「やればできる子ですから大丈夫」


 まずい。
 この状況はまずい。
 というか、そもそもどうしてこんなことになってるんだ?
 許容量が少ないと日ごろから罵倒されているエイトの脳みそは、それでもフル回転して事態の収束に努めようと躍起になっていた。
 売り言葉に買い言葉とでもいうのだろうか。考えずに発言するツケが回ってきたのは分かるが、何もこんな形でなくても、と思う。

「おーい、エイトくん、大丈夫? 固まってますけど?」

 言葉に余裕があるのがムカつく。

「やっぱりエイトにはまだ無理だったかな。やめとく?」

 笑いながらも宥めるように頭を撫でられ、思わずうっとりと目を細めかける。しかし、自分でやると言ったのだ、ここでひいては男が廃る。

「やればできる子ですから大丈夫」

 お気遣い無く!

 彼の手の中に握られた金属製の知恵の輪が、力任せに引っ張られた所為で無残にも破壊されてしまうのはこの数分後のこと。


**


えっちいオチを避けてみた。






「愛や恋で括れる関係じゃないんでね」


「エイト、待った。大魔法反対」

 酒場でエイトが酔っ払いに絡まれていた。彼はあの性格であの知能だが、顔だけは良い方に入るだろう。言動さえ無視すれば思わず連れて帰りたくなるのも分からなくはない。
 しかし、残念ながら相手はエイトなのだ。一筋縄ではいかない性格をしている。
 酔った男に言い寄られ、始めは適当にあしらっていた彼だが、男のしつこさに腹が立ってきたらしい。エイトの魔力が高まる瞬間に気付けた自分を誰かに褒めてもらいたいくらいだ、とククールは背後から彼の口を押さえ、ライデイン発動を阻止しながらそう思った。

「もがもがもがふが」
「お前、それ本当に『もがもが』言ってるだろ。喋れないほどふさいでねぇぞ、オレは」

 一応エイトの魔力が静まっていることを確認してから、そう言って頭を殴っておいた。自由になった口で「痛い」と小さくエイトが呟く。

「とりあえずにーさん、これ、貸し出し不可だから諦めてくれるか?」

 小さなエイトを抱え込むようにしながら、目の前の男へそう言い放つ。大抵の男はそう言うだけで大人しく引き下がるものだ。自分よりも顔の良い人間と張り合おうとは思わないのだろう。
 しかしその男は酔いのせいもあるのだろう、「なんだよ、お前は」とククールを睨みつけてきた。

「そいつの恋人か何かか?」

 そいつ、とエイトを顎で指しながら酒臭い息を吐き出す男へ、「誰がこんなやつなんか」とエイトが唇を尖らせた。

「じゃあ貸すも借りるもないだろうが」

 引っ込んでいろ、と虫を追い払うかのように手を振る男に、ククールはため息を一つ零す。聞きとめたエイトが首を傾けてこちらを見上げてくるが、まるで捨てられた子犬のようなその仕草にため息をもう一つ。

「確かに恋人じゃないな。オレら、愛や恋で括れる関係じゃないんでね」

 意味が取れないらしく、男は「なんだそりゃあ」と眉をしかめる。そんな男へにやり、と笑みを向けて、「こういう関係」とククールはエイトの唇を奪った。
 熱烈なキスシーンを見せ付けられ興が冷めた男が去ったあと、「肉体関係?」と小さく首を傾げたエイトに、ククールはもう一度ため息をついて「保護と被保護の関係」と嘯いておいた。


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嘘は言ってない。






「浮かび上がれぬほどに引きずり込んで」


 おかしいよな、と薄暗い部屋の中、気だるさの残った声が小さく呟く。彼の銀髪を指で辿りながら何が、と尋ねれば、「だってオレ、女の子が好きだったはずなのにさ」と今更な言葉が返ってきた。

「お前だってまさかオレとこんなことになるとは思ってなかっただろ」

 少しだけ悪いことしたなと思わなくもないんだぜ、と珍しく殊勝に言うものだから、思わずくすりと笑みがこぼれた。

「何で笑うんだよ」

 少し膨れてそう言う彼が可愛くて、また笑いそうになったがここは押さえ込んできゅうと首筋に抱きついた。

 悪いなと思うならさ、と耳元で囁く。

 もっともっと深くまで。

 浮かび上がれぬほどに引きずり込んで。

 どうせなら一緒に沈んでこうぜ。



**


一緒ならそれも悪くない。






「何もかも分かったような顔をするな」


「何もかも分かったような顔をするな。俺のこと、何も知らないくせに」

 頬を膨らませ、ふいと顔を背けたエイトの腕を引き寄せ、宥めるように頭を撫でる。

「そりゃまあ他人だからな。すべてを知るなんて無理な話だ」

 できることなら彼のすべてを知っておきたい、彼のすべてを手に入れておきたい。自分がそんな醜い独占欲を抱いているなど、エイトは知る由もないだろう。ククールがエイトのことを知らないのと同じように、エイトもククールのことを知らないのだ。

「でもだから人は会話するんだろ。話をして相手を知ろうとするんだろ」

 そして自分のことを分かって貰おうとするのだろう。

「オレの知らないお前を教えてよ」

 抱きしめたエイトの耳元でそう囁くと、「俺がこんなにもお前を好きなこと、お前、知らないんだよ」と小さな呟きが返ってきた。


**


小ネタはワンシーンだけだからどうも甘くなる。






「向上心0の君が好き」


「もっともっと好かれたいとか、愛されたいとか、優しくされたいとか思わないの?」

 どんな会話の流れだったのかは思い出せないが、ククールのその問いにエイトはきょとんとして首を傾げた。

「普通はそう思うものなの?」

 ここでイエス、と答えようならきっとエイトは「じゃあそう思うようにする」と言うだろう。それでは駄目だ、とククールは「思う人もいるかもしれないな」と答えをはぐらかす。

「エイトはどうなの?」

 もう一度尋ねると、今度は逆方向へ首を傾けて考えた後、ふるふると首を横に振った。

「どうして?」

 もっともっとオレに好かれたいとか、愛されたいとか、優しくされたいとか思わないの?

 エイトを抱き寄せて尋ねるもやはり彼の返答は否。「だって」とエイトはククールの胸に体を預けながら口を開く。

「今ククールは俺が好きなんだろ? 愛してるんだろ? 優しくしてるんだろ?」

 逆に尋ねられ、ククールはもちろん、と頷いた。それに満足したように笑って、エイトは言う。

「じゃあそれだけでいい」
 これ以上は望まない。

 予想外のその答えに思わずにやけそうになる自分を叱咤して、「そんな向上心0のお前が好きだよ」と返しておいた。


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向上心も欲もない。




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2009.05.05
















台詞お題を使った小ネタその二。