sweet alcohol drink


 イベントにかこつける、だなんて正直自分のキャラには合わないと分かっている。分かっていてもそれでもなんとなく時間を作り、なんとなく訪れてしまうのだから、普段あまり会いに来ないことを申し訳なく思っているのか、単に相手に甘いだけなのか、あるいは自分が会いたいだけなのか。それでもきっと彼氏は待っているのだろう。たとえ仕事で夜半まで拘束されていたり、待ちぼうけを食らわされることになっても(何せ今日行くことは伝えていないのだ)、きっとここに来れば会うことはできる。そんな根拠もない確信を抱いていた。

「……んだ、これ」

 いつものように窓から忍び込んだ騎士団長代理の部屋、時間的にはそろそろ夕飯が終わるという頃合いで、さすがにこんな早い時間からここにあの男がいるとは思っていなかったけれど。

『あなたの大切なひとは預かりました。返してもらいたかったら今すぐ私の部屋まで来てください』

 出来の悪い脅迫状のような文章のあとに続けられた署名は、とてもよく知っているお姫さまのもの。彼女の私室を知らないわけではないし、来いと言われたら辿りつけなくもないが。

「大丈夫か、オレ、捕まったりしねぇか?」

 思わずそう呟いてしまうのは、ここへ潜り込む方法が正攻法ではないことを自覚しているからだ。彼女の部屋へ行くまで警備兵に見つからずに進め、というミッションだろうか。何が悲しくて恋人に会いに来た聖なる夜にそんな物騒な真似を、と思ったのも一瞬のこと。

「……おもしろそうだし、いっか」

 残念ながらかあるいは幸いなことにか、ユーリはこの部屋の持ち主ほど真面目に生きているわけではない。刹那主義を気取るほどでもないが、人生楽しんだもの勝ちだとは思っている。とりあえず(一応の保険として)手紙を手にぽてぽてと王女の私室へ向かった(途中二度ほど警備兵をやり過ごした)。ノックをして招き入れられた室内に果たして目的の人物はいたわけだが、一見してその状況を理解できなかったのは、予想外すぎるものであったから、だろう。

「ユーリ、どうして君が……?」
「こんばんは、ユーリ。あなたも一杯如何です?」
「聞いてくださいよ、ユーリ! フレンってどれだけ飲んでも顔色、変わらないんですよ!?」

 そこにはフレンやエステリーゼだけでなく、現皇帝まで揃っていた。彼らが取り囲んでいるテーブルには上品そうな瓶やグラスが並んでいるが、ワインやシャンパンといったものであり、要するにアルコール。どうやら王族ふたりに挟まれ酒盛りをしていたらしい。この聖なる夜に。何をしてんだ、と零れそうになったが、それは自分が言えた義理ではないと思い直す。

「とりあえずじゃあ、一杯」

 差し出されたグラス(アルコール入り)を断る理由もなく、有難く受け取って呷れば思った以上に度数の高いものだった。むせそうになるのを堪えて嚥下し、空になったグラスを手に「どんだけ飲んだんだよ、これを」と胡乱げな瞳を彼氏に向ける。

「それほど飲んでないと思うけど」
「嘘つくな嘘を。おい、エステル、こいつにどんだけ飲ませた」
「えーっと……そのグラスで五、六杯くらい?」
「フレンはアルコールも強いのですね」

 酔い潰すためエステリーゼとふたりで頑張ったのですが、と皇帝陛下ヨーデルが平然と言ってのけた。職務に忠実で真面目すぎる男であるため、今が勤務中であるということはないのだろう。いつもならばやんわりと断るか、適当なところで切り上げるかしていたはずだ。しかし残念ながら今回は相手が悪かったらしい。エステリーゼだけならまだしも、ヨーデルまで加担していては逃げることもできなかったのだろう。何してんだよ、とふたりをねめつければ、「大丈夫ですよぉ」と頬を赤く染めた王女が笑う。

「だってフレン、全然酔ってませんから」

 つまらないです、と唇を尖らせて紡がれた言葉に、「今はな」とため息をついて返した。とっくに空になっていたグラスをフレンの手から奪い、「ほら、帰るぞ」と肘を取って立ち上がらせる。ふらり、とよろけた身体を咄嗟に支えた。やはり相当アルコールが回っているようだ。好きというわけではないが、取り立てて弱いというほうでもなかったはずで、本当にどれだけの量を飲んだ(飲まされた)というのだろう。
 ユーリの腕を握ったままごめんね、と照れくさそうに笑った彼氏の顔はひどく幼い色を湛えている。普段ユーリの前でしか見せないような可愛らしい表情。足のもつれもそうだが、こんな無防備な顔を第三者の前ですること自体、彼の理性が遠のいている証拠だ。

「もう少し頑張れば潰せたかもしれませんね」

 残念です、と笑顔のままひどいことを言ってのけるヨーデルに呆れつつ、「そりゃねぇな」と訂正を入れておく。彼のこの状態は過ぎる酒量だけではなく、もう一つの要素が必要不可欠なのだ。

「まあソレを呼んだのはエステルなんだから、こいつを潰すっつー目的はある意味達成できてるだろ」

 つーことでこれ、と左腕に貼りつく物体を指さして言葉を続ける。

「返してもらうぞ、オレんだから」

 彼らの娯楽には十分付き合ったはずだ。その言葉に、「ええどうぞ」とヨーデルは笑みを浮かべる。同じように柔らかく笑った王女にも同様の許可を得たため、足元のおぼつかない半身を半ば引きずるように部屋へと戻った。


「つーか、クリスマスだっつーのに、オレ置いて自分だけ飲んでるとかどーよ」

 ようやくたどり着いた部屋、大きなベッドに恋人を放り込みながら思わずそう文句を口にすれば、「だって」とユーリを見上げたフレンが言う。

「ユーリ、来てくれるかどうか、分からなかったし」

 だからふたりからの誘いに乗ったというらしい。ヤケ酒かよ、とユーリは眉を顰めるが、そんなことはお構いなしに彼氏はご機嫌の様子だ。「でもユーリ来てくれたね」と横になったまま嬉しそうに笑っている。
 さらりと落ちた髪をかきあげ、ため息をつきかけたところで伸びてくる両腕。どうした、と問う前に「ユーリ、抱っこして」と飛び出てきた言葉に頭痛を覚えた。

「ああ、はいはい。これでいいか?」

 どうやら完全に酔っ払っているらしい男のそばに腰を下ろし、上半身を起こしてぎゅうと抱き締めてやる。ふふ、とフレンが楽しそうに笑ったのが分かった。

「ほら、今日はもう寝ちまえ」

 彼の酒癖が悪いというわけではなく、単純に過ぎたアルコール量とユーリが側にいるという条件が重なり理性が飛んでしまっているだけ。うん、と素直に頷いてくれたはいいが、「ユーリ」と彼はふんにゃりと笑っていうのだ、「着替えさせて?」と。

「あと、手繋いで、一緒に寝て」

 次から次に紡がれる幼い願いに、はぁあああ、と今度こそ深いため息をつく。何でオレが、だとか、子供返り起こしすぎだろ、だとか。ぶちぶちと文句を言いながらもその上着を脱がせ、部屋着に着替えさせてやっているのは何故だろう。珍しい甘え方をする恋人に引きずられているのかもしれない。険しい表情をしながらも世話を焼くユーリを見つめ、フレンはふふ、ともう一度楽しそうな笑いを零す。それがなんとなく面白くなくて、「フレンちゃんは我儘ですねぇ?」と言えば、「そうだよ」と臆面もなく返された。

「僕はね、ユーリにだけ我儘になるんだ」

 だってね、とアルコールで赤くなった頬を緩ませたまま、男は言うのだ、「ユーリは僕のことが大好きだから、僕の我儘を聞いてくれるんだ」と。

「……すっげぇ自信だな、おい」

 言い切られた言葉に呆れた視線を向けながら、着替え終わった彼氏の身体をベッドに横たえ、隣に自分が潜り込むスペースを作らせる。ユーリが横になるのを待っていました、とばかりに抱きついてきたフレンはその体勢のまま「聞いてくれないの?」と首を傾げた。上目遣いのその顔は卑怯だと思う。
 聞くけどさ、と返すしかないではないか。

「ありがとう。ユーリ、大好きだよ」

 恋人からの返答に満足したらしいフレンは、心底嬉しそうに笑ったあと、ユーリの胸にぐりぐりと額を擦りつけてきた。金の髪に指をさしこみ、その頭を抱きしめる。明日、目覚めた彼氏はこの出来事を覚えているだろうか。そう思いながら、「今日はちゃんとお前の我儘きいてやるからさ」とユーリはフレンの頭を軽く上向かせ、額へ触れるだけのキスを落として言った。部屋につれて帰ってきてやったし、だっこもしてあげた、着替えさせてあげて、こうして一緒に寝ているのだから。

「明日はオレの我儘聞けよ?」

 その言葉に上機嫌な様子のままのフレンは無責任に「いいよー」と笑う。

「だって、僕もユーリのこと大好きだから、ユーリの我儘は何でも聞いてあげるんだ」

 真っ直ぐに、嬉しそうに、そして誇らしげに告げられた言葉。
 心のなかで両手を挙げて完敗を宣言する。
 とりあえず、酔っぱらいと子供には勝てそうもない。




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2013.12.24
















ユーリさんが同じことやったらたぶんフレンさんは迷わず襲う。
確実に襲う。