欲張りものにも幸せを


 幼い頃、こんなおとぎ話を読んだことがある、ような気が。
 目の前に提示された選択しにうーん、と腕を組んで悩みながらフレンは取り留めもないことを考える。
 確か欲を出しても良い結果には至らない、という教訓を織り交ぜた話だった。欲張りとはつまり、「悪い奴」だ。正直もの、善良なものにこそ幸せはやってくるというような話。
 成長し、世の中を見て思うことは、そう簡単に物事はうまくいかないということ。正直ものが馬鹿を見る結果になることのほうが実際には多いのではないだろうか。
 あるいは欲しいものは欲しい、とはっきり口にする「正直もの」でなければ自分が本当に欲しているものを手にすることはできないのかもしれない。

「じゃあ両方」

 そんなことを思っていたからか、するりと口からついて出たものはそんな答えだった。少しの間を空けて目の前の人物が「はぁ?」と眉を顰める。

「お前、ひとの話聞いてたか?」
 どっちか選べって言っただろうが。

 ユーリが抱える大きな箱と小さな箱。どっちかやるよ、と親友兼家族兼恋人である彼が言うのだ。今日の日付を考えたら、中身が何であるのか自ずと分かる。
 ちゃんと選べ、ともう一度言われ、腕を組んで考えて、「やっぱり両方」とフレンは懲りずに答えた。はぁあ、と綺麗な唇から大きなため息が零れ落ちる。

「オレの言い方がまずいのか? いいか、フレン。分かってるだろうけど、中は菓子だ。オレはできた恋人だから、ちゃんとカレシにチョコレートを渡そうと思ってきたわけだ」

 説明をしながら箱を机の上へ置き、それぞれ開けて中が見えるようにする。小さな箱はおそらく生チョコで、大きな方にはチョコレートケーキが入っていた。美味しそうだね、と言えば、だろ、と自慢げに笑う顔がかわいい、とそう思う。

「とりあえずオレが食いたいもん作ったらこうなった。けど、どっち渡すか迷ったから、じゃあ本人に決めてもらえばいい、って思った。ここまではOK?」

 尋ねられフレンは無言のままこくこくと頷いた。

「だからどっちか選べ」
「両方」
「――――――ッ」

 三度目の問いかけに今度は考える間すら開けず、すぱんと即答すれば、ユーリは握りしめた拳をふるふると震わせて鼻の頭に皺を寄せる。

「聞き分けのねぇ野郎だなっ! 両方一度には食えねぇだろうが!」
「甘いものだしね、一度には無理かな」
「だからっ! 片方お前が食って、残ったのをオレが食うんだっつの! どっちにすんだよ!」
「んー……」

 ばん、とテーブルを叩いて答えを求められ、見比べたのち口から飛び出るのは「やっぱりどっちも」という言葉だった。

「………………お前さ、三歳くらいからやり直した方がいいんじゃねぇの」

 昔はもっと遠慮深かった気がするぞ、という親友へ、フレンはあはは、と笑いを零す。

「どうして僕がユーリに遠慮しなきゃいけないの?」
「親しき仲にも礼儀ありって言葉があるだろうが」
「それを君が言ってもね」

 説得力はないよ、と返せば、彼自身身に覚えがあるのだろう。ぐ、と唇を噛んで口を閉ざしてしまった。悔しそうな顔をしているユーリを見やり、ふふ、と口元が緩む。何がおかしいんだ、と睨まれ、「だって美味しそうだから」とわざとずれた答えを返しておいた。
 そんなフレンをどう思ったのか、はぁ、ともう一度ため息をついたユーリは「昔、本で読んだだろ」とそう口を開く。

「欲張り爺さんはろくな目に合わねぇぞ」

 どうやら彼も同じ昔話を思い出したらしい。「読んだね、そういう本」と共有する過去に相づちを打って、でも、とフレンは言葉を続けた。

「だってそれ、バレンタインのチョコレートだろ?」

 二月十四日、恋人のイベントである今日。同性ではあるが、フレンとユーリはそういう関係で、彼の言うとおりならばこれらは「カレシ」へのチョコレートなのだ。

「ユーリからのチョコレートだったら、両方とも僕が貰うのが筋じゃないか」

 たとえそれが女性の間で贈りあうこともあるらしい「友チョコ」なるものであったとしても、ユーリのチョコレートなのだ、フレン以外の者が手にするなど間違っている。そう信じて疑っていない口調と視線。真っ青な瞳をのぞき込んだ紫黒の瞳がゆらり、と揺れた。

「……残った方も別にほかの誰かにやるわけでもなくて、オレが食うんだけど?」

 それでもダメなわけ、と尋ねられもちろん、と頷いて答える。

「ユーリの愛は全部僕のだから」

 ユーリにでもあげないよ、と言い切るフレンに、三度のため息。オレの負け、とユーリは肩を竦めて苦笑を浮かべた。

「愛情たっぷり込めてあるからしっかり受け取りやがれ」
 で、フレンがオレを愛してくれてんなら、少し分けろ。

 どうあっても自分で作ったチョコレート菓子が食べたいらしい恋人にくすくすと笑いながら、うん、とフレンは頷いて答える。

「始めからそのつもり。一緒に食べよう」

 どうせどちらかを選んでいたとしても、ここで食べるのなら分けあうことになっていただろう。それをユーリも分かっていただろうに、どうしてどちらかを選ばせることに固執したのか。

「や、単純にでっかいのと小せぇの、どっち選ぶのかなって思っただけ」

 まさか両方って言われるとは思ってなかった、と返ってきた答えに、「まだまだ甘いね」と笑みを浮かべて答える。

「ユーリに関することだったら、僕はどこまでも欲張りになるよ」

 そのすべてを手に入れてもまだ先を求めるほどには、常に彼に飢えている。




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2012.02.14
















結局八割はユーリさんが食う。