新年じゃなくても


 新年は羽入と二人きりで迎える、という梨花に「私も一緒がいいですわ!」と沙都子が言ったのが二日前。兄である悟史が帰ってくるまで家族として暮らしていたのだ、今別々に暮らしていることに違和感を覚えるほどの間柄なのだから彼女がそう言い出すのも当たり前で、そんな妹へ「僕のことは気にしなくていいよ」と悟史は笑みを浮かべて言った。

「あ、じゃあ悟史は俺んち来る? それとも俺、お前んち行こうか?」

 今年最後に、と皆で集まって遊んでいたところだったので、聞いていた圭一は思わずそう声をかけた。前原家は圭一が起した事件のこともあり、あまり親戚づきあいをしない。新年だからといって挨拶に出かけることもない。出かけたとしても父親の仕事関係だから圭一には関係がない。寝正月で済ませよう、と思っていたので、悟史が来るなら退屈な正月番組も面白くなるかもしれない。

「まあ、圭一さん、たまには良いことを言いますのね! にーにー、そうなさいませ。にーにーを一人にしておくなんて、心配で仕方ありませんもの」

 沙都子に言われ、悟史は苦笑を浮かべる。そして「じゃあ、迷惑じゃなければお邪魔してもいいかな」と遠慮がちに言われた言葉に、圭一は笑顔で頷いた。

 一人っ子であるため、友達が遊びに来ると両親は手放しで喜んだ。子供が増えると家の中が賑やかになっていい、と。特に引っ越す前は友人を連れてくることなどなかったため、同年代で同性の悟史は両親のお気に入りだ。
 年越しそばを食べてコタツに入り、みかんとお茶をならべて紅白を見る。

「今年はどっちが勝つと思う?」

 そう問いかけると、剥いたみかんを圭一へ渡しながら悟史は「うーん」と首を傾げた。みかんくらい一人で剥けるし食べられるのだが、物心ついたときから妹の世話をしていた悟史はこうしてよく圭一のために何かをしようとする。始めは照れていたのだが、あまりに自然なその行動にそのうち慣れてしまった。悟史が戻る前は周りが女の子ばかりで、魅音の方が年上とはいえ自分がしっかりしなければ、と無意識に力んでしまっていたのだろう。甘やかしてくれる悟史の隣はずいぶんと居心地が良い。

「圭一はどっちだと思う?」

 逆に尋ねられ、「赤かなぁ」と答えた。別に何か思ってのことではない。今年初出場だというアイドルが可愛かったのだ。圭一らしい、と笑った後、悟史は「じゃあ僕は白組にしておくよ」と続ける。

「もちろん外したら罰ゲームでしょ?」

 何も言っていないのにこう提案してくるあたり、悟史も立派な部の一員だと思う。どんな小さな事柄でも勝負事に罰はつき物だ。

「当たり前だろ! そうだなぁ、雑煮の一気食いだと死んじゃうかもしれないし」
「オーソドックスに勝った方の言うことを一つ聞く、っていうのは?」

 悟史の提案に、「今年最後はそういう地味なのにしとくか」と圭一も頷く。地味だ、と圭一が思うのは実際にやる事柄が提示されていないからで、むしろほかのどの罰ゲームよりもきつい可能性があることに、紅白のそれぞれ最後の歌手が歌い終え白組代表者が優勝旗を手にして笑っている姿を見たあとに気が付いた。
 ふふふ、何してもらおうかな、と笑う悟史の笑顔がはっきり言って怖かった。思わず後ずさってしまいそうになるほど。コタツの中で悟史の手が圭一の腕を掴む。普段は女性陣に押されがちで、大人しい彼だが、いざとなるとその行動力はレナでさえ舌を巻くほど。同じ男として憧れる部分ではあるが、それは自分が巻き込まれない場合に限っての話であり。
 付け放たれたままのテレビからは除夜の鐘の音。行く年来る年を眺めながら、今年一年のことを振り返る圭一の両親。さすがに彼らのいる前で無体なことは要求しないだろう、女装グッズだってここにはないし、今から外へ出るわけにもいかない。しかしだからこそ逆に限られた空間で何を求められるのかが分からずに怖い。
 引きつった表情を浮かべる圭一を無視するように、つつがなく年は明けた。

「あけましておめでとう、圭一、悟史くん。今年もよろしく」
「今年も圭一と仲良くしてやってね」

 笑ってそう言う両親へ、「こちらこそ、今年もお世話になります」と笑顔で返している。

「おめでとう、圭一。今年もよろしくね」
「お、おう。おめでと、こっちこそよろしく」

 十二時も回り、夜更かしが許されるのもここまでだ。子供は早く寝なさい、と寝室へと追い立てられる。歯を磨く間も布団を敷く間も悟史が何も言わなかったため、罰ゲームを忘れてしまったのか、それともなかったことにしようとしてくれているのだろう、とそう思って部屋の電気を消そうとしたところで。

「あ、ねぇ圭一」

 言葉と同時に圭一は電灯のヒモを引いており、室内に闇が落ちる。何か言い忘れたことでもあったのだろうか、もう一度電気をつけようとした圭一の腕を、悟史が掴んだ。まだ暗闇に目が慣れておらず彼がどこにいるのかも良く分かっていないのに、何故正確にこちらの位置を掴めるのだろう。
 そう疑問に思っていた圭一の耳に「キス、してくれる?」と悟史の声が届いた。数秒の空白の後、「は?」と圭一は間の抜けた返事をする。

「だからキス。ほっぺじゃ駄目だよ。ちゃんと唇に。新年だからこれくらいはいいでしょ?」

 ね、と言われてもはい分かりました、と頷けるはずがない。

「え、な、何で? つか、急すぎね?」
「だって、さすがにご両親の前じゃ嫌でしょ?」
「や、そりゃ嫌だけど、何でキス?」
「勝った方の言うことを一つ、きいてくれるんじゃなかったっけ」

 だからキス。

 腕を引かれ、バランスを崩した圭一を悟史は柔らかく受け止める。見た目は優男で華奢に見えるが、スポーツをやっているだけあり彼は意外としっかりとした男の体つきをしている。それが分かるのはこうして抱きしめられているからで。

「圭一、顔、赤くなってる?」

 いくら目が慣れてきたからとはいえ、そんなところまで見えるはずがない。それなのに現状を正確に言い当ててくる悟史に、圭一は「なってねーよ」と唇を尖らせた。

「大丈夫、ここには僕たちしかいないし、しかも真っ暗だからお互いよく見えてない。恥ずかしがることなんてないでしょ?」

 それとも、と悟史は言葉を続ける。

「魅音に振袖借りて、女装したまま初詣する?」
「それは嫌だ」

 二つ目の提案に圭一は間髪いれずに拒否の声を上げる。いくら女装姿で村中を歩き回ったことがあるとはいえ、新年早々それは恥ずかしすぎる。しかも悟史のことだから確実に古手神社に、と言い出すだろう。名もない小さな神社ではない。あの古手神社だ。村中の人間が集まるのは目に見えているわけで。

「……キス、する……」

 一応二択の形を取ってはいたが、圭一に選択権はないも同然だった。小さく呟かれた言葉に悟史はにっこりと嬉しそうに笑った。
 暗い部屋の中、並べて敷かれた二組の布団の上に座り込んで、手探りで悟史の顔に触れる。そっと両手で頬を支え、顔を近づけると暗闇の中でも悟史の整った顔立ちがはっきりと見えた。

「……目、閉じてろよ」

 圭一の拗ねたような物言いに悟史はくすくすと笑って素直に目を閉じた。頬では駄目だ、と事前に釘を刺されているため額や鼻の頭でも許しては貰えないだろう。意を決して唇を触れ合わせると、同時に悟史の目が開いた。

「!」

 閉じていろと、言ったのに。
 驚いて離れようとする圭一の後頭部を悟史が抑え込み自分の方へ引き寄せる。

「ぅ、……っ、ん」

 うっすらと開いた唇から侵入してきた柔らかな舌が、圭一の口内を好き勝手に犯していく。絡み合う舌に、ぴちゃ、と小さく響く水音。鼻から抜ける甘ったるい吐息。
 新年早々何をやっているのだろう、と思いはしたものの、口の中で生まれる緩やかな刺激が気持ちよくて、悟史の体温が暖かくて、なんだかどうでもよくなってしまった。
 その上ようやく離れた彼が「今年もいい年になりそう」と言うものだから。
 本当に嬉しそうにそう言うから。

「……罰ゲームじゃなくても、新年じゃなくても、キスくらい、するのに」

 それを聞いたときの悟史の笑顔が暗闇の中でもはっきりと見え、今年もいい年になりそうだ、と圭一は思った。




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2008.01.05
















あけましておめでとうございます。
久しぶりすぎて口調が分かりませんでした。
しかしこの時代って紅白、誰が出てたんだろうね。