silent night 待つことは嫌いだ。そもそもただ待っているだけなど、性に合わない。だから待たない、待つくらいならば自分の足で進む方を選ぶ。 「……おっせーな、あのバカ」 その自分がここまで大人しく誰かを待つなど、きっと年に一度あるかないかくらいだろう。もちろん相手は唯一である存在。 どちらかといえば予定に融通のきく仕事をしているため、イベントのある日に身体を空けることはユーリにとってさほど難しいことではない。逆に休みを得ること自体が難しい仕事をしている半身のため、彼の都合に合わせて休日をもぎ取ることも少なくはなかった。 詳しい謂れはユーリには分からない、きっとあの博識な皇女へ尋ねればすらすらと答えてくれるだろうが、おおよその意味合いでいけば明日はどこぞの神様の誕生日、らしい。生誕日の前日の方が一般的に盛り上がっている、というのはよく理解できなかったが、幼いころに味わえなかった雰囲気を今楽しめるのなら便乗するに吝かではない。 時間が出来るようならイヴの夜に顔を出そうか、と提案すれば、今年はクリスマス当日とその翌日に休みを割り当てている、とフレンが言う。何とかしてイヴも早く仕事を終わらせるからゆっくり下町で過ごしたい、と。彼氏がそう望むのだ、ユーリとしては別にどちらでも構わないわけで、それならば適当に何か用意して下町で待っている、と約束をした。 クリスマスの食事と言えば、チキンとケーキ。そんな乏しいイメージしかなかったが、テーブルの上にセットされたものはそれなりの雰囲気を醸し出しているように思う。 刻んだトマトやパプリカを混ぜたソースをかけ、彩り豊かなローストチキンを中心に、どうせならとことん手作りで突き進んでやろう、と自らが焼いたパン。ケーキだってもちろん手作りで、今年はオーソドックスに生クリームのホールケーキにしておいた。ここまでそれらしいテーブルを作り上げたのなら、沿った飲み物もなければならない気がしてきて、普段はあまり飲まないようなシャンパンも用意してある。並び立つグラスは二つ、夕飯時はとうに過ぎているというのに、それらはまだ乾いたまま。 「……腹、減ったなぁ」 急いで帰るから、とフレンは言っていた。その急いで、がどれくらいの時間になるかは分からなかったが、律儀で几帳面な彼のこと、夕飯の時間帯には間に合う予定を立てていたのだと思う。そんな男が姿を見せないとなると、どうしても処理しなければならない仕事が舞い込んできたか、あるいは思った以上に手元の仕事に手こずっているか。 ベッドに転がって雑誌をめくり適当に時間を潰していたが、そろそろ暇つぶしも限界で、身体も空腹を訴えてきている。 「先、食っちまうか」 きっとそれでも彼は文句を言わないだろう。身体を起こし、テーブルのそばの椅子へ腰掛けて言えば、わふ、と咎めるような声が足元でした。見下ろせば、ラピードがぱたん、と床を尻尾で叩いたところで。 「だってフレン、帰ってこねーし」 腹減ったもん、と相棒相手に唇を尖らせてみるが、やはり彼はぱたん、と尻尾で床を叩くだけ。 「……お前は食っててもいいんだぞ?」 ラピードへは一足先に食事を出してある。しかしそれに口をつける様子もなく、彼もまたもう一人の主人を静かに待っていた。几帳面で義理がたいところは、きっとフレンに似たのだろう。 ユーリとてなんとなく口にしただけで、本当にそうしたいと思っているわけではない。どれほど空腹であろうとも、二人で食べようと思って作ったのだ、その相手がいなければ味などしないだろう、と分かる。 立ち上がって窓の側へと足を向けた。夜の闇が下りた街並み、おそらく皆今日は温かな我が家で家族そろってのクリスマスを過ごしているのだろう。この下町にはそんな家族も、家も持たないものが多くいたが、幸いにもユーリは贅沢こそできなかったが、雨風を凌げる家と、血の繋がりはなかったが唯一といえる家族があった。 人の気配のない外を見下ろし、まだしばらくは帰って来そうにないな、と溜息をつく。 振り返れば、綺麗にセッティングされたテーブルに、誰も座っていないイスが二脚。開く様子のない扉の側に控えるラピードの姿。ぐ、と込みあげてきた何かを飲み込んで、ユーリは静かに首を横に振る。 こつり、と足音を立ててテーブルの側へ戻り、まだ封すら開けていないシャンパンを手に取った。咎めるようにラピードの視線がこちらを向くが、「これくらいはいいだろ」と肩を竦めて返す。 コルクを引き抜いて琥珀色の液体をグラスへ注いだ。ふわり、と鼻腔を擽る甘い匂い。口を付け、一気にそれを呑みほした。ものの入っていない胃へ落ちたアルコールは、きっと普段よりも早く身体へ回るだろう。 「やけ食いもできねーんだったら、後は不貞寝するしかねぇしな」 ぺろり、と唇を舐めてラピードへ言えば、仕方がない、とでもいうかのようにぱたむ、と尻尾で床を叩く。 きっと待っていてもあの男は帰って来ない。早くて真夜中過ぎ、遅ければ明日の朝くらいだろうと見当をつける。クリスマスは彼が帰って来てからの仕切り直しで十分だ。ひっかける程度に履いていたブーツを脱ぎ捨て、ベッドへと膝を乗せた。 「ラピード、一緒に寝よーぜ」 こっち、とベッドを叩いてみるが、分をわきまえている彼は近寄って来るものの、ベッドへ上がってくる様子は見せない。融通の利かないところは本当にフレンそっくりで、む、と眉を寄せてラピードを見下ろし、「じゃあオレが下で寝る」と床の上にシーツを蹴り落とした。わふん、と呆れたようにラピードが鳴いているが知ったことではない。 かき集めた毛布に包まりクッションに包まれ、ラピードに寄り添うように床で丸くなる。この位置からならばテーブルを見上げたところで裏側しか見えず、綺麗に整えられた食事を見て切なくなることもない。 閉じていた目元へ冷たい何かが押し当てられた、ぺろり、と頬を舐められる感覚。すぐそばにある相棒の顔に、ふわり、と口元を緩めて手を伸ばす。彼だってもう一人の主人が返って来ずに寂しいに違いない。それでもこうしてユーリを慰めてくれるのだから。 「大丈夫、明日になりゃ帰ってくる」 鼻筋を撫でてやりながら、そう囁いた。自分に言い聞かせるための言葉でもある。 たとえ今この場におらずとも、きっと明日になれば帰ってくる。ユーリが待っているのだ、この場所にフレンがやって来ない、ということはあり得ない。 「……腹、減ったなぁ」 ぽつり、呟いた言葉が、静かな室内に響いた。 胃が食べ物を求めているという空腹感以上に、無性にフレンという存在が足りていない、とそう感じる。 だから、待つことは嫌いなのだ。 待っている間、飢餓感ばかりが膨れ上がる。 ブラウザバックでお戻りください。 2010.12.24
早く満たして。 |