オレンジジャグラー


 街へ立ち寄った際の備品調達はパーティメンバ全員で行う。その方が買い忘れや不満が出ずに穏便に済むことが多いのだ。その日も朝早くからの合成材料集めと訓練を終えて戻った街マンタイクで、消費したアイテムを買い揃え一行は宿へと向かった。
 取れた部屋は二部屋。いつものように男女で分かれ、食糧や回復アイテムの入った荷物はそれを抱えていたユーリとともに男性陣の部屋へと運ばれることになる。騎士団の詰め所へ顔を出してくる、というフレンと、酒を買い忘れた、というレイヴンがそれぞれ宿を出て、ユーリとカロルの二人で部屋へ向かった。

「あー、お腹空いたぁ。ねえ、これ一個食べちゃダメかな」

 荷物を床へ下ろし、軽く装備を解いたカロルが、鞄の口から覗いていたオレンジを取り上げる。夜に近い夕方の時間帯、一日の疲労が溜まる分カロリィも順調に消費しているのだ。

「駄目だ。もうすぐ晩飯だろ。飯食えなくなるぞ」

 腰に手を当てそう言うユーリへ、「ケチ」と唇を尖らせたカロルは、それでもまだオレンジが諦めきれないのか、もう一つオレンジを手に取る。しばらくそれを眺めたあと、ひょい、とオレンジを上へ向かって放り投げた。ぽんぽんぽん、と二つのオレンジをリズムよく放り投げては受け止める、を繰り返す。

「お、上手いじゃん。なあ、カロル先生、それ、三つでもできっか?」
「できるよー」

 一度手を止めたカロルは三つ目のオレンジを手に取り、これまた器用にひょいひょい、と放り投げる。少年の手の中でくるくると回るオレンジに、ユーリは「おぉ」と声を上げた。

「すげぇな、カロル」
「四つもできるよ」
「マジか!」

 ぜひやってくれ、と四つ目のオレンジを手渡され、カロルは少し得意げな顔で四つのオレンジをくるくると回してみせる。

「うぉ、すげぇ。器用だなぁ」

 ぱちぱち、と小さく手を叩いて称賛を示すユーリに、「ユーリも手先器用なんだからできるんじゃない?」とカロルは照れたように笑った。

「子供のころ練習してたけど、二つ以上は無理だったな、オレは」
「二つできるなら三つもできるでしょ。一個増えるだけじゃん」
「だけ、じゃねぇだろ、だけ、じゃ。オレンジ一個増えたら大問題だぜ?」

 下らない話をしながら手渡されたオレンジでユーリはお手玉を始める。本人が言うとおり、二つなら問題ないが三つ目となるとすぐにぼたぼたとオレンジが手から零れてしまった。ベッドの上に転がるオレンジを拾い上げ、カロルはもう一度三つのオレンジを手の中で回してみせる。
 それをじっと見つめ、小さく首を振ってリズムを覚えていたユーリは、「ちょっと貸して」とカロルからオレンジを奪って再びの挑戦。

「っと、ほ、よっ、う、わ」
「あー、惜しい!」
「今できそうだったよな。ちょっと早いのか」

 そう言って再び転がったオレンジをかき集めたところで。

「食べ物で遊ばない」

 ぱしん、ぱしん、と二人の頭が叩かれた。
 見上げれば、いつの間に部屋へきていたのか、呆れた顔のフレンがそこにいた。

「何やってるんだ、二人とも。オレンジは投げて遊ぶものじゃないよ」
「それくらい知ってらぁ」

 子供に言い聞かせるような口調の小言に、ユーリは唇を尖らせて言い返す。そんな親友を「何子供みたいなことしてるんだよ」ともう一度叩いたフレンへ、「フレンは三つでできる?」とカロルが本物の子供の顔で尋ねた。

「あ、無理だぜ、こいつ、オレより不器用だから」

 フレンが何かを言う前にユーリがきっぱりとそう否定したため、カチンときたらしい。

「なっ! ユーリ、君だってできてなかったじゃないか!」
「オレはもうちょっとでできそうだったんだよ、お前が邪魔しなけりゃな!」
「そう言うならやってみなよ。僕の目の前で成功したら認めてあげる」
「つか、お前もやってみせろ」

 ぎゃいぎゃいと騒ぎながら、結局買ってきたオレンジを全てベッドの上に取り出して投げては受け止めを繰り返す。

「ほらみろ、出来てないじゃないか」

 三つ目のオレンジを取り落としたユーリへ、フレンがふん、と鼻を鳴らす。「うっせ、邪魔すんな、バカ」と舌を出して、持っていたオレンジを一つ投げつけた。

「つかフレンに言われたくねぇし!」

 ユーリの言うとおり、そもそもフレンは二個のオレンジでさえジャグリングが上手くできていない。

「君こそうるさいよ。僕だって練習すれば」
「無理無理。お前の不器用さはガキん頃からじゃねぇか。ちょうちょ結びだって縦になるくせに!」
「それは今関係なくないっ!?」

 二人しか知らないような小さな頃の失敗談を互いに言いながらも、せめて相手よりは上手く回そう、と二人で懸命にオレンジを手にとっては投げ続ける。そんな二人の間に入ることほど面倒くさいものはなく、側でカロルは黙々とオレンジと戯れていた。

「あ、やった。五個目成功」

 自己最高記録を叩きだし、思わずにんまりと笑みを浮かべたところでぺしん、と額が叩かれる。見上げれば苦笑を浮かべたレイヴンがそこにいた。

「少年には今度ジャグリング用のボール、おっさんが買ってあげるから」

 そう言ったレイヴンは、未だに言い合いを続けながらもオレンジで遊び続ける二人へと目を向ける。

「食い物で遊ばなーいの」

 ごん、ごん、と鈍い音。カロルを叩いたときとは異なり、いい年した大人には愛の拳が落とされることになった。




ブラウザバックでお戻りください。
2009.10.21
















単体だとしっかりしてるのに、揃うと途端に子供っぽくなる二人。
結局このあとおっさんもジャグリングに参加(しかもうまい)、
ジュディスとリタに怒られる、というオチが待っていたり、いなかったり。