少年の負けってことで。 うまく乗せられたのだと思う、口が上手く意地の悪いあの男に乗せられているのだとそう分かっている。しかしそれでも敢えてユーリの言う通りに行動してしまうのは、その先の展開を期待しているからに他ならないだろう。 「……だからってやっぱりボクが着てもなぁ」 姿見に映る自分の姿を見やり、カロルはひとりぼやく。ユーリが着るならともかく、と言いかけて、彼もまた同じようないたずらを恋人相手に仕掛けているのだ、と思い出した。本当にやっているかどうかは分からないが、彼の恋人は嘘をつかない誠実な男であるため尋ねれば事実を答えてくれるだろう。それを一番よく理解しているのは他ならぬユーリ自身であり、つまりは本当にミニスカサンタで恋人を出迎えている可能性の方が高い。 「……やらなかったってバレたらたぶん怒る、よね」 態度は不遜だが根は優しく面倒見のいい彼のこと、本気で怒ることはないだろうが、何らかの罰(それはたぶん女装サンタよりももっとカロルにとっては避けたいようなこと)を科せられる気がする。 だとすればとりあえず一時の恥を忍んで、この姿で恋人である年上の男を出迎えるしかないのだろうか。腕を組んで悩み、もう一度姿見を見やった。頭の上から足の先まで目で追い、ふるふると首を振る。 やっぱりないな、と思った。 「うん、ないない。ほんと、ユーリなら似合うかもしれないけど、ボクじゃあダメだよ」 ぽつり呟き、前髪を留めていたカチューシャを取ってベッドへと放り投げたところでこんこん、とノックの音が響いた。 「少年、いるの? 入るわよ?」 ここはギルド凛々の明星のアジトにある、カロルの私室である。クリスマスイブというイベント日、ギルド員の中でここにいるのはカロルだけであり、他は各々出かけていた。騎士団との繋がりもまだ切れていないレイヴンもユニオン本部へ顔を出しており、戻ってくるのはもう少し遅くだと聞いていたのだけれど。 「えっ、わ、ちょ、待って、レイヴン、スト……ッ!」 基本的に何かを隠されることを嫌うタイプであるため、カロル自身も隠し事をしない方だ。そのため突然部屋に入られても困ることはほとんどない。今までもノックと同時にレイヴンが入ってくることはよくあり、それを止めたことは一度もなかった。 レイヴンもまさか制止がかかるとは思っていなかったのだろう。返事を待たずに扉を開けてしまった男は、「ありゃ、ごめ、」と口にしかけた謝罪を途切れさせる。原因は言わずもがな、姿見の前に立つ年下の恋人の姿。 おそらくなんと言い訳をしようか必死で考えているのだろう、大きな目をさらに見開いてレイヴンを見上げてくる少年は、今は少女サンタクロースだった。胸周りにボアのあしらわれた赤いチューブトップワンピースに、計算されたのかというほどぴったりと絶対領域を作り上げる白いニーソックス。いつも上げている前髪が落ちているのは、留めていたカチューシャを外したからだろう、残骸がベッドの上に落ちている。 結局なんと口にすればいいのか分からず、ひ、と口元をひきつらせた少年は顔を真っ赤に染めて今にも泣き出しそうなほど顔を歪めた。若干怯えさえ見て取れるその表情に、正直な心情を吐露すれば、大変に煽られた。 押し倒さず、ただぎゅうとその細い身体を抱きしめるに留められた自分を誉めたい気分でいっぱいだ。 「ッ! レ、レイヴンッ!」 腕の中でじだばたと暴れ始めた少年を抱え込んだまま移動し、ぽふんとベッドのふちに腰掛ける。愛しいサンタを膝の上に抱き上げ、腰を抱き寄せてその肩へ顔を埋めた。 「……なんて格好してんの、少年」 ようやく口にできた言葉はそんなもので、カロルは「ごめん」と小さく謝罪を口にする。 「なんで謝るの?」 責めているつもりは毛頭なく、その理由を問えば、「だって、」と少年は小さく言った。 「似合ってない、でしょ? レイヴンに見せるつもり、なかったん、だけど……」 「じゃあ誰に見せるつもりで、こんな短いスカートはいたの」 「誰に、って……」 そう問われたらレイヴンに、と言うほかない。するり、とスカートと靴下の間の肌を撫でられ、カロルは俯いて唇を噛む。ごめんなさい、ともう一度口にしかけた謝罪は、少しかさついた男の唇によって留められた。 「似合ってないとか、俺様一言もゆってないっしょ。かわいすぎてびっくりした」 で、何でこんなかっこしてんの。 再度問われた言葉に少年は素直に「ユーリとね、」とその理由を口にした。ぽつぽつと紡がれる話を聞き終え、「青年らしいっていうかなんていうか」と男は苦笑を浮かべる。あの男のことだ、賭だ何だはおそらくただの口実で、こちらの関係の進み具合を面白がっているだけに違いない。 「ごめんね、なんか……」 すぐ近くに男すらも惑わすレベルの色香を放つ同性がいるせいか、少年はどうにも自分の容姿に自信がなさすぎる嫌いがある。そもそもあのカップルは基本スペックが常人外であるため比べるのが間違いであり、レイヴンは色白で切れ長の瞳を持つ美人より、丸くて大きな瞳を持つ子犬のような少年が好きなのだ。 「だから、可愛すぎてびっくりしてる、って言ったでしょ」 ほんと可愛くて何て言えばいいのかも分かんなかった。 普段人を煙に巻くような言動を敢えて取ることが多い方だったが、少年に対してだけは嘘偽りなく本音でぶつかるようにしている。それが真っ直ぐに好意を向けてくれる彼に対する精一杯の誠意だと思うからだ。 可愛すぎて食べちゃいたい、と言いながらかぷり、と柔らかな頬へ歯を立てる。小さく跳ねた身体を更に密着するように抱き込めば、ようやく少年はふにゃり、と安心したように笑みを浮かべた。無駄な力が抜けた小さな恋人へキスを落としながら、「ちなみに、」とレイヴンは問いかける。 「ユーリちゃんは何て言ってたの?」 手に入れたミニスカサンタ服を纏ったときの、互いの恋人の反応を予測するという遊び。カロルはあの妖艶な男の恋人は怒ると思う、と言ったらしい。それならばその男はレイヴンの行動をどう予測したのだろうか。 深い意味はなかったのだが、どうしてだかカロルは顔を赤らめて口を閉ざしてしまう。 「カロル?」 名を呼び、ちゅ、と鼻の頭へキスを落とす。 「教えてくれないとほんとに食べちゃうかもよ」 かじかじと歯を立てながらそう甘く囁けば、ぽしょ、と落とされた答え。 前思考を撤回するべきかもしれない、とレイヴンは思った。あの男のことだ、ただただ面白がっているだけだろうと思っていたが、なかなか発展しない関係を危ぶんで発破をかけてくれているのかもしれない。レイヴンだけでなく、ユーリもまた彼が首領とする少年にはひたすらに甘いのだ。 『そのまま抱きついて押し倒す。』 ユーリが放った言葉だというのに、それを伝えたカロルの方が申し訳なさそうな顔をしている、きっとこれもまたあの男の計算通りなのだろう。 うまく乗せられたのだと思う、口が上手く意地の悪いあの男に乗せられているのだとそう分かっている。 しかしそれでも敢えてユーリの言う通りに行動してしまうのは、目の前の少年が愛しくて仕方がないからにほかならない。 ごめんね少年、とレイヴンは喉の奥でくすりと笑って謝罪を落とす。 「この賭、少年の負けってことで」 おっさんこれから少年を押し倒します。 ブラウザバックでお戻りください。 2012.01.15
大変季節はずれですが。 冬コミの時にクリスマス話のミニスカサンタたちが集まったイラストを頂いたんです。 それにカロル先生まで含んで描いてくださってて、嬉しかったので思わず。 あと冬コミにてスぺで手伝ってくれた友人への礼も兼ねて、 帰りの新幹線で書き上げた。 |