君の味 基本的にフレンはイベント事が好きなタイプである。 ここ二、三年はユーリが騎士団を止め下町でふらふらしていたこともあり、さすがにバレンタインどころではなかったが(かといってまったく会わなかったわけでもなく、やることはやっていたりしたのだが)、それより前にはねだられるままチョコレートやクッキーなどを渡していた。 わざわざユーリから貰わずともあの男は様々なところから菓子類をかき集めてくる。しばらくは甘いものに困らない、という状態になるにもかかわらず、どうしても、とユーリからのプレゼントをねだっていた。それが恋人となる前の友人状態からもずっとで、ユーリも男が贈るのは違うだろう、と思いながらもフレンにねだられると否とは言えない。事前に言われていたにも関わらず当日すっかりと忘れ、盛大に拗ねられたこともある。 今年は二人の関係も以前ほど悪いわけではなく、またエステルの「リタたちとチョコ作るんです」という発言によりイベント自体も思い出せていた。やっぱり男が渡すのはおかしいだろう、と感じながらも、思い出してしまったものは仕方がない。しかも、もともと甘いもの好きで料理も嫌いではないため、人に菓子を渡すとなれば自然と手作りという方へ思考が流れてしまう。 何が悲しくてバレンタインデーに男が男に手作りのお菓子を渡さなければならないのか。深く考えるといろいろ投げ出してしまいそうになるため、ユーリは無心でトリュフを作り、八割を自分の胃袋におさめて満足し、残り二割を小箱に詰めて用意するだけしておいた。 だが、そのあとのことを全く考えていなかったことに、ユーリはカレンダーの日付を見て気づく。今は少し前までと違い、フレンと行動を共にしているわけではない。彼は彼の役割を果たすために帝都ザーフィアスで執務に励んでいるだろう。対してユーリは、ギルドのメンバとして舞い込んできた依頼を果たすため世界中を飛び回っている。 今どのあたりにいる、ということくらいは互いになんとなく把握しているが、具体的な予定となるとまったく分からず、とりあえずここ最近は城にいるという、ずいぶん前に聞いた話を頼りにユーリが帝都を訪れることができたのは、バレンタインデー当日の朝だった。 しかも、ユーリの方にも仕事があるため昼過ぎにはここを出ていなければならない状態。 「昼間に城なんて、ここ最近来てねぇもんなぁ」 どうしたものか、と左手の小箱へ視線を落とす。 とりあえずいつものように城壁内へ忍び込み、大木を伝ってフレンの部屋まで来てみたが案の定室内に人がいる気配はない。窓もきっちりと施錠されており、開けても良かったが時間がかかりそうで、面倒くささに負けて下りてきた。 ここから入れないとなると、あとは正門から入るしかないが、入れたからと言って騎士団長代理に簡単に会えるとは思えない。そもそも帝国を抜け、ギルドに籍を置くユーリなどを簡単に入れてくれるとも思えない。 とりあえず正門に行ってみる。どうにもならないようなら宿の女将に預ける、それも駄目なら諦めて自分で食べる。 歩きながら大ざっぱな案をまとめているうちに、ザーフィアス城正門にたどり着いた。入口を警備する騎士は二人。何食わぬ顔をして入ろうとしてやれば、案の定止められた。 そりゃそうだ、オレでも止めるわ。 そんなことを思いながら用件を尋ねられ、これもまた面倒くさくなったので「フレンに会いてぇんだけど」と馬鹿正直に答えてみた。 「……フレン?」 「あんたらの大将だよ、フレン・シーフォ」 知ってるだろ、と言えば、若い騎士はぎょ、としたように目を剥いた。同時にもう一人の騎士が持つ槍の先がユーリの喉を狙う。これも予想どおり。というより、こうならなければおかしいだろう、とさえ思う。 「団長に何の用だっ!」 このままでは不審者として捉えられかねない。やはりここは諦めてさっさと退散する方がいいだろう。そう思い、「会えないならいいや」と踵を返そうとしたところで、「ユーリ・ローウェル?」と名を呼ばれた。 聞き覚えのある声に誰ぞと振り返れば、そこにはあの男が副官として信頼している女性騎士ソディア。色とりどりの小箱を詰め込んだ大きな箱を抱えた彼女は、きょとんとしたような顔をしてこちらを見ていた。 「ああ、あんたか。久しぶりだな」 よぉ、と片手を上げて挨拶すると、側の騎士が更に驚いたように顔を引きつらせる。それも仕方がないかもしれない。年若い騎士団団長が副官としてその右に置いている存在だ。彼らからすれば軽々しく挨拶できる相手ではないのだろう。 彼女はユーリのそんな態度には慣れてしまっており、若干眉を顰めただけで、「珍しいな、こんなところに」と口にする。ユーリが形式ばったことを嫌うが故、城に来る際はほとんど忍び込んで来ていることを知っているからこその言葉。それに「あー、ちょっとな」と苦笑を浮かべ、「フレン、空いてねぇよな」と彼女にも尋ねてみる。 「今日は演習で外に出てらっしゃるが……団長に何か?」 「ああ、いや、つーかさ、あんた、それ」 先ほどから気になっていた、ソディアが抱える箱をユーリは指さした。 「もしかしてあいつへの?」 尋ねれば、彼女はいささか呆れたような表情を浮かべ、「ああいうお方だから」とだけ言う。 彼はその地位もさることながら、あのルックスで、生まれが下町であることを除けば、女性から見ればかなりの人材だということが分かる。団長代理に上り詰める前でも十分にもてていたが、今はその比ではないのだろう。彼女が運んでいるということは、もしかしたらある程度検分した上で渡しているのかもしれない。 少しだけ考えて、「これ、ついでに混ぜといて」とユーリは持っていた箱をひょい、と彼女が抱える箱の中へと放り込んだ。 「っ、こ、れは?」 「ああ、別になんも言う必要ねぇから」 フレンへの伝言は不要だ、とそう言う。 「でも、それでは……」 「いいって。どうせあいつ、その一個一個にちゃんとお返しとか用意すんだろ?」 その時に気づく、と言い置いて、ユーリは今度こそ本当に城を後にするために踵を返した。背後から呼び止める声がしていたが、「急いでんだ」と振り切って足を速める。言葉は事実で、そろそろハルルへ向かわないとカロルとの約束に間に合わない時間だった。 彼女に託したチョコレートにはもちろん、メッセージカードなどというものを挟んでいるわけもなく、可愛らしいラッピングだって施していない。手近にあった箱に詰めてふたをしただけの簡素なもの。出どころが不明だ、と逆に口も付けずに捨てられてしまうかもしれない。むしろそうしてもらいたい、とさえ思う。 よくよく考えれば、ねだられることなく、自主的にチョコレートを作って渡そうと思ったのは今年が初めて、だったのだ。今更そのことに気づき、なんとなく恥ずかしくなって逃げて来てしまっただけのこと。 「らしくねぇことしてんなぁ」 ぼやいた呟きは、下町でユーリの帰りを待っていたラピードしか耳にすることはなかった。 ** ** 一日の仕事を終え、ようやく自室へ戻れそうだという時間帯。お疲れ様、と労った副官が何か物言いたげな顔をしていた。どうかしたのか、と尋ねる前に、「あの」と彼女の方から口を開く。 「今日、お部屋に、荷物を運ばせてもらいました」 「荷物?」 「その、今日は、バレンタイン、だったので」 今日がバレンタインであることは知っていたが、それと荷物がどう結び付くのかが分からず首を傾げる。 「団長あてのチョコレートが、たくさん城に届けられていたのでそれを」 「そんなの、他の人に運ばせたら良かったのに」 何も副官である彼女がすることではないだろう、そう言うが、「手が空いていたので」と返された。しかしその荷物がどうかしたのだろうか。 軽く唇を噛んだ後、ソディアは「できれば」と言葉を続ける。 「その、一つ一つにちゃんとお返しをした方が、いいか、と」 「ああ、うん、それはもちろん」 たとえどのようなものであろうと、送り主が分かる限りはそれなりに返すつもりではいる。今までもずっとそうしてきたし、もし本当に自分を好いてくれているなら、気持ちには応えられないと返してあげるのが礼儀というものだ。 当然、と言ったフレンにソディアはほっとしたように、「数が多いので、大変な時はお手伝いします」とだけ言って去って行った。 結局、彼女が何を言いたかったのかいまいちよく分からないままだ。数年上司部下の関係として、仲間として共に過ごしてきている。フレンの性格など彼女ならきちんと把握しているだろう。わざわざ言わずともそれくらいはするだろうと分かるはずなのだが。 自室へ戻り、届けられていたプレゼントの箱を見て軽くうんざりし、この量を見たからこそ彼女はあんなことを言ったのだろうか、と考えて、ふと、気がついた。 黄色やピンクといった可愛らしいラッピングの中に混ざった、真黒い箱。リボンもカードもついていないそれは片手に乗るほどの大きさで、非常にシンプル。だからこそ、逆にフレンの目についてしまい、気になって一番に手に取った。 上下左右ひっくり返して、どこにも何もついてないことを確かめ、とりあえずは、と開けてみる。 小箱の中には丸いトリュフが六個。一緒にカードが入っているわけでもなく、トリュフもごく普通のオーソドックスなもの。ソディアが運んだということは、おそらくは出どころが不確かなものはすべて排除されているはずである。つまりここにあるものは彼女がフレンには渡しても大丈夫だ、と判断したものであり。 一つ摘んで食べて。 フレンは眉をひそめた。 「…………来てたのなら顔、見せてくれてもいいのに」 これでは次に会ったときに、チョコレートをくれたお礼をすればいいのか、顔を見せてくれなかったお仕置きをすればいいのか、分からないではないか。 ブラウザバックでお戻りください。 2010.02.14
どっちにしろやることは一緒。 |