我儘を言う相手


 虫の知らせだとかなんだとか、そういった第六感的な何かを信じているわけではない。信じてはいないが、それでもやはりときどき、「あれ?」と思うことがある。それは誰か(もしくは何か)から放たれた殺気を感じるだとか、異様な雰囲気を感じ取るだとか、そういった事柄と同じ類のものなのかもしれない。「あれ?」と思ったところでその原因が思い至らない。ユーリの場合、そうなると十中八九半身の方に異変が起きている。
 どこか違和感を覚えたのは二日前のこと。その時はすぐに、互いの仕事が忙しすぎてここ数か月ろくに顔を合わせていない恋人(兼幼馴染兼家族)である男の顔を思い浮かべた。幸いなことにユーリ自身はそろそろ予定が空きそうで、一度帝都に顔を出しておくべきだ、という考えもすぐに実行に移すことができた。
 そうしていつものように(ある意味最高責任者に黙認されている)不法侵入を果たして訪れた騎士団長代理の部屋。
 なんとなく予想していたことで、それなりの覚悟もしていた。していたが。

「さすがに甘えすぎじゃないですか、フレンさん」
「………………」
「……無視ですか、騎士団長代理さん」
「……………………」

 ユーリを招き入れると同時にろくに言葉を交わすこともなく、ぎゅうと抱きしめられた。じっくり顔を見れていないが、その醸し出す雰囲気から相当疲れているのが伝わってくる。大の男を張り付けたままどうしたものか、と悩んだのもつかの間、半ば押し倒されるようにベッドへ連れ込まれ、セックスでもするのかと思えばフレンはそれ以上動く気配がない。
 ただ転がっているだけだとユーリもまた暇を持て余す。とりあえず起き上がり、フレンを腰に張り付けたままベッドの上で武器の手入れを行うことにした。
 ユーリの行動を制限するつもりはないようで、もそもそと抱きついたまま頭を置く丁度良い位置を探したフレンは、太ももを枕と決めたらしい。姿勢を落ち着かせると再び抱きつく腕に力を込める。

 ここまで彼は無言。小さくため息をついて金の髪をわしゃり、と撫で、「何とか言えよ、アホ」と言えばしばらくしたのち、「……なんとか」と返ってきた。殴ってやろうかと一瞬思ったが、とりあえずそれを堪えておく。
 らしくない、と思うことは簡単だし、実際にフレンを知る人々から見れば今のこの姿はかなり「らしくない」ものだろう。けれど、だからこそその姿を見ることができるのはユーリだけであり、そのユーリが「らしくない」と口にするなどできるはずもない。
 腰に額を押し付けたり、帯に指を掛けて引いてみたり、まるきり子供のようなことを繰り返す親友を放置したまましばらく愛刀の手入れをし、ある程度終わったところで刀をベッドの脇に立て掛ける。

 そろそろ行動ができるほどに気力が回復しただろうか、と金の頭を見下ろせば、「ユーリは僕より刀の方が大事なんだ」と呟く声が耳に届いた。
 握りしめた拳を振りおろしたくなる衝動を堪えたのは二度目。本当に一体どうしたというのか、どうしたいというのか。
 尋ねて答えが返ってくるのかどうか。たとえ返ってきたとしても、ユーリにしてやれることなどごく限られている。結局は当人が自力で這い上がる以外、浮上する方法はないのだから。
 話すことで気が楽になるのならいくらでも話を聞くだろう。しかし、おそらくはユーリが聞くことのできない種類の話だ。こういうとき自分の進む道が歯がゆくなるが、ここでユーリまで落ち込んでは意味がない。とりあえずどんなことでもフレンの気が済むまで付き合ってやるほかないか、と腹を据えたところで。

「……僕はもっと優しくされてもいいと思う」

 その言葉に、ユーリは思わず吹き出した。
 うざったいだとか、腹立たしいとか面倒くさいとか、いろいろ腹の中で渦巻く感情はあったが、それを飛び越して、フレンが可愛い、とそう思ってしまったのだ。くつくつと笑いながら「オレの負けだ」と金色の髪を梳く。惚れた方が負け、とよく言われるが、否定できない現実がある。何せユーリはフレンに常に負け通しなのだから。

「抱き枕でもなんでもなってやる、好きにしろ」

 何の見返りを要求されることもなく、ただひたすら甘やかしてくれる存在が欲しくなる瞬間が誰にだってあるだろう。その相手としてフレンに選ばれることが当然だ、と思っている節がユーリにはある。だから、実際その通りになっている今はむしろ喜び安心すべきなのだろう。
 ユーリの言葉にようやく行動する気になったらしい彼氏が、のっそりと体を起こしてベッドへと座り込む。それでもまだ俯いたままの男の頬へ手を伸ばし、「何でもしてやるから、言ってみな?」と唆しながら顔を上げさせた。
 目を合わせ笑ってやれば、眉を下げ、少し情けない顔をしたままフレンも笑みを浮かべる。好きだよユーリ、と告げた唇へ、オレもと返しながら、そっと自分の唇を押し付けた。




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2011.05.08
















フレンさんに、「僕はもっと優しくされるべき」と
言ってもらいたかっただけでした。