「ねぇ、ユーリ。フレンっていつ休んでんの?」

 きっちりと甲冑を着こみ、背筋を伸ばして先をゆくその後ろ姿を見やりながら、こっそりとカロルから囁かれた言葉に、ユーリは苦笑を返すしかなかった。



  ON・OFF


「って、うちのボスが心配してんだけど、そこんとこどうよ」

 急がば回れ、とは少し違うが、何かを成すにはそれ相応の準備が必要である。それは戦闘力を上げるための修行ばかりではない、武器や装備品を整えるための時間、そして心身をケアするための適度な休息もまた必要不可欠であった。「うちには女子供も年よりもいるんだから、ちょーっとは気を使ってよね」というのがレイヴンの主張。自分で自分を年寄り、と称するのはどうかと思うが、一人だと際限なく突っ走ってしまうユーリには耳の痛い助言だ。
 突如内海に現れたザウデ不落宮。追い詰めるべき敵がそこにいるのは分かっている。気持ち的にはすぐにでも乗りこんでしまいたいのだが、今はそれを呑みこんで事前準備を徹底している最中であった。ジュディス経由でのバウルやリタの言葉からすると、まだエアルの大きな乱れはなく、もうしばらくは時間をかけても大丈夫らしい。
 魔物との戦闘を繰り返しそれぞれの技に磨きをかけ、ついでに素材を集めてより強力な武器防具を作る。さすがに何日もそれを繰り返していると疲労は溜まる一方で、午前中の工程を終えた一行は午後を丸々休息に費やすことと決めた。

「どうよ、って言われてもね」

 ユーリの言葉にフレンは苦笑を浮かべて肩を竦める。

 宿を求めた先は潮風の心地よいカプワ・トリム。《幸福の市場》の拠点があるだけに、安全で品質の良い商品を揃えた店の多い街だ。女性陣は揃って買い物に出かけている。それぞれが皆、友達同士と仲良くお買いもの、という経験を持たないものだから、たとえ殺伐とした状況の中でもその余裕があるなら楽しんでもらいたい。そう言うユーリへ「それってお母さんとかの心境だよね」と呆れた顔で言ったカロルも、レイヴンを伴って商店街へと出かけて行った。一人で大丈夫だ、と突っぱねるかと思えば、あの少年はことのほか胡散臭いおっさんを気に入っているらしい。「何か奢って貰えよー」と声をかけると、ちらりとレイヴンを見上げた後、「だってレイヴン、かいしょーなしっぽいもん」と笑っていた。
 結局宿に残ったのはユーリ、フレン、ラピードという下町トリオである。ただ暇を持て余しているのは人間二人だけで、ラピードは部屋の隅で夢を見るのに忙しそうだった。

「無理をしているわけでもないし、しっかり休んでるつもりだよ?」

 騎士団員であるフレンがこのパーティに入ることはあまりないが、今までまったくなかったわけでもない。そもそも既存メンバが個性的すぎるパーティなのだ、フレンが入ったところで彼が浮くだとか、そういう心配もなかった。現にあっさりと輪の中に溶け込んではいるのだが、共に旅をするということは、それぞれのプライベートな時間も共有するタイミングというのが出てくるのが普通である。特にこういった休息時間などはその匂いが濃厚になるはずなのに、フレンはどんな時でも騎士然としているのだ。娯楽を目的に出かけることもせず、自主的に外へ向かう場合は訓練か見回り。宿の部屋でだらしない姿を見せることもなく、気を休める暇がないのでは、とカロルは心配しているらしい。

「あとは性格だと思ってもらうしかないね」

 ユーリが寝転がるベッドに向かい合うように椅子に腰かけ、己の甲冑の手入れをしながらフレンはそう言った。

「まあそりゃそうだな。お前、昔っからそうだし」

 ユーリと違い、根がとても真面目なのだ。寝起きで人に会うなどもってのほか、十分前集合は当たり前。たとえ仕事のない休みの日だとしても、だらだらと寝て過ごしたりはしない。そういう性格をしているだけのことである。

「うーん、でもほら、お前隙がねぇからさ。他の奴らからしたら、信用されてないみたいに思うんじゃねぇの?」

 寝そべっていた体を起こし、まとわりつく髪の毛をかき上げながらユーリは言う。

「軽くドジでも踏んでみれば? 何もないところで躓く、とか」

 にやりと意地悪く笑って続けられた言葉に、「嫌だよ、そんな間抜けなこと。ユーリじゃあるまいし」とフレンは眉をひそめた。どういう意味だ、と枕を投げつければ、片手で受け止め投げ返してきながら、そのままの意味、と言われる。

「ていうか、ユーリは距離感が大ざっぱだよね。目測が適当すぎる」
「自分の武器の届く範囲は把握してるぜ?」
「うん、で、小川を飛び越えようとジャンプして飛び過ぎて着地に失敗したり、塀の上から飛び降りてみたら思いのほか高くて足ねんざしたりするんだよね」
「いつの話だ、それは」
「たぶん、十か十一くらいじゃない?」

 さらりと答えられ、「よく覚えてんな」と言えば、「ユーリの失敗談だからね」と返ってきた。それこそどういう意味だ、と問いたかったが、ろくでもない答えが返ってきそうなのでぐっと堪える。

「それで結局僕はどうしたらいいのかな」

 カロルが心配をしている、ということは聞いた。それに対して性格だから気にしないで、と彼に伝えるべきなのだろうか、とフレンは首を傾げる。

「さあ。別にどうもしなくていいんじゃねぇの」

 ただ言っておこうと思っただけであり、ああしろこうしろ、と指示するつもりはない。ユーリ自身はフレンが無理をしていないことなど百も承知で、心配すらしていないのだ。
 そう言ったユーリの言葉に少しだけ考え込んだフレンは、「それじゃあ」と汚れを落としていた手甲を床へ置くと、ユーリの座るベッドの側へと近寄ってくる。

「ゆっくり休んでる姿を見てもらったらいいのかな」

 ユーリが座っているにもかかわらずベッドへ腰を下ろすと、フレンはそのままぱたり、と横になった。胡坐をかいたユーリの太ももを枕にして。

「帰ってくるまでこの姿勢でいろってか」

 ふざけんな、と金色の頭を叩けば、「じゃあユーリも一緒に寝よう」とフレンは言う。
 窓の外はいい天気で、入り込む日差しも心地よい午後。適度に腹は膨れ、取り立ててすることもない。既に眠りの世界にどっぷりとはまりこんでいる相棒もいることだし、腰に抱きついたまま、くわ、と欠伸をする親友もいる。そういう顔をもっと見せてやればカロルも安心するのではないだろうか、と思いながら、釣られるように欠伸を零す。

「それもありだな」

 眦に涙を浮かべたまま伸びをして、膝の上の頭をベッドへと落とした。

「痛い」
「うっせぇ。少し寄れよ、オレが寝れねぇ」

 ここは複数人が泊まることを想定した宿の一室で、ベッドはこれ以外にもあと三つあるにもかかわらず、フレンの体を転がしてまでユーリはその側へと横になった。フレンはそんなユーリの胸元へ額を埋めるように腕を伸ばして抱きつく。

「このまま寝る気か、おい」

 さすがにべったりとくっついたまま眠るのはどうだろう、と思いユーリが文句を言うが、既に意識の半分を睡魔に委ねてしまっているらしいフレンからの返事はない。
 考えるのも面倒で、引き離すのも面倒で、「まあ、いっか」と呟いて、ユーリも同じように目を閉じた。


 どれほど眠っていただろうか。耳元でくぅん、と相棒が鳴く声がする。湿った鼻で頬をつつかれ意識が浮上した。体の上に乗っていたフレンの腕をよけ、ベッドの上に胡坐をかく。窓の外を確認し、夕闇に染まる空にかなり眠っていたことを知る。
 がしがしと頭を掻いて大きく欠伸をしたところで、廊下を走る軽い足音に気がついた。

「ユーリ、フレン! 晩御飯どうする?」

 バタン、と扉が開かれ、姿を現したのは十分に港町を堪能したのだろう、機嫌の好さそうなカロルだった。おそらくラピードは仲間の帰宅に気づいたため、起こしてくれたのだろう。
 明らかに寝起きの表情をしているユーリと、未だぐっすりと眠ったままのフレンに気付き、カロルは慌てて口を両手で塞いだ。

「あー、食いに行くなら一緒行くけど」

 そう言ってもう一度欠伸をしたユーリの側へ寄ってきたカロルは、フレンを覗き込んで「珍しいもの見てる気がする」としみじみと呟いた。その後ろからのっそりとついてきていたレイヴンも、「眠ってると子供みたいな顔してるねぇ」と笑っている。

「おい、フレン」

 外にエステルたちも待っているらしく、それならばあまり待たせない方がいいだろう、と親友の肩を揺すった。

「んー……」
「飯だってよ。起きろ」

 ぎゅ、と強く眼を閉じ唸り声を上げたフレンを更に揺すって覚醒を促す。さすがに寝ていられなくなったらしい彼は目をあけ、まだ虚ろな視線のままユーリを見上げた。

「おは、よー……」
「はい、おはようさん。ほら、起きろ」

 再び瞼を閉じようとしたフレンの手を引いて体を起こそうとする。側でそのやりとりを見ていたカロルが、「フレンって朝弱かったっけ?」と首を傾げていた。カロルが知る限り、寝ぼけてぼうとしていたり、なかなか起きなかったりということはなかったはずだが。

「人に起こされるのに弱い」

 自分で起床する分にはいいが、他人に起こされるとなかなか眠りから浮上できないのだ、とユーリは説明しながら、なんとかフレンを起こそうと頑張っていた。

「飯食いに行くぞ」
「ご飯……」
「腹減ってんだろ?」
「……減ってる……けど、眠い」
「腹いっぱいになった後、嫌ってほど寝たらいい。ほら、今は起きろ」

 先にベッドを下りたユーリは、無理やりフレンの腕を引いて体を起こす。促されるがまま床に足をつけたフレンは、両腕を上げて体を伸ばしたあと、「ご飯、だね」と笑った。どうやらようやく目が覚めたらしい。
 何処へ食べに行こうか、と話をしている二人をちらちらと見ながら、「フレンってユーリにはああいう顔、見せるんだね」とカロルは呟く。それを耳にしたレイヴンは「まあまあ少年」と笑いながらカロルの頭を撫でた。

「誰かれ構わず甘えるってのもおかしなもんでしょ」

 っていうかそもそも、とレイヴンは言葉を続ける。

「あの青年はああいう姿を見せることもそんなにしなさそうじゃない?」

 そう言われ、レイヴンを見上げたカロルは少し考えて口元に笑みを浮かべる。

「ユーリに甘えてる姿を見せてくれるほどには、ボクたちも信用されてるってことだね」

 少年の言葉に、そゆこと、とレイヴンも笑って頷いた。




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2009.10.19
















引き続き動かし方模索中。
ちなみに基本できあがっている、という方向で。