花開く


「……どうしたの、ユーリ。頭に花、咲いてるよ」

 目にした光景をそのままストレートに口にすれば、ぎろり、とこちらを睨んだ後きっかり五秒ほどの沈黙を経て「知ってる」と超絶に不機嫌な口調で返された。ぷい、と視線を反らせた彼は頬を膨らませており、どこの子供だ、と思わず苦笑が零れるが、きっとこんな顔をして見せるのも相手が自分だからだろう、とも思う。

 木々の枝の間から降り注ぐ日の光を反射する濡羽色の髪を、ふわり、彩る可憐な花飾り。

 よくよく見なければ真っ白と見間違えてしまいそうだったが、細かく編み込まれたそれらはうっすらと桃色を纏っていた。耳の上に指してあるだけかと思えば、軽くピンでとめてあるらしい。左側頭部に乗ったボリュームのある本体から、流れるように一房ほど花が零れており、彼が動くたびに黒髪とともにそれがゆらり、揺れる。
 当然のことながら、その花飾りが彼の趣味であるはずもなく、自ら進んで頭に乗せたわけではないだろう。不機嫌な顔をしたままユーリが視線を向ける先には、この花の街ハルルの住民であるのだろう幼い女の子たちと桃色の髪を持つ優しい皇女が、花弁の降り注ぐ中花飾り制作という可愛らしい遊びに興じていた。彼女たちの作品であり、邪気のない少女に求められ断ることが出来なかったのだと推測。外すこともできず、かといってこの場を立ち去ることもできず、結果仏頂面のまま花を揺らすことになっている。

 フレンの方へ視線を向けようともせず、ただ黙り込んでいる横顔を見やり、「可愛いね」と素直な感情を吐露すれば、「嬉しくねぇ」と予想通りの答えが返ってきた。あるいは投げやり気味に「そらどーも」と返ってくるかとも思っていたが、おそらくは少し離れた場所で同じよう頭に花飾りを揺らして遊んでいる彼女たちに鏡でも見せられたのだろう。もしユーリが、頭に花を咲かせた自身の姿を見ていなければきっと後者の返答になっていただろうな、と思う。
 既にもう十分に不機嫌な半身であるため、今更気を使っても仕方がない。そもそも気を使うような間柄でもなく、肩を竦めた後フレンは己の欲望に従ってまじまじとユーリのその横顔を見詰めた。

 フレンよりも肌の色が白い方であったが、よりそう思うのは彼の髪の毛が夜空よりも深い漆黒だからではないだろうか。側に色の濃いものがあるが故、肌の白さがより際立つ。そして真っ直ぐに流れる黒髪を持ち凛とした雰囲気を持つユーリの頭に乗っているからこそ、花蕾の柔らかさと可憐さがより際立って目を楽しませてくれている。
 僅かに尖った唇と、花の色の濃い部分が同じような色だな、とどうでもいいことを思っていれば、こっち見んな馬鹿、と飛んできた罵声。「無理だよ」と一言で切り捨てる。

「だって可愛いし」

 誰だって綺麗なもの美しいもの、可愛いもの可憐なものがあれば目を奪われてしまうというもの。フレンの視線がユーリに釘づけになってしまうのも仕方がないことなのだ、と言えば、ようやくこっちを向いた彼が盛大に顔を顰めて見せた。

「あ。可愛くない顔」
「可愛くなくて結構。つか、お前、頭の中沸いてね?」

 大丈夫か、と鼻の頭に皺を寄せて尋ねてくる。

「ユーリが可愛すぎてちょっとのぼせてるかも」

 その言動からすれば、決してこのような花飾りが似合うタイプではない。しかし彼を知る万人は口を揃えて言うだろう、黙って立っていれば、と。ユーリの口が言葉を紡がなければ魅力は半減してしまうと思っているが、それでもやはり彼の姿が美しいことに違いはない。
 繰り返されるフレンの甘い言葉にもはや返す言葉もないのか、溜息をついたあと「言ってろ」と彼は再び視線を前へ向けてしまう。
 そうしてその紫紺の瞳が捉えるものは、花と戯れる少女たち。
 僅かに彼の表情が緩やかになった、ような気がした。

「笑えばいいのに」

 思わずほろり、と言葉が零れる。聞きとめたユーリは、「はぁ?」と眉間に皺を寄せていた。
 折角可愛らしい姿になっているのだ、にっこりと、あるいはふわりと微笑めば、きっと綺麗だろう、そう思う。
 やはりきっかり五秒ほどの沈黙の後、再び盛大に顔を顰めた彼は、「分かった、お前、バカ」とフレンを指さして断じた。あまりのもの言いに、さすがに言い返そうと口を開きかけたところで、「フレン!」と桃色の皇女がこちらを見て声を上げる。

「来てたんですね」

 やや嬉しそうな声音でそう言われては彼女の元へ行かざるを得ない。笑みを浮かべ、「楽しそうですね」と少女たちの元へ向かったフレンを、ユーリは無言のまま見送った。

 きらきらと日の光を浴びて光る金髪に思わず目が細まる。天色の瞳を優しげに緩ませ、あの王子さまはどんな会話をしているのだろうか。
 エステリーゼと共に花飾りを作っていた少女に求められ、しゃがみこんだ彼の頭にもユーリと似たような花飾りが乗せられる。少し驚いたような顔、しかしすぐに破顔して少女の頭を手を置いた。きっと「ありがとう」だとかそんなことを言っているのだろう。

 整った顔ではあるが、ユーリとは違い女顔という方ではない。それでも甘さを含んだ容姿であり、本人が気にしているようだからあまり言わないが若干童顔気味でもあるため花飾りに違和感もない。彼の髪に合わせて花を選んだのだろうか。だとすればあの少女はかなり素晴らしい美的感覚を持ちあわせているな、と左耳の上の花飾りを揺らしてユーリは思った。

 黒色の髪を持つユーリには薄桃色の花飾りを。
 金色の髪を持つフレンには牡丹色の花飾りを。
 きらきらと輝く髪色に少し濃い色合いの飾りがよく映えている。
 そんな花飾りを頭にあしらって、嫌そうなそぶりも見せず、むしろ嬉しそうに綺麗な笑みを浮かべている男。
 その姿を見てユーリはごく自然に可愛いな、とそう思った。
 その形容詞は成人男性に向けられるべきものではないと分かってはいる。それでも、可愛いな、と思ってしまった。
 きっと先ほどフレンが同じ言葉を口にしたときも似たような感情を抱いていたに違いない。

「……オレも、バカ、か」

 小さくそう呟いたユーリは気づいていない。
 濃い桃色の花飾りを揺らして笑みを浮かべる半身を見やり、自分がふうわりと柔らかな微笑みを浮かべていることに。
 それこそ、先ほどフレンが見た、と望んだ表情ではあったが、きっとこの顔をユーリの半身が見ることはないだろう。
 花が綻んだような笑みを浮かべるユーリの視線の先には常に、彼の最愛の半身がいる。




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2011.02.21
















つ【壺】
吐いた砂を入れておく用にご利用ください。