唐突に学パロ設定です。




   放課後の誓い


 放課後の校内は異様なほど静まり返っている。それぞれの部活動が集まる特別教室のある棟ならまだしも、今二人がいる場所は一般教室がある棟の更に端。通常時でもほとんど生徒が近寄らない場所、生徒会室。
 静かなその空間にかりかりと、シャーペンの走る音とぱらり、と紙のめくれる音が響く。
 銀縁の眼鏡をかけ、青い瞳を作成中の資料へ向けているフレンの後頭部を見やり、もうしばらく終わりそうもないな、とユーリは小さく息を零した。

 待つ、と言ったのは自分だ。待つことも嫌いではない。嫌いではないが、なんとなく釈然としない感情を抱くのは、他のメンバがきていないのにフレンが一人で仕事をしているという事実が気に入らないのだろう。会長だからといって一人で何もかもを背負う必要はないのに、皆で仕事を分担すればいいのに、そう思うが、口にしたところで彼は「そうしてるよ」と言うに決まっている。そもそも生徒会役員でもないユーリには、彼らの仕事についてとやかくいう資格はない。
 どうにも頑張り屋な幼馴染をもう一度見やり、部活動に勤しむ生徒たちが走り回っている校庭へ目を向け、気付かれないようにもう一度ため息をつく。

 背筋をぴん、と伸ばし、ひたすら目の前のことに一生懸命になる。ほとんど生まれた頃からの付き合いで、おそらく誰よりもこの男のことを知っているだろうと自負しているがそれでもいまだに、その姿が眩しく見えて仕方がない。
 時折耳にする太陽のようだ、という彼に対する賛辞はおおむね当たっているだろう、とユーリは思う。自ら光り輝き、皆の中心にいるような、そんな存在。そう言うと決まってフレンは「だとしたらユーリは宇宙そのものだね」と返すのだが、自分がそれほど大層な存在だとは決して思えない。

 窓ガラスの向こう側、徐々に西に傾きかけている太陽を横目に、チョコレート菓子を咥え、ぱきり、と噛み折る。
 太陽のようだという以外では、王子様みたいだという女生徒からの憧れの声も耳にすることが多い。確かに、爽やかなルックスに誰隔てなく平等に優しいその性格だけを見ていれば、おとぎ話に出てくる王子のように見えるだろう。
 しかし王子というよりはむしろ、と思いながら、かさり、と音をさせ、手にしていた箱からもう一本、細い菓子を取り出して咥えた。ぼんやりと思考に耽りながらぽりぽりとそれを齧り、食べ終わってもう一本。ぱくり、と咥え、手を離し、口元で揺れる菓子を見る。
 スティック状のスナックをチョコレートでコーティングしたそれは、持ち手としてチョコレートが掛かっていない部分がある。昔から大の甘党で、洋菓子和菓子問わず好んで食べているユーリには、そのチョコレートのない部分がほんの少し苛立たしい。
 ぽりぽりと齧り、咥えたままフレンの方を振り返った。

「? どうかした?」

 隣に腰をかけたユーリに突然肩を叩かれ、首を傾げたフレンが名を呼んで視線を向ける。

「ん」

 菓子を咥えているため言葉を発することができず、そのまま軽く顎をしゃくれば、正しく意図を把握してくれたらしい。「はいはい」とまるで子供を宥めるかのように苦笑を浮かべたフレンは、ユーリが咥えている菓子の反対側、チョコレートでコーティングされていない部分だけをぱくり、と咥えて食べてくれた。
 チョコレートがなくても甘くておいしいとは思うのだが、やはりコーティングされている部分のおいしさには敵わない。全部をチョコでくるめばいいのに、と呟いた言葉に、それじゃ食べにくいだろ、と資料に視線を戻したフレンが呆れたように返す。

 作業が終盤に差し掛かっているようで、シャーペンを走らせる音が減った。後は確認と修正をするだけだろう。そう思いながらフレンの手元を見つめ、ゆっくりとチョコレート菓子を食べ続ける。ときどき「ん」と差し出しては、チョコレートの掛かっていない部分をフレンに食べてもらって、一袋が終わりそうだ、という頃、ようやくフレンは広げていたプリントを纏めてとん、と机で揃えた。
 菓子を咥えたままのユーリへ視線を向け口元を緩めたフレンは、「僕も甘いの、食べたい」と唐突に口にする。そのままぱくり、と菓子を口に入れたフレンは、かりかりと食べ進め、チョコレートの掛かっている部分まで食べたかと思うと、まるで当然とばかりにユーリの唇を奪って顔を離した。

「オレのとこまで食うなよ」
「ユーリばっかりズルイじゃないか」

 僕だって甘いものを食べたいよ、と笑った男は、先ほどまでシャーペンを握っていた手を伸ばし、ユーリの頭を引き寄せた。だからもっと甘いものを食べさせて、と言いながら、うっすらと開いた唇を重ねてくる。

「ん……っ」

 舌先が触れ合い、鼻から抜けたような吐息が零れた。
 口の中に残る菓子の甘さだけでない、背筋を震わせる痺れを伴った甘さはこの男からしか得ることはできないだろう。他のどの菓子よりも、この甘いキスの方が好きだと言えば、フレンはどんな顔をするだろうか。

「ぅ、んっ、ふ、っ」

 くちゅくちゅと、小さな水音が響くほどの深いキス。放課後の、人気のない校舎、二人きりの教室で、もう何度交わしたかも分からない。
 傍から見ている人たちは、太陽のようで王子様みたいだ、と彼のことを言う。
 確かに触れ合った舌は火傷しそうなほどに熱くて、太陽のようだというのは事実だな、とユーリは思う。けれど。

「お前は、さ、王子、ってより……」

 むしろ一途な想いを秘めた、主に忠実な騎士のようにユーリには見える。
 守るべきもののために命を張り、己が信念だけは決して曲げずに正義を貫き通す。
 きっと誰もが憧れる騎士になるだろう。
 唇が触れるほどの距離で額を擦り合わせてそんなことを口にしたユーリへ、「ずいぶん乙女チックなことを言うね」と笑った後、「もし僕が騎士であるなら」とフレンは続けた。

「君だけを守る騎士でありたいよ」

 そして触れ合わせるだけの柔らかなキス。
 まるで誓いのキスであるかのような温もりに、「そっちんが乙女チックだろ」とユーリは緩く目を閉じた。




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2010.11.08
















ユーリさんへ。
つ【とっぽ】