甘味(オプション付)


 唐突に甘いものが食べたくなった。
 甘味大王と影で囁かれ、自らもそうであることを否定しない男、ユーリ・ローウェルは不意に、何の予兆もなくひどく甘いものに飢えている自分を自覚した。最近それらを食べていないかと思えばそうでもなく、昨日だって露店で買い求めたシュークリームを食べている。それなのにどうしてだか甘いものが足りない、とそう思った。
 それも超ド級に甘いもの。ユーリでさえ甘すぎて食べるのをためらうほど、甘ったるいものが食べたくて仕方がない。
 疲れているのかもしれない。


「……それは分かったけど、だから、なんで僕の部屋に来たの」

 しかもそんなものまで持ち込んで、と呆れたような視線を向けられるがユーリは気にしない。仕事してていいぞ、と机に向かっている彼氏へそう言って、自分の作業へと取り掛かる。

「できたら呼ぶから」

 ユーリのその言葉にこれ以上何かを聞き出すことを諦めたフレンは、「あ、そう」とだけ言ってやりかけの事務処理へと戻っていった。
 勝手に持ち込んだ荷物はかなりの大きさで、さすがにこれを抱えて大木を上る気力は出せず今日は珍しく真正面から訪れている。その荷物の中の大部分は、というよりほとんどすべてが食べ物だ。事前に下町で作ってきた大きなプリン、アイスクリームと生クリーム、カスタードクリーム。みずみずしいフルーツにチョコレート。食べられないものといえばそれらを入れた器と保冷剤くらいなものだろう。

 部屋の中央付近にある小さな丸机の上に紙を敷き、まずは果物をカット。キウイ、バナナ、イチゴといったオーソドックスなそれら。若干旬が外れているものもあるが、彩りが欲しくて買い求めてきた。やはり食べ物はその見た目も重要なのだ、どれだけ美味しくても見た目が美しくないとその味の魅力は存分に引き出せない。
 プリンを乗せてある器は大きなガラス製。これがあるから木を登る危険を冒せなかったということもある。その周りを埋めるようにカットしたフルーツを盛り付け、その他用意したクリーム類で飾り付けていく。アイスクリームは溶けてしまうので最後に乗せるとして、棒状に切った板チョコレートやウエハースをさし、バランスを見ながら芸術的とも思えるようなデザートを作っていく。本格的な調理をしているわけではないが、自然とフレンの部屋の中は甘ったるい香りが充満していた。

「ユーリ……」

 本当に何やってるの、と振り返ったフレンが思わず声を掛けるが、アイスクリームを乗せた上から、カラメルソースを如何に綺麗に掛けるか集中しているユーリには届かない。酷く真剣な顔をしているが、彼の視線の先にあるものは巨大なプリン・ア・ラ・モード。どうにも緊迫感の欠ける光景だ。
 甘いものが食べたければ食べればいいのに、とぼそり呟けば、ようやく満足のいく仕事ができたのか、顔を上げたユーリが「お前、人の話聞いてたか?」と眉を寄せた。

「オレはすっごい甘ったるいもんが食いてぇつってんだよ」

 だからほら、わざわざ作っただろ、と彼が指さす先には完成したらしい煌びやかなデザート。おそらく甘いものが苦手なレイヴンが見れば、顔を青ざめそうなほどこれでもかとデコレートされたプリン。

「フレン、こっち」

 もう一つ椅子を机に引き寄せ、空いている方をぽんぽんと叩いて呼ぶ。もともとユーリは神出鬼没で自由奔放で、突拍子もないことを言い出したりやり出したりすることは多かったが、今回はまた群を抜いて意味が分からない。仕事はまだ少し残っていたが明日に持ち越しても問題ない量で、ここは大人しくユーリの希望に従っておくことにした。
 ぽすん、と腰掛ければ、ほい、と渡される銀のスプーン。

「? 僕が食べるの?」
「食いたきゃどうぞ? ただしオレが満足した後でな」

 そう言ったユーリは、早く、と言わんばかりに己の唇をとんとん、と二度指先で叩いてみせる。そこでようやく理解した。

「……子供か、君は」
「何回も言わせんなっつの」
 死ぬほど甘いもんが食いてぇんだよ。

 だから、とユーリはあ、と口を開いた。
 甘いデザートなら店へ行けばいくらでも買えるし、彼の調理技術をすればこのプリンのように自らで作ることも可能だ。
 けれど『大好きな人に食べさせてもらう』という甘すぎるオプションは、フレンがいなければどうしようもできないわけで。

「…………甘い」
「だろうね」

 むぐむぐと口を動かし、「すっげぇ甘い、死ぬほど甘い」と眉を寄せたまま呟いたユーリは「でも美味い」と言葉を続けた。

「僕もあとで死ぬほど甘いもの、食べられるのかな」

 プリンとアイスクリームを同時に掬い、ついでにイチゴの欠片も拾いながらフレンが言えば、「あとでな」と返ってくる。それよりも先にほら、と開かれた恋人の口の中にスプーンを突っ込みながら、生クリームやカスタードクリームがあとどれくらい残っているか、確認しておこうとそう思った。




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2011.06.10
















フレンさん、そのクリームを何に使う気ですか。