君を探しています


 宿屋の部屋へ戻る途中、ユーリに用があるだとかいうエステリーゼとはち合わせた。自分がいない方が良いか、との問いに、明日の行く先のことなので一緒に聞いてもらった方が話が早いという回答を得る。それならば、と共に部屋へ向かったが、目当ての人物はベッドの上で夢の中の住人と化していた。

「わたし、ユーリがこんなにぐっすり眠っている姿を見るの、初めてかもしれません」

 もともとこの宿屋の部屋はさして広くはない。足を踏み入れればすぐにベッドが並んで置いてあり、覗きこまずとも彼の無防備な寝顔は彼女の目にしっかりと映り込んでいるようだった。
 そんな王女へ「少し気を抜き過ぎですよね」と苦笑を浮かべて答え、「ユーリ」と幼馴染の名を呼んだ。明日の予定の話ならば今のうちにしておいたほうがいいだろう。しかし、起こそうと伸ばした手を止めたのはエステルだった。

「折角気持ち良さそうに寝てるんです。わたしの話は明日でも間に合いますし、今は休ませてあげてください」

 フレンとて、休んでいる彼を叩き起こすのは本意ではない。ユーリはフレンを頑張り過ぎだ、とよく怒るが、彼の方こそ満足に休息を取っていないのではないかと思うことが多々ある。
 話があるという彼女がそう言うのだから、今はその好意に甘えさせてもらうことにしよう。彼に代って「ありがとうございます」と礼を述べたところで、不意に話題の人物がごそり、と身じろいだ。
 うー、だか、んー、だか判別の付かないうめき声を上げたユーリに、エステルは両手で口を覆う。起こしてしまったと思ったのだろう。
 しばらく二人して無言のままユーリを見つめるも、彼の目が開くことはなかった。起きたわけではないらしいその様子に、顔を見合せてほっと溜息をつく。しかしそれと同時に再びベッドの上でごそごそと音がした。
 さすがにまだ夜も浅い時間帯、ぐっすり眠りこんでいるわけではないらしく、夢と現を行ったり来たりしているようだ。ぎゅ、と眉間に皺をよせ、猫のように丸くなったユーリは、その表情のままぱたぱたとベッドの上で手を彷徨わせる。

「……?」

 何かを探しているかのようなその仕草に、エステルは首を傾げた。起きているわけではなさそうなので、無意識、夢の中での行動なのかもしれない。普段の彼からは想像できないような幼い仕草。彼が何を求めているのかは分からないが、なんだかほわんとしてくる光景にエステルが笑みを浮かべたところで、かたん、と音がした。は、と意識を現実に戻し自分の隣へ視線を向けると、フレンが側にあった椅子を引きよせて腰を下ろしている。座り込んだ彼は、ごく当り前のように自分の手をユーリの元へ差し出した。
 きゅ、と。
 これもまたごく当り前のように、ユーリはその手を握る。途端に険しかった彼の表情がふわり、と蕩け、安心したようにまた眠りの中へと戻っていった。

「え……」
「あ」

 なんだか見てはいけないものを見てしまったかのようで、思わず声を上げたエステルに、フレンが慌てたように顔を上げた。
 えーっと、と言葉を探しているらしい彼を見下ろし、ユーリへ視線をやり、繋がれた手を見て、「もしかして」とエステルは邪気のない表情のままこてん、と首を傾げた。

「ユーリはフレンの手を探していたのです?」

 ストレートな問いかけに、常識人であるらしい男は気まずそうに顔をそむけた。しかし、相手は他の誰でもない天然育ちのエステリーゼ、そう簡単にごまかせるはずもなく、ため息をつくと、「まあ、そんなところ、です」としぶしぶと認める。
 別にユーリと手を繋いだところを見られたのが気恥ずかしいわけではなかった。さすがにこの年になって男同士で手を繋いだりしない、ということは分かるが、それは他人の間の話で自分とユーリには関係のないことだ。今のフレンの心中はどちらかといえば、仕える相手を目の前にしておきながらその存在を忘れ、素の自分を出してしまった己の未熟さを恥じているのである。

「お恥ずかしいところを」

 そう言いながらも、結局この時点でフレンの中の優先事項はユーリなのだろう。彼の手を振りほどこうとしないのだ。

「いいえ、いいえ! そんなこと、ありません」

 仲良しで羨ましいです、とエステルは少しだけ頬を赤く染めてそう言った。ここにカロルがいれば「仲良しってレベルじゃないと思う」とツッコミを入れてくれただろうが、残念ながらこの場にいる唯一のツッコミ属性持ちは未だ夢の中。会話を交わすのは多少ずれた感覚の箱入りお姫様と、生真面目な騎士団員である。

「ユーリは安心して眠っていると、子供みたいで可愛いですね」

 フレンの手を握り、すやすやと眠るユーリを覗きこんでエステルが言う。そんな彼女を倣ってユーリを見やりながら、「そうですね」とフレンはふわり、と笑みを浮かべた。
 以前同じ城にいたため、エステルはユーリよりもフレンのほうが近しかった。しかしそんな彼女でさえ見たことがないような、柔らかくて優しい顔を彼は今している。
 きっと二人のこんな顔を見ることができる人間は、そういないだろう。
 なんとなく得した気分になって、エステルは浮かれたまま二人の部屋を後にした。
 自室へ戻り、同じ部屋であったリタへ興奮気味に今のことを報告すると、どこかしょっぱい顔をしたまま「あんたそれ、惚気られただけじゃない」と呆れ気味に言われることとなる。




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2009.12.17
















だめだこいつら、はやくなんとかしないと……!