Christmas party(本番)


「いい加減機嫌直せよ」
 いつまでふてくされてるつもりだ?

 眉を顰めて紡がれた問いに、不機嫌であることを全面に押し出した男は「別にふてくされてない」と誰も信じないだろうことを口にした。普段の彼からは想像もつかないというほどではないが(何せこの男は他人には見せないがかなり子供っぽい面を持つ)、公の場でこのような表情をすることは珍しいだろう。
 別に騙したわけじゃねぇぞ、と言うユーリへ、分かってる、と悔しげに返事を寄越す。

「だから余計に腹立たしいんだよ」
 少し考えれば分かったのにね、君がこういうところに普通に参加するはずがない、って。

 いつもの鎧を脱ぎ、華美ではないが品の良い正装に身を包んだ男、帝国騎士団団長代理フレン・シーフォは現在、彼が日頃勤務しているザーフィアス城にて開かれているクリスマスパーティーに顔を出していた。出席を打診されたとき、そのような立場ではない、警備する側ですから、と断っていたのだが、主催者である国王陛下自身からの強い要望と、ある一つの条件を提示され結局着慣れぬ服を纏うこととなった。
 ある一つの条件、それがすなわち、幼なじみである男ユーリ・ローウェルの出席である。正確に言うならば、「ユーリもいますから」と、そのようなニュアンスで伝えられたような気がする。本人に確認を取ってみても否定は返ってこなかった。フレン自身このような場は正直苦手で、人脈を固める意味があると分かっていても、顔を出すのは気が進まない。しかし、ユーリがいるのなら多少は気が晴れるだろうと、不承不承出席することにしたのだ。
 結果、確かにユーリはいた。
 いたけれど、フレンと同じ立場の参加者側ではなく、料理を装うウエイター側、つまり使用人としての立場で、だった。
 ギルドの人間であるユーリに頼らなければならないほど、城の人材が不足しているとは思えない。彼のこの形での参加も、おそらくはフレンを釣るための餌だったのだろう。その意味では巻き込まれただけだとも言え、そんなユーリに怒りを見せるのはお門違いだと分かっている。分かってはいるけれど。
 騎士団団長代理として出席するからには、彼にばかりかまけているわけにもいかない。だからクリスマスらしい甘い雰囲気だとか、ムードを求めていたわけではなかった。それでも、普段決して見ることのできないだろう正装姿のユーリを期待していなかった、といえば嘘になるし、できれば彼と一緒に美味しい料理を食べたかった。
 もっと詳しく確認を取らなかった自分が悪い。鼻先にぶら下げられた餌があまりにも魅力的だったものだから、深く考えずに食いついてしまった自分が悪い。
 そう分かってはいてもやはり悔しいものは悔しいし、おもしろくないものはおもしろくないのである。

「その格好のユーリも滅多に見れないから、いいなって思うけど」

 フレンのような正装ではないが、給仕する側としてそれなりに質の良い制服に身を包んでいる。普段首もとを大きくあけたスタイルを好む彼だが、さすがに今日はぴったりと前を閉じ、ストイックな装いだった。

「首が苦しいから早く脱ぎてぇけどな、オレは」

 苦笑を浮かべて言ったユーリは、ほら、とフレンの前に料理の乗った皿を差し出す。立食形式の今日は、参加者は思い思い自分の好きな料理を選ぶことができた。当然国王陛下の主催するパーティーであるため、参加するものたちもそれなりの身分のものばかり。自分で取るということはほとんどなく、ユーリのように料理のそばに控えているウエイターや、お抱えの使用人へ指示をしてあれこれ取らせている。

「ソースだけ軽く味見させてもらったけど、そっちの肉、マジ美味ぇよ」

 このワインに合うと思う、と言ったユーリにグラスを取り上げられた。仕方なく皿を受け取り、フォークを手にする。

「…………」

 フレンのなかでの料理の基準はかなりおおざっぱだ。まずユーリが作ったものと、そうでないものの二つに分けられる。そうでないものの中でおいしいものとまずいものに分かれるのだが、これはその中でもおいしいもののほうに分類して良いだろうと思った。

「ちゃんと野菜も食えよ」

 ユーリが用意してくれた皿はメインの肉だけでなく、野菜もしっかり添えられており、彩り良く仕上がっている。フレンが好きなもの、舌に合いそうなものを考えて盛りつけてくれているのだろう。

「……もうちっと美味そうな顔して食えよ」

 仏頂面のままもくもくとフォークを動かす幼なじみへユーリが言えば、「だって腹立つ」とフレンは返す。

「おいしそうだなって思ったやつが大体乗ってるから、むかつく」

 さきほど並んでいた料理を眺めたとき、食べてみたいなと思ったものが的確に押さえられているのだ。さすがと思うべきか、読まれていると嘆くべきか。おいしいけど、とやはりむすっとしたまま呟いたフレンの隣で、ぶふっ、とユーリが吹き出した。使用人として参加しているのなら、その態度はよろしくないと思うが、おそらく彼は正式に雇われてここにいるわけではないのだろう。制服を借り受け紛れ込んでいるだけ。
 くつくつと笑いながら、「そりゃあ、オレは優秀なウエイターだからな」とユーリは嘯いた。

「主人の食いたい物くらい分かるんだよ」
 ただし、あるひとりの主人専属、だけどな。

 にやり、と口元を歪めて紡がれた言葉に、小さく肩を竦めてだったら、とフレンは口を開く。

「君の主人が次に食べたいと思ってるものを用意してくれるかな」

 綺麗に平らげた皿を付き返し、代わりにワインのグラスを受け取りながら言えば、面白そうに目を細めたユーリが「畏まりました」と頭を下げる。次に彼が用意してくれた皿もバランスよく見事に盛り付けられたもので、空になったワインの代わりに取ってきてくれたシャンパンにも合うものだった。
 二皿目も残さず食べ終え、無言のまま皿を返せば、それを受け取ったウエイターが「デザートは、」と口を開く。

「後ほどお部屋にお届けする、で宜しかったでしょうか?」

 ひっそりと、笑みの形に歪んだ唇から紡がれた言葉。秘め事を囁くかのようなトーンのそれに、フレンは目を伏せてユーリから顔を背けた。

「……とびきり甘いのを頼むよ」

 そんな要望にくつくつと笑った男は「畏まりました」と恭しく頭を下げた。




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2012.12.24
















自分をデザートと言えちゃうユーリさん、マジ、ユーリさん。