最高の甘味


 夕食を終え、四人部屋である女性陣の部屋にメンバが集まっていたときのこと。いつの間にやら部屋からいなくなっていたユーリが、「まだみんないるよな」と、両手に大きな皿を抱えて戻ってきた。

「ユーリ? なんです、それ?」

 興味津津の目をして近寄ってきたエステルへ見えるように大皿を持った手を下げてやりながら、「パンプキンパイ」と答える。

「へ? 何でまた急に?」

 素直でない本人は認めていないが、料理好きで甘味好きのユーリがお菓子を作ること自体は珍しくない。またその腕も確かなものではあるが、いつもは休息日として街の宿屋にゆっくり滞在しているときや、あるいは訓練途中で皆がつかれているときに作ることが多い。こんな風に夕食後に持ってくるなど、今までなかったことだ。
 疑問を言葉にして首を傾げたカロルへ、「だってハロウィンが近いだろ」とユーリは笑ってみせる。

「ハロウィン。『カトリックの万聖節の前晩に行われる伝統行事。カボチャをくりぬいた中に蝋燭を立てて「ジャック・オー・ランタン」を作り、魔女やお化けに仮装した子供達が「Trick or treat」と唱えて家を訪ねる』です」

 歩く生き字引エステルが解説を加え、伊達に年を重ねていないレイヴンが「そーいえばあったわねー、そんな行事」と頷いている。カロル、パティ、リタのお子様組は知らなかったようで、「トリックオアトリート?」「おもしろそうじゃの!」「バカっぽい……」と口々に呟いていた。

「菓子くれなきゃ悪戯するぞ、ってことだ」

 言葉の意味が分からず眉を寄せていたカロルへそう答え、テーブルの上へパンプキンパイの乗った皿を置く。焼き上がったばかりのようで、そこからはほのかに湯気が立ち上っていた。
 持ってきたナイフをパイ生地に下ろすとさくり、と良い音がする。中に詰め込まれたカボチャもふんわりとしており、胃を刺激する香りを発していた。

「おっさんは甘いのあんまり得意じゃねえだろ? 少し控えめに作ってあっから、エステルたちは蜂蜜かけて食うといい」
「お、青年、嬉しいねぇ、その気遣い! いいお嫁さんになれるよー」

 切りわけられたパイを受け取りながらレイヴンがそう言い、「貰い手が見つかったらな」と笑って返す。

「……わたし、ユーリならお嫁さんに欲しいです」

 勧められた通り蜂蜜をかけて食べたエステルが、あまりの美味しさにうっとりとそう言い、それにリタが「こいつが家にいたら絶対太るわね」と眉をひそめた。

「寝る前の間食ってダイエットの大敵なのよね」
「ならジュディは食うのやめとくか?」

 にやりと笑って差し出した皿を引っこめようとすると、「意地悪ね」と唇を尖らせた彼女はユーリの手からそれをひったくった。

「……お店で売ってるお菓子、食べられなくなっちゃったらユーリのせいだからね」
「うまうまなのじゃ〜」

 ユーリの作るお菓子が美味しすぎて、他が食べられなくなってしまったらどうするのだ、とカロルが若干ずれた恨み事を言い、その側で嬉しそうに食べてくれているパティは、ぼろぼろと皿の上にパイ生地を零していた。

「あーもう、零すな、パティ」

 服に落ちたパイ生地をはたいてやっているユーリの後ろでは、一行に同行していたフレンが、気心しれた相棒と、残ったパイでどちらがより大きなものを食べるのか、で揉めていた。

「甘さ控え目でも人間と同じ食べ物は体によくないよ」
「わふっ!」
「いいや、駄目だね。ラピード、いくら君でもこれだけは譲れないな」
「わうぅっ!」
「あいつ、犬とマジ喧嘩、してんだけど……」

 フォークを咥えたままリタが呆れて呟くと、「フレン、このパイ、すげぇ好きだから」とユーリが苦笑を浮かべる。昔からハロウィンが近づき、市場にカボチャが出てくる時期になると作っていた菓子なのだ。ユーリのように甘味が好きなわけではないが、それでもフレンの舌はこの味を気に入ってくれているらしい。食べ終わった後に物欲しそうな目で見られたことも一度や二度ではなかった。
 皿の上にはユーリの分も含めて三きれ程パイが残っている。

「じゃあ、一番でかいのをオレが食えばいいんじゃね?」
「それは駄目っ!」
「わうんっ!」

 手を伸ばすと怒られた。作ったのは自分なのに、と思いながら、「じゃあオレのもやっから、ふたりでわけて食え」と提案する。すると「それも駄目」「わふ」と返ってきた。子供のような態度に思わず笑いが零れる。

「いいからほれ、フレンはこっち、ラピードはこれな。また今度作ってやっから」

 今はそれで我慢しろ、と渡された皿に視線を落としたふたりは、それぞれパイを口へ運んで、「やっぱり美味しいね」「わぅん!」と嬉しそうに笑う。
 突発的なデザートを腹におさめ、明日の予定も固まった頃合い。この時間帯だと宿の人間も既に休んでいるだろう。明日の朝片づけに来るから、とテーブルの上に皿を重ねて、部屋を出る間際に、「あ、そうだ」とユーリは仲間たちへ視線を向けた。

「オレは皆に菓子をやったんだから、オレには悪戯すんなよ?」

 Trick or treat!
 お菓子をくれないと悪戯しちゃうぞ。

「……普通、先手を打ってお菓子を配ったりはしないと思うなぁ」

 女性陣四人が同じ部屋なのに対し、男性陣は二人ずつでの別の部屋だ。当然ユーリとフレン、カロルとレイヴンの部屋割りである。ちなみにラピードはガードも兼ねて女性陣の部屋に残っている。
 呆れたようなレイヴンの呟きをからからと笑い飛ばして部屋のドアを閉めると、「ユーリ」と先に部屋に入っていたフレンに名前を呼ばれた。なんだ、と返事をする前に腕を取られ、抱き込まれる。

「んっ!」

 後頭部を抑え込まれて上向かされると同時に、唇を塞がれた。驚きに目を見開くと、綺麗な青い目が面白そうにす、と細められる。
 なんとなく悔しくてフレンを睨み返し、彼の舌を進んで口内へと招き入れた。

「ぅ、……んッ」

 ぬるりと入り込んできた舌は、彼の気性通り激しくユーリを翻弄する。絡め取られた舌を吸われ、甘く噛まれ、粘膜を擦られて唾液を流し込まれた。苦しさにそれをこくりと嚥下すれば、くつり、とフレンが笑う。

「ふ、ぁ……」

 ようやく解放された唇で酸素を取り込んでいると、唾液の伝う口の端から顎までを舐められ、素直に口内に溜まった体液を嚥下した喉へ愛しげに歯を立てられた。

「なん、で、いきなり」

 確かにフレンとはそういう関係ではあったし、執着心が人一倍強いらしい彼は独占欲や嫉妬心をむき出しにすることも多い。それでもその行動の背後には何かしら理由があるわけで。
 パンプキンパイが小さかったことが原因だろうか、とあさっての方向へ視線を飛ばしていたユーリの耳に、「今の、僕からのお菓子、だから」とフレンは笑って囁いた。

「だから僕にも悪戯しないでね」

 そう言ってもう一度、今度は重ねるだけの可愛らしいキスをしてくる。

「腹の膨れねえ菓子だな」

 ぼそりとユーリがそう呟くと、「でも甘いだろ?」と返ってきた。

「……確かに」

 絡みあう舌も腕に感じる温もりも、どの甘味よりも甘くユーリを酔わせるものだった。




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2009.10.27
















あまい! もう一杯!
フレンが子供っぽいのはユーリが一緒にいるからだと思います。