目指せ、


 可愛い顔をして眠っているものだから、起こそうにも起こせなかった。

 ここのところギルドの仕事が忙しくてまともに帝都へ戻っていない。そんな中折角立ち寄れたのだ、軽く顔だけでも見ておこうと思いフレンの部屋へ忍び込んだが、目当ての人物はベッドの上で伸びていた。
 綺麗好きで几帳面な彼にしては雑然とした部屋、枕に埋もれるその顔に浮かんだ拭いきれない疲労感。それだけで彼の現状を察し、尚更起こせなくなる。
 音を立てぬように軽く部屋を片付け、椅子の上や脱衣所に放置されたままだった衣服類をまとめ、机の上にメモだけ残して結局昨夜は部屋を後にした。

「あれ? ユーリ、洗濯?」

 貴族街に住む人間たちの家はどうかは知らないが、下町で暮らす人々は川の側にある洗濯場でそれぞれの洗い物を済ます。常宿にしている部屋の近くにある洗い場へ、ユーリは朝早く訪れた。量が量であるため、さっさと終わらせてしまいたかったのだ。
 とりあえず邪魔な黒髪を一つにまとめ、ブーツを脱ぎ捨てて素足になる。ここで洗濯するのも久しぶりだなぁ、と思いながら汚れものを手にしたところで、宿屋の子供であるテッドに見つかった。

「ずいぶん溜めこんだねぇ。駄目だよ、マメに洗濯しなきゃ」

 年の割にしっかりしている彼は、ユーリの側にまとめられたものを見てそう言う。その口調がなんとなくおかしくて、くつくつと笑いながら「そりゃあのバカに言ってくれ」と返した。

「あのバカ? ……これ、フレンの?」

 ユーリの言う人物が誰であるのか瞬時に察したらしい、テッドは眉を寄せて首を傾げる。

「珍しいね。フレン、こういうのマメな方なのに」
「忙しいんだろうよ」

 ユーリが彼とともにまだ騎士団にいた頃、この手の雑事は見習いの仕事であった。もともと下町では自分のことは自分でする、が基本であったため、ユーリたちにはこういった家事への抵抗がない。先輩団員の汚れものを押し付けられても、文句も言わずにこなしてはいた。フレンほどの地位になれば、見習いへ頼まずとも、騎士団付きの女中が世話をしてくれるはずなのだが、彼の性格からしてそれはしづらいだろう。たとえ頼むにしても、必ず自分で頼みに行く。つまりは、その時間が取れないほどに隊務が詰まっている、ということだ。

「で、暇なユーリが代わりにやってあげてるんだね」
「おいこら、誰が暇だ、誰が。『優しいユーリ様が』と言え」
「あははは!」

 眉を寄せてそう文句を言うと、テッドは笑いながら逃げていってしまった。元気で人懐っこいのは好ましいが、どうも一言多い。きっと宿の女将に似たのだろう。
 そんなことを思いながら黙々と手を動かす。

「あら、ユーリ。帰って来てたの?」
「洗濯? 言ってくれたらあたし、やるわよぉ?」
「ばーか、女に自分のパンツ渡せるか。じゅんじょーなんだよ、オレは」

 下町の連中でユーリを(そしてフレンを)知らない者はいないと言っても過言ではない。その姿を見つければあちらこちらから声が掛かる。ユーリよりも少し年下だろう少女からの言葉へそう返してやると、「どこの誰が純情よ」と笑われた。
 居心地のいいこの町に閉じこもっていては先に進めないことは分かるが、それでもたまにはこうしてぬるま湯につかるような時間を過ごしても罰は当たらないはずだ。
 午前中いっぱいをかけて洗濯を済ませ、張り巡らされたロープを埋める勢いで干していく。綺麗になった服を見上げてユーリは満足げに笑みを浮かべた。
 武器を手に魔物の相手をすることも好きだが、実はこういう家事も嫌いではないのではないか、とユーリは思っていた。仲間たちにはバレているが料理も好きだし、自分から片付けようとは思わないだけで掃除もそれほど苦にはならない。

「オレっていい嫁さんになれると思わねぇ?」

 洗濯をしている間部屋で惰眠をむさぼっていた相棒へ、冗談交じりにそう問いかけてみる。顔を上げてユーリへ視線を向けたラピードは、どうでもよさげに「わふ」と一声鳴いただけだった。
 今日の昼前には帝都を出発している予定だったが、洗濯物が乾かないことには動こうに動けない。午後がまるまる空いてしまい、どうしたものか、と腕を組む。ラピードとともにだらだらと時間を潰しても良かったが。

「やっぱ、嫁としては旦那に差し入れだろ。こういうときは」

 笑いながら呟いたアイディアがものすごく良いものに思え、とりあえずその材料を調達しにユーリは市民街の商店へ出かけることにした。




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2010.01.05
















目指せ、良妻。
洗濯してるユーリを想像したら萌えたので。