闇に舞う


 気がついたのは二人ほぼ同時であっただろう。目を開けて薄暗い室内を見やりながらどうしたものか、と考えているユーリの胸へ、甘えるようにフレンがすり寄ってくる。仕草だけ見ればまだ眠っているようだが、どう考えてもこれは起きている。起きている上に、なんとか誤魔化せないかと考えている、そんな状態だ。

「……お前の客だと思うぞ」

 ぼそり、そう呟くと、んー、と唸ってようやく目を開けたフレンは、「分かってるよ」と不貞腐れたように答えた。
 もしここがザーフィアス城内にある彼の私室であるなら、きっとこんな事態は起こらないだろう。遠征先の街であっても、宿屋かどこかだったならば、ユーリの客ということも考えられた。しかし残念ながらここは、帝都から離れた街の騎士団屯所内にある一室。こっそりと忍んできたため、ここにユーリがいることを知っているのは今目の前にいるフレンしかいない。
 つまり、こんな夜更けにここを訪れてくるなど、フレンに用があるとしか考えられないのだ。しかも、周囲の迷惑を考えずに分かりやすいほどの殺気を放っている。暗殺者としては二流以下、これならばまだユーリの方が相手にばれずに確実に仕留める技術を持っているだろう。

「オレがやってもいいけどさ」

 戦うこと自体は嫌いではない。むしろ体を動かすことは好きな方だが、如何せん今は腰がだるく上手く動ける自信はない。もしかしたらそれはフレンも同じかもしれないが、体に残っているダメージは彼の方が軽いだろう。
 そう言ったユーリへ、「それは駄目」とフレンはきっぱりと言った。やけに強い拒否の言葉に首を傾げている間に、のっそりと起き上がった彼は床に落ちていた衣服を拾い上げる。面倒くさいと思ったのか、ズボンだけを履いてベッドの縁へと腰掛けた。

「君は隠れてて。絶対に出てきたら駄目だよ」

 横になったままフレンを見ていたユーリの頬を撫で、シーツを引き上げて頭の上まですっぽりと覆いかぶせる。
 それもそうか、とユーリはシーツの中で小さく頷いた。たとえ暗殺者だろうが、騎士団長代理である男の部屋に、そのベッドに、全裸の男が横たわっているなど、醜聞にしかならない。

「苦しいから早く片付けろよ」
「分かった」

 フレンの言葉を聞きながらもそり、と体へシーツを巻きつける。ユーリが息と気配を殺したところで、かたん、と入口の扉が音を立てた。鍵は掛けているが、それは一般人の侵入を防ぐ程度にしか役には立たない。
 案の定、外から解錠して入ってきた侵入者は、ベッドに腰かけてにっこりと笑っている目標に気づき驚いたように目を見張っていた。そもそも部屋に入る前に中の人間が眠っているか起きているか、それくらいは察せられるようにしておいてほしいものだ。
 そんなことを考えながら、「どちら様ですか」とフレンは口にする。

「心当たりが多すぎるので、できればご自分で名乗っていただきたいのですが」

 このような刺客を差し向けられることが多いわけではないが、まったくないわけでもない。とりあえず差し迫ってこんなことをしでかしそうな人間の名を上げていくと、三つ目のところでぴくり、と侵入者が反応した。わずかなものではあったが、フレンの目にはそれで充分。
 溜息をついて立ち上がる。はっきりいって機嫌は非常に悪かった。
 もし彼が来なければ、ここでゆっくり朝までユーリと二人きりでいれたというのに、たとえすぐに捕えたとしても事後処理を考えると数刻は部屋を空けなければならない。その間ユーリと離れていなければならなくて。
 せっかく昨夜補ったものがすべて零れ落ちていきそうだ。

 覚悟、と声を上げて飛びかかってきた男を交わし、振り向きざまに蹴りつける。相手が大振りの武器を持っていたなら剣を使おうと思っていたが、手に小さなナイフが光っているだけだ。よろめいた男はそれでもすぐに体勢を立て直し、こちらへと左腕を繰り出した。頬の横を掠めたときにひゅ、と空を切る音を耳にする。咄嗟にしゃがみこめば、頭上を金属が薙ぐ音がした。どうやらアサシンらしく左腕に隠し武器を仕込んでいたようだ。殴る動作と同時にその武器を取り出し、切りつけるというのが彼の攻撃方法だったのだろう。
 しゃがみ込んだついでに床に手をついて足を狙った。相手がよろめいたところで右手を突き上げる、もちろんそこに侵入者の右腕があることを知った上で、だ。
 衝撃で弾き飛ばされたナイフがかたん、と音を立てて床に落ちた。それを回収する暇を与えずに立ち上がり際に肘鉄を鳩尾へ叩きこむ。こちらへ向かって倒れこんできた男を避け、首筋へ手刀を落として一人目は終了。休む間もなく落ちた敵のナイフを拾い上げ、入口へ向かって投げつける。一人目の男が暗殺者にしてはやけに手慣れていないと思えば、おそらく彼はおとりだったのだろう。上手く気配を殺した相手が後二人、くらいだろうか。

 飛びこんできた男はやはり二人、フレンが飛びのいた場所へそれぞれが繰り出した剣の切っ先が落ちる。きん、と金属のぶつかる鋭い音。素手で二人の相手はきついというより面倒くさいかもしれない。そう思ったところでごそり、と窓際で何かが動く気配がした。いつも使っている武器はベッドの側に立てかけてある。その位置と敵二人の位置、そして自分の位置を考え、少しだけ左へとずれた。
 同時にひゅ、と空を切る音。敵が剣を突き出すと同時にその後ろからフレンの得物が飛んできた。飛びのいた位置へちょうど落ちてきたそれを受け取り、顔の前へ構える。キン、と再び鋭い音。突然飛んできた剣に驚いたもう片方の男が振り返った先には、腰に白いシーツだけを巻きつけて立つユーリの姿。にやり、と笑んで見せた彼はとん、と床を蹴った。
 薄暗い室内に、漆黒の髪が舞い、黄金の髪が揺れる。

「ッ」

 勝負は一瞬。鍔迫り合いに勝ちフレンが敵の武器を弾き飛ばすのと同時に、ユーリの持つ剣の切っ先がもう一人の男の喉元の手前でぴたりと止まった。

「隠れてて、って言ったのに」

 そう言いながら相手をしていた男の背後へ素早く回る。両腕をひねり上げて自由を奪い、裂いたシーツで縛り上げておく。逃げられぬよう足の自由も奪い、一番はじめに気絶させた男へも同じような拘束を施した。
 最後に喉へ凶器を突き付けられたまま身動きの取れない男の後ろへと回る。フレンがその自由を奪うのを確認してからようやく剣を下ろしたユーリは、「手伝ってやったんだろ」と肩を竦めた。

「分かってる。ありがとう、助かったよ」

 礼を述べる場面ではきちんと口にする。それでも表情はどこか面白くなさそうで、横から手だしされたのが気にくわなかったのだろうか、と考えたところで、ユーリはふ、と眉を顰めた。

「……出てきやがった」

 やっぱ動くんじゃなかった、と舌うちをしてユーリは右足をベッドへと乗せる。シーツがめくれ、露わになった白い足。何が、と問う前に、フレンはとりあえず、床に転がっている三人の男のうち、意識がある状態でこちらを見ていた一人の顔面へ足を下ろした。ごっ、と鈍い音が響く。もしかしたら鼻の骨でも折ってしまったかもしれない。他人事のようにそう考えながら、男を蹴って転がしその視界からユーリの姿を外す。

「やっぱちゃんと風呂入んねぇと残ってんな」

 そんなフレンの様子を気にとめることもなく、ユーリは呑気にそう口にし、自身の太ももを伝う雫を指で拭った。眠る前に軽く後始末はしたのだが、双方疲れていたため、なおざりだったのは否めない。散々ユーリの中へ放ったものがいくらか残っていたようで、急激な運動によりそれが零れてきたようだった。

「今の、見たかい?」

 自分が足蹴にした男を跨いでその正面へしゃがみこむと、フレンはにっこり笑ってそう尋ねた。やはりさっきの蹴りで鼻が折れてしまったようだ。大量の鼻血で顔面を赤く染めたまま、男はひきつった悲鳴を上げる。

「もう一度聞くよ。今の、見た?」

 恐怖からなのか、それとも口の中が切れてしまっているのか、声が出ないらしい男は必死で首を横に振る。「本当だね?」と更に駄目押しで尋ね、それに否定が返ってきたところでようやくフレンは気が済んだようだった。

「もし見てたらその目、繰り抜いてるところだったよ」

 良かったね、と空々しく口にしたフレンへ、「お前、怖ぇよ」とユーリが呆れたように言った。
 呆れているのはこちらの方だ、とフレンはため息をついて彼へ視線を向ける。

 腰にまとったシーツで局部は隠れているが、上半身は素肌のまま。白い肌に残る鬱血の痕や、未だ赤みの引かない胸の突起、さらりとその上を流れる黒い髪。どこか気だるげな空気を漂わせた彼の足に伝う白濁した体液。
 その姿がどれほど扇情的であるのか。
 思わず喉を鳴らさない男などいるわけがない。
 ユーリの場合、それを自覚した上で見せつけようとするところがあるから性質が悪い。
 誰にも見せたくない、フレンだけが知っていればいいその姿を、あっさりと晒してみせるユーリに苛立ちが募る。しかしフレンの感情などどこ吹く風で、シャワー借りるぜ、と彼は背を向けた。白い背中を流れる黒髪、細い腰に散らばる鬱血の痕。ぷつり、と何かが切れたような気がしたが、始めからもう切れていたのかもしれない。
 ユーリの腕を掴みぐい、と引き寄せる。

「……フレン?」
「必要ないよ、どうせまた汚れるから」
「は? お前何言って」
「すぐ戻る。ユーリはここで待ってて」

 そう言ってどん、と彼をベッドへと突き飛ばした。とりあえず捕えたあの三人をどうにかしなければならない、一旦部屋を辞するがその間はベッドから出てくるな、とフレンは言った。

「ちょっ、お前、まだヤる気か?」

 慌てて起きようとするユーリの上から覆いかぶさり、その両肩をベッドへと押しつける。

「ここで、待ってて」

 ね、と笑って見せれば、ひくりとユーリの口元が引きつった。こうなったフレンに逆らうのは至難の業、というよりむしろ不可能と思っていた方がいい。とりあえず両手を上げて降参を示しながら、「りょーかい」と言うほかなかった。




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2010.01.22
















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