ」
 もちろん、悪魔がくちにする言葉すべてが呪いとなるわけではない。それなりにちからを持つ悪魔でなければ呪いは生み出せず、またそうと意図して放たなければそれは結局ただの言葉にしかならないだろう。物理的な攻撃ではないため、聞く側の心持ちで効果が変わってくることもある。それが『呪い』だ。
「けれど奥村くん、あなたには父上の炎がありますからね。あなたの意思に関係なく、言葉がちからを持つことだって、決してないとは言い切れない」
 なにせ、虚無界を統べる王、魔神は存在そのものが規格外。神のみが操れていた青い炎を奥村燐はその身に宿している。虚無界にいるほかの魔神に連なる悪魔たちよりも、物質界にいる燐のほうが「魔神の後継者」という意味ではより近い位置にいるのだ。
 そんな悪魔が放つ言葉。しかもそれがなんらかの願いをこめた『誓い』である場合、そこに発話者の意図しない効果が付随してもおかしくはないから、と。ただひとりで決意を固める意味での誓いならばまだいいが、結婚式の場合は相手と誓いあうことになる。つまり、誓いという名の呪いが届く先があるということ。
「今後奥村くんが所帯を持つかどうかは分かりませんがね。もし結婚式をすることがあれば、誓いの言葉をくちにする際、よく考えてからにしたほうが賢明ですよ」
 その言い方からして、どうやら結婚すること自体を止める気はないらしい。出自が出自であるため、今後の行動、人生にもそれなりに制限がかかるだろうと思っていたのだが、少し予想外だ。とはいえ、結婚をしたいと思っているわけではなく、その相手だっていない。たとえできたとしても式をあげるかどうかはまた話が違い、だから誓いの言葉だってそうそうくちにするものではないだろう、と考えたところで、ふと、思い出す。
「結婚式の誓いの言葉って、あの、あれ?」
「まったくもって伝わらない言い方ですが、まあそうですね、それで合ってますよ」
 病めるときも健やかなるときも、というやつですね。
 人差し指を振って続けられた言葉に、つ、と背筋を汗が伝い落ちたような気がした。
「……たとえ、ば、俺がそれ言ったら、どういう『呪い』になんの?」
 これからずっとともに生きていく、そんな言葉を悪魔がくちにした場合、負のエネルギィで構成された『誓い』はどのような『呪い』となってしまうのか。尋ねた燐へ、そうですねぇ、とメフィストは唇の横に指を添えて考えるそぶりをした。身長百九十超え、青白い顔をしたひげ面のおっさんがそのような仕草をしても怖いだけだ、と普段の燐なら突っ込みを入れていたかもしれないが、正直彼の脳内は今それどころではない。くるくると回っている過去の光景、去年と、一昨年、誕生日の、夜。
「宗派や司式者によって誓いの言葉は違ってくるはずですけどね。おおむね、命あるかぎり相手に尽くすことを誓ってますから、相手が悪魔なら自分が死んだときに相手を道連れにするような呪いになるでしょう。相手が人間なら、同じときを生きられるように、悪魔に堕とす呪いになるんじゃないですかね」
 ざっと、血の気が引く音が聞こえた、ような気がした。
 真っ青な顔をして立ち止まった燐に、はた、と何か気が付いたような顔をしたメフィストは、にんまりと唇を歪め、ひどくいやらしい、悪魔らしい笑みを浮かべて言う。
「もしかして、もう手遅れでした?」
 答えない、答えることのできない燐を置いて、「おや? でも、」と悪魔は腕を組んで首を傾げる。
「奥村先生はまだ人間ですね。多少こちらのにおいもしますが、あなたがそばにいることと、父上の目の影響の範囲内。となれば、奥村くんの言葉が呪いとなっていなかったか、あるいはちからが弱かったか。なんにせよ繰り返さなければ大丈夫でしょう」
 誓いあった相手が双子の弟である、だなんて、燐は一言もくちにしていない。していないけれど、この悪魔にはお見通しなのだろう。それが恋愛感情であるかどうかは分からないが、ある意味凶悪とも言えるような感情を向ける先だなんて、燐には雪男しか、雪男には燐しかいないのだ。
 ぎ、ぎ、ぎ、とオイルの切れたおもちゃのようなぎこちない動きでメフィストのほうへ視線を向けた燐は、「にかい」と人差し指と中指を立てて言う。
「二回、誓ってる。去年と、一昨年の、誕生日」
 誓いという形をとっていたのは去年のだけかもしれないが、こめられた意味合いを見れば一昨年のものもそれに近いと判断していいだろう。
 くちの端を引きつらせ、素直にそう白状した末の弟悪魔を前に、長身の悪魔はふむ、と一つ頷いた。
「となれば、意図的なものですね。まあ、奥村先生のことですから、知らないはずもないんですけど」
 悪魔の言葉が呪いとなること。強い感情のこめられたそれが周囲にどのような影響を及ぼすのか。祓魔師は悪魔を倒す方法を勉強すると同時に、悪魔の誘惑、甘言を振り払えるような訓練も行う。言葉に惑わされぬように心を強く持たなければいけないのだが、逆に考えれば、その言葉に耳を貸せば呪いを受けることができるということ。
 そのことを、雪男が知らないはずがない。弟は燐とは違ってとても優秀で頭が良い。教科書の内容も祓魔関係の知識も、あの頭にみっしりと詰まっている。専攻は薬学だが、祓魔師としてひとりで十分やっていけるだけの力量はあるのだ。





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