もし明日世界が



 自宅で歌の練習をするならば地下にある練習室へ行った方が効率がいい。しかし、雰囲気をつかんでおきたいだけだとか、歌詞を覚えるだとか、そういったことならリビングでも十分だ。地下へ行ってしまうと一人きりだが、リビングなら誰かしら兄弟がいる。何か用があるわけでもないがなんとなくリビングに集まってしまうのは、せっかくいる家族の顔を見たいからだろう。
 その日も、仕事で一人出かけているリンを除いた四人がリビングに集まっていた。基本的に家にいるときレンはカイトにべったりとくっついている。リビングにいないときはカイトの部屋で同じようにくっついているのだから、その甘え方も筋がね入りだ。ちなみに、ミクはメイコにべったりでリンはと言えば、そもそも家の中であろうと外であろうとじっとしていることが少ない。
 ソファでイヤホンを耳に曲を聴いているカイトに、彼の肩へ背中を預けるように座ってPSPをしているレン。彼らの向かいのソファには雑誌を広げたまま転寝をしているメイコと、彼女の太ももを枕に昼寝にいそしんでいるミクがいる。

「これ、次に歌う歌?」

 ゲームがひと段落ついたのか、カイトが手にしていた歌詞を覗き込みながらレンがそう言う。「そうだよ」と兄はいつものように優しく笑みを浮かべた。
 イヤホンを片方貸してもらい一緒に曲を聴く。小さく口ずさむ兄の声に耳を傾けた後、レンは「ここの歌詞、好きだな」と呟いた。

「『明日世界が終わるのに君が足りないとこの胸が哭く』って。なんか、いいね」

 ぎゅう、とカイトの細い腰に抱きつきながらレンが言った。

「ねぇ、兄さん。もし明日世界が終るなら兄さんはどうする?」

 歌詞に沿ったことを尋ねられ、カイトは小さく首を傾げる。

「どうするって言われても。……やっぱり、アイス?」

 世界が終るならばおそらく自分も終わるのだろう。それならば最期ぐらい好きなものを食べておきたい。そう答えると「兄さんらしい」とレンが笑った。

「でも世界が終わるのにアイス食べてる場合じゃないかな、やっぱり」

 照れたように笑ったカイトはそう続ける。

「じゃあどうするの?」
「うーん、歌う、とか?」

 彼らボーカロイドにとって歌うことは呼吸をすることと同じくらいに自然で、当り前のことだ。おそらく明日世界が終るとしても歌うことはやめないだろう。
 カイトの言葉を聞いたレンは「それもまた兄さんらしいけどさ」と唇を尖らせた。何やら答えに不満があるらしい。

「そういうレンは? 明日世界が終わるならどうする?」

 弟好みの回答ができそうもないため、逆に聞いてみる。すると彼は「兄さんと一緒にいる」と再び腰に抱きついてきた。

「俺は最期まで兄さんと一緒にいる」

 そういう答えを少し期待してたんだけどな、と見上げてきたレンを見下ろして、カイトは「でも、だって」と口を開いてすぐ閉じた。

「だって、何?」

 途中で止められた言葉の続きが気になり促すと、カイトはふいと顔をそむけて「だって」と小さく呟く。

「世界が終わらなくてもおれはレンと一緒にいるから」

 だからたとえ世界が終わるときであろうと、一緒にいるのは当り前のことだ、とそうカイトは言った。
 兄の目尻がうっすらと赤く見えるのは気のせいではないだろう。視線を合わせようとせずにそっぽを向いているその横顔も愛しい。
 上体を起こしてカイトの頬へ手を伸ばす。素直にレンの方を向いたその唇へ自分のものをそっと重ね、「兄さん、大好き」と囁いておいた。




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2008.09.23





















甘い。
すっごい好きな曲。もっと評価されるべき。

「終わる世界で」 ttp://www.nicovideo.jp/watch/sm3964535