どうしようもない僕たち 恋人と呼ばれる関係を築いてある程度時間は経っているが、体を繋げるだけがすべてではない。もちろん手の届く位置に愛しい相手がおり、時間と環境が許すとなればそういう雰囲気になるのは自然のことだが、体が満たされたあとは心を満たす時間が欲しくなる。二人ともがそんな気分だったのか、ベッドヘッドに背を預けて座り込むフレンの膝を枕に、ユーリは横になったまま差し出された男の手をぼんやりと弄っていた。そんなユーリの頭を反対の手で撫で、黒髪を指に絡めて遊びながら「恥ずかしい話だけど」とフレンはぽつり、言葉を零す。 「僕は未だに君を探すことがある」 道を違えてどれほどの時が経ったというだろうか。今は偶然一緒に行動してはいるが、この一件に決着がつけばまたそれぞれの道を行くこととなるだろう。目指すべき場所は同じだが、歩く道が違う。常に側にはあれず、振り返ったところで彼はいない。 「昔は……それこそ騎士団に入る前は、いつも隣にいたから。ユーリ、って呼べば、ちゃんと返事があった」 それが当たり前だった。 当たり前という言葉で表すのもおかしな気になるほどに、呼吸をすることと同じくらいのレベルでその存在を感じていた。 「だから、不意に君を探すんだ」 困った時や疲れた時、嬉しい時や悲しい時。 話したいことがある時、この黒い髪の毛を探し、名前を呼びかけて、思い出す。 もう、隣はいないのだ、と。 「笑ってくれていいよ」 珍しく自嘲めいた笑みを浮かべるフレンを見上げ、ユーリは「あんま、笑えねぇな、そりゃ」と言葉を紡ぐ。 「……うん、情けないよね」 眉を顰めそう言ったフレンへ、「違ぇよ」とユーリは緩く首を振った。 先ほどまでの行為のせいで体を動かすのが億劫なのだろう、幾分ゆっくりとした動作で体を起こす。フレンに向かい合うように座り込んだユーリは、髪の毛をかき上げながら、「それ、オレもたまに、やっから」と口にした。 旅の行く道でどうしようか悩んだとき。お前ならどうする、と何度振り返りかけたことか。素晴らしいものを見たとき、今の見たか? と何度問いかけそうになったことか。 パンや剣どころではない、すべての感情を二人で半分にしてきていたのだ、突然その相手がいなくなったことに慣れるのは容易くはない。 「オレはお前と違って適当だから、なんかもう、諦めたっつーか」 ふ、と口元を緩め、言葉どおりどこか投げやりな笑みを浮かべてユーリはそう言った。 何度見返したところで側にフレンがいない事実に変わりはない。そもそも一番はじめに手を離したのは、彼の近くから逃げだしたのはユーリの方だ。 いないものはいない、自分は一人なのだ、と理解するほかない。 そう言うユーリをフレンは眩しげに目を細めて見る。 「相変わらず強いね、君は」 どんな環境に身を置こうが、彼の芯は常に真っ直ぐだ。隣に誰がいようが、いまいが、彼への影響はほとんどないだろう。 どこか羨ましげな色を含んだ言葉に、「ばぁか」とユーリは苦笑を浮かべて両手を伸ばした。フレンはそのまま膝を進めてきたユーリを抱きとめる。 「オレのは強いとかってもんじゃねぇよ」 隣に彼がいないことを理解したところで慣れることができるかといえば、それはまた別の問題だ。 一人であることによって生まれる空虚を別の何かで埋めるつもりはなく、また埋まるとも思えない。だから空虚をそのまま受け入れる。そういうものだから仕方がない、と。 たとえばその寂しさをなんとか乗り越えようとするのならば、フレンの言うとおり強い人間なのかもしれない。しかし乗り越える気すらないのだから。 「ついお前探しちまうのだって、癖みてぇなもんだと思えばな」 癖だからいつどんなときに零れたとしても仕方がない、と諦めた。そう思うとどうってことない、と言うユーリを抱きしめながら、「でも、」とフレンは口を開く。 「人に見られたら気まずくない?」 いくらそれを癖だと割り切ったとしても、いない相方へ話しかけてしまった姿を見られるのはさすがに気恥ずかしいだろう。 「何、お前、誰かに見られたのか?」 「いや、まだないけど、そのうちそうなるかもね」 何しろこれだけ共に過ごせない期間を経た今でも姿を探してしまうのだ、ユーリの言うとおりこの状況に慣れることは難しいであろう。だとすればこれからもずっと彼の不在を抱えていなければならないわけで、思わず話しかけてしまった姿を第三者に見られてしまう可能性だって零ではない。 「……まあ、オレんとこにはラピードいるし」 フレンの肩に顔を埋め、猫のように額を擦りつけながらユーリはそう言った。多くの仲間と行動を共にしているが、ユーリの側には常に相棒であるラピードがいる。もし仮にいるはずのないフレンへ話しかけてしまった姿を誰かに見られたとしても、名前さえ聞かれていなければラピードへの言葉だと誤魔化しが利くらしい。 「ずるいよ、それ。ラピード、僕の所に来てくれないかな」 拗ねた物言いに笑いながら顔を上げると、唇を尖らせたフレンがもう一度「ずるい」と言った。 「子供返り起こすなよ」 突きでた唇を掠めるように盗み、額を合わせる。室内に明かりは灯っておらず、光源は窓から入り込む若干の月明かりのみ。それでもフレンの目は青く光っており、見ているだけで吸い込まれそうな程に澄んでいる。 その目を覗き込みながら「気まずいのが嫌なら、慣れれば?」とユーリは言った。 いないことに慣れ、話しかけないようになればいい。 「……できると思う?」 「オレには無理だったな」 フレンの問いかけにユーリは悪びれずそう答えた。 「自分にできないことを人に要求するのはどうかと思うよ」 「別に要求してねぇよ、提案してやってるだけだ。それに」 オレにはできなくてもお前にはできるかもしれないだろ。 そう言った紫色の瞳の中に若干の揺れを見つけ、フレンは両手でユーリの頬を包み込んだ。 「無理だよ」 言い聞かせるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。 「ユーリがいないことに慣れるなんて、絶対にない」 言いきるフレンに「どうしようもねぇな、オレら」とユーリはどこか歪んだ笑みを浮かべた。そんな彼へ同じような笑みを浮かべて「そうだね」と頷く。 「どうしようもないね、僕たち」 「どうしようもないついでに、キスでもするか?」 「繋がりが分からないけど、喜んで」 ブラウザバックでお戻りください。 2009.12.15
相変わらず依存しまくり。 |