手を繋いで


 ギルド『凛々の明星』は、まだ十と二年しか生きていない少年カロルがいなければ成り立たない。しかしそれは彼がギルドの発起人であり首領であるから、という理由だけではない。カロルという存在が中心にいるからこそ、もともとバラバラだったメンバが一つ所にとどまろうという気になるのだ。そんな魅力を湛えた将来有望な男、それがカロルという少年だった。
 その首領が、宿屋の一室でベッドに寝ころんだ黒衣の男へ向かってぎゃんぎゃんと騒いでいる。それはさながら子犬が吠えているようで、この間手に入れた犬尻尾をいつかカロルにつけてやろう、とユーリは思っていた。

「ねえ、ユーリ、聞いてるの!?」

 そんな彼の顔を上から覗き込んでカロルは眉を寄せる。

「あーあー、聞いてる聞いてる」
「言葉を二度繰り返す人は嘘をついているらしいよ」

 訝しげな視線のままそう言われ、「誰だ、そんなことお前に言うヤツは」とユーリはようやく体を起こした。くわ、と欠伸をして伸びを一つ。

「早くしないとお店、しまっちゃうよ!」

 のんびりとしたユーリの動作に再び癇癪を起したカロルが、だん、と床を強く踏んだ。

「あーもー、分かったって。そんなに急かすなよ。オレにだって身支度ってもんがだな」

 ベッドから降り、もう一度伸びをしながらユーリはそう嘯く。

「嘘ばっかり! ユーリが鏡見てる姿、ボク見たことないよ!」
「心の目で見てんだよ」
「もう! そんなレイヴンみたいなこと言ってないで、ほら、行くよ!」

 ていうか身支度しなくてもユーリは綺麗だってば、とあっさりすごいことを言いながら、焦れたカロルはユーリの手を引いて部屋を出た。
 彼らが向かう先は街の武器防具屋。所持金が良い具合に溜まってきているので、次はカロルの新しい武器を買おう、ということになっており、一緒に探しに行く約束をしていたのだ。

「つか別に武器くらい好きなの選んだらいいんじゃねぇの?」

 一緒に行ったところで結局はカロルが使うものを買うのだ。彼の意志が第一に尊重される。

「もう、分かってないな、ユーリは! ボクだけじゃ迷っちゃうから、年長者としてアドバイスしてって言ってんの!」

 まだ煮え切らないユーリへぷりぷりと怒りながら、カロルはその手を離そうとしない。引かれるままに宿屋を出て、店のある通りへと向かう。
 結界の中にいるため、カロルは普段着けている手袋をしていない。そのため触れる掌は素肌で、普段大きなハンマーや斧を振りまわしているため、皮膚は硬くタコがいくつもできているのが分かる。小さなことだが少年がどれほど懸命に、全身で進んでいるのかが分かり、なんとなく嬉しい。
 そんなことを思っていたところで、街の中をうろうろしていたらしいレイヴンとばったり出会った。

「おやま、お二人さん。おてて繋いで、どこ行くの?」

 にやにやと笑いながらそう言うレイヴンへ、「ボクの武器、見に行くんだ」とカロルは嬉しそうだ。それに「いいわねぇ、少年」とカロルの頭を撫でた男は、「じゃあおっさんも一緒に行っちゃおうかなぁ」と続ける。

「何か用があったんじゃないのか?」

 気が急いているらしいカロルに手を引かれるまま歩くユーリの後ろから、いつものようにのんびりとやる気なさげについてくるレイヴンへそう尋ねる。

「んー、まあ大体済んでるし。なによ、おっさんがついてっちゃ駄目なの?」
「駄目じゃねぇけど、おっさんの分を買うほど金はねえよ?」
「えーっ! おっさんも新しい武器欲しい! 欲しいったら欲しいぃ!!」
「……レイヴン、やめて。恥ずかしいから」

 唇を尖らせて駄々をこねるふりをする中年へ、少年が冷静に突っ込んだ。
 男三人で騒ぎながら武器屋へ入り、やはり同じように(主にレイヴンが)騒ぎながらカロルの武器を選ぶ。攻撃力も考えなければならないが、それと同じくらい付随しているスキルも重要だ。既に覚えているものを買っても仕方がなく、また今手に入るものでなるべく有用なものを選びたい。

「そりゃあね、強さだけを見るならボクだけでもいいけどさ。戦闘ってみんなでやるもんでしょ? 誰がどんなスキルを持ってて、そこにボクがどんなスキルを持てばもっと上手くいくのかとかはやっぱりユーリの方が得意じゃん」

 その点でアドバイスが欲しいのだ、とそう言うカロルは、やはりこの年の子供にしてはずいぶんと大人びていると思う。むしろそこまで考えていなかったユーリよりも思慮深い点があるだろう。

「やー、少年はしっかりしてるわぁ」
「おっさんに比べたら大抵の人間はしっかりしてる部類に入るな」
「ユーリってば酷い。おっさん、傷つくよ?」

 ようやく気に入った武器を見つけカロルが会計を済ませている後ろで、相変わらず大人げない大人たちの子供じみた会話が続いている。そんな二人を振り返り、「もう、しょうがないなぁ」とカロルは肩を竦めた。

「ほら、二人とも。帰るよ!」

 下げていた大きなカバンに武器をしまい、空いた両手でそれぞれユーリの右手とレイヴンの左手を握る。

「あらま、今度はおっさんもおてて繋ぐの?」
「カロル、あんま引っ張んな、こけるだろうが」

 小さな少年の手に引かれ、大人二人は顔を見合せて苦笑を浮かべた。
 嫌ではない、のだ。
 世間から見ればまだまだ子供であるカロルに先導されることが。何を気負うことなく、こうして自然に手を引いて歩ける彼だからこそ支えてやりたいと心から思える。
 ギルド『凛々の明星』の一員であることに誇りを持てるのだ。

「ねえ、俺たち仲良し親子に見えないかしらね?」
「どっちがどっちだ?」
「そりゃとーぜんユーリがお母さん役でしょ」
「言うと思った。けど、レイヴンが親父じゃあ子供の将来が心配だな」
「大丈夫だよ、ユーリ。ボク、強く生きるから」
「ちょっ! 二人とも、酷過ぎないっ!?」




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2009.11.27
















以前「カロルはみんなのアイドルだ」と力説されたので、それっぽく。