カミドメ 長時間同じ空間を共にしても苦にならないのは、やはり相性というものがあるのだろう。宿で複数の部屋が取れたときでも、増えに増えたパーティメンバ全員がどうしてだか眠るまで一つの部屋に集まりたがる。明日以降のミーティングも兼ねて、と嫣然とした笑みをジュディスが浮かべ、エステルがくるから仕方なく、とリタが眉をあげ、ユーリと少しでも長くいたいのじゃ、とパティが跳ね、みんな一緒の方が楽しいですよね、とエステルが笑う。女性陣の来訪に女の子はいつでもだいかんげーい、とレイヴンは鼻の下を伸ばし、賑やかで楽しいねとカロルも満更ではない。 今も宿の一室で、いつも通りの光景が繰り広げられていた。いつもと少し違うのは、先日から国のトップに近い位置にいる人間からの命令で騎士団員であるフレンがパーティに入っていることぐらいである。 窓際でレイヴン、ジュディス、フレンの大人組が昔話を肴に酒を飲み、パティ、カロルのお子様コンビがベッドの上でボードゲームに興じている。リタとエステルは魔導器談義に花を咲かせているようで、楽しそうな空気を感じながら、ユーリもベッドに腰かけてエステルから借り受けた本へ目を落していた。 もともと文字を読むことはさほど好きではなく、知識を詰め込むよりは体で覚えていくほうが得意だ。だから貸してもらったところで有効活用できるとも思えなかったのだが、「これ、食べてみたいんです」と目をきらきらさせて渡されては読まないわけにはいかない。つまりは料理のレシピ本だったのだ。 半分以上が甘味でしめられたその本をパラパラとめくりながら、自分でも食べたいなと思うものをチェックしていく。さらり、と頬を掠める髪の毛をかきあげ、右手で押さえながら材料を指で追っていたところで、「邪魔そうね」と声がする。なんとなく自分に向けられたものっぽかったので顔を上げると、ジュディスがグラスを片手にくすくすと笑いを零していた。 「その髪の毛」 彼女に指さされ右手を離すと、はらり、と抑えていた髪の毛が落ちてくる。背中の真ん中まであるそれは、確かに本を読んだり細かな作業をしたりするときには邪魔で仕方がないものだった。 「綺麗ですよね、ユーリの髪の毛って。真っ黒でさらさらしてて」 ジュディスの言葉にエステルが羨ましいです、と笑みを浮かべる。 「邪魔なら切っちゃえばいいのに。あんた、何で髪の毛伸ばしてんの?」 その彼女の隣にいたリタは、指で自分の髪の毛を弄りながらそう言った。 「青年のことだから、切るのが面倒とか、どうせそんな理由じゃないの?」 にやにやと笑いながら発せられたレイヴンの言葉に、「まあそれもある」とユーリは苦笑を浮かべ、もしかしたらユーリ自身よりもユーリのことを知っているかもしれないフレンが口を開いた。 「そいつは昔から人に髪を触られるのが駄目なんですよ」 彼の言葉に「そうなの?」とカロルから視線を向けられる。 「なんつーかなー。ぞわぞわすんだよ。思わず蹴り飛ばしたくなる」 ユーリの説明に明らかに呆れの色を濃くした視線を送り、「それじゃあ床屋さんも堪ったものじゃないね」とカロルは言った。 「ならこれ、お使いなさいな」 あげるわ、とジュディスから小さな何かを放り投げられる。左手で受け止めると、どうやらクリップ式の髪留めのようだった。男がこういった飾りを身につけるのはどうかと思うが、非常に柔軟な頭を持つユーリはすぐに宿の中でだけならいいか、と思う。試しに顔を屈めるたびに落ちてくる左右の髪をピンでとめると、なるほど、本を読むのに邪魔にならないで済む。 「こりゃいいな。サンキュ、ジュディ」 笑ってそう礼を述べると、どうしてだか、普段の何倍もの光を放つエステルの視線に気がついた。顔の前で両手を組み、頬を赤くした彼女は、「ユーリ!」と興奮気味に叫んだ。 「あの、あの! これも使わないから、ぜひ使ってください! ユーリにあげます!」 「あ、ずるい! うちも! うちもユーリに髪留めをやるのじゃ。ほら、これなんかうさぎがついてて可愛いじゃろう?」 「あはは! いいわね、その飾りっ! じゃああたしはリボンをあげるわ。ちゃんと使いなさいよ?」 口々にそういって手渡されるプレゼントに、ユーリはあっけにとられ言葉も出てこない。何が彼女たちをこんなに興奮させているのだろうか。 その原因が自分の姿である、ということなどまったく自覚しないまま首を傾げると、「どうせなら髪留めて戦えばいいのにー」とレイヴンの声が耳に届く。 「ほらほら、おっさんとお揃いよ? 素敵じゃあない?」 言われれば確かに、彼も少し長めの髪を無造作にまとめているのだ。 「じゃあおっさんにはこれあげるわ。可愛いでしょう?」 すかさずリタが取り出したのは、目にも鮮やかなピンク色のリボン。 「げっ。リタっち、さすがにその色は、ちょっと……」 表情を引きつらせたレイヴンを逃がすまじ、とリタ、エステルのコンビが立ち上がった。 「大丈夫、痛くしないから!」 「レイヴンさん、大人しくしてください!」 少女二人に詰め寄られ結局逃げられなかった男は、頭の上にピンク色のリボンを可愛らしく結われ、カロルに慰められる羽目となった。 「あのリボンは勘弁だけど、髪くくるってのはありかもなぁ。邪魔だし」 そんな可哀そうな中年を見やりながらぼそりと呟いたユーリは、手の中の髪飾りへ目を落とし、そのままフレンへと視線を向ける。親友からの無言の要請に気づいたフレンは、はいはい、と苦笑を浮かべて立ち上がりユーリの座るベッドへと乗り上げた。 そして何の言葉も口にすることなくするり、とユーリの髪へ手を伸ばす。 「ほんと、伸びたね」 「お前が切ってくんねぇからだろ」 少し不貞腐れたような言葉に、「ユーリの髪はフレンが切っておったのか?」とパティが首を傾げて尋ねた。左右の髪を止めていたピンを外し、手ぐしでユーリの髪をまとめながら、「昔はね」とフレンが答える。 「いつ頃からだっけな。邪魔だから切ってくれつっても切ってくれなくなったの」 「だって、こんなに綺麗なのに、切れるわけないよ」 押し付けられたプレゼントの中から、飾りの少ないシンプルな髪ゴムを選び、後頭部の少し高い位置へと結いあげてやる。これなら首元に掛かる髪の毛の量も減り、ずいぶんとさっぱりするだろう。 そう思いながらどうだ、と顔を覗き込むと、少しだけ表情を曇らせたユーリが「頭、痛い」と文句を言った。どうやら頭皮が引っ張られて気になるらしい。 「じゃあもっと下の方でまとめとく? 何なら三つ網でもしようか?」 「いらねぇ。って、何ほんとにやろうとしてんだ、このバカ!」 髪を引っ張らないように優しくゴムをほどき、背中で弄り始めたフレンに向かってユーリがそう罵倒を口にする。ベッドの上でじゃれ始めた二人を見ながら、「ていうか」とカロルが口を開いた。 「ユーリ、フレンに触られるのは嫌がらないんだね」 髪の毛を触られるとぞわぞわして蹴り飛ばしたくなる、と言ったのは嘘だったのだろうか。多分に呆れを含んだその言葉を耳にしたユーリは、きょとんとした顔をカロルへと向けた。 「なんで?」 なんでオレがフレンを嫌がらなきゃなんねぇんだ? 面倒見がよくてしっかりしていて強くて優しい、カロルの尊敬するこの男は、時折酷く天然な一面がある。 なんとなく泣きそうになって他のパーティメンバを見やると、皆カロルと同じ気持ちだったのだろう、どこか諦めたような顔で緩く首を横に振っていた。 ブラウザバックでお戻りください。 2009.10.20
本人たちにとっては当たり前のことすぎて気にもしてない。 |