「そんな優しさいらねぇ」


 出生の秘密、などエイトには今更もいいところの話だった。つまりはどうでも良かったのだ。己がどこで誰の間に生まれ、どのようにして育ち、どのようにして失ったかなど。
 生まれてこの方家族などというものを持ち合わせたことのなかった彼には、失った何かに想いを馳せることさえできなかった。自分にも人並みに両親がいたなんて想像したこともなかった。ましてや祖父が今目の前におり、さらには孫として自分を扱ってくれるなど。
 すまなかった、とトーポだった彼は言った。目に涙を溜めて辛い思いをさせた、と深々と頭を下げた。彼が言う辛い思いがなんのことなのか、エイトには一切理解できず、ただ曖昧に笑って大丈夫だから、と言うほかなかった。
 震えた皺だらけの手がエイトの頬を撫で、頭を撫で、本当に愛おしそうに優しく抱きしめてくるものだから。
 今まで自分には関係のないものだと思っていた家族としての無償の愛を、惜しげもなく向けてくるものだから。
 その暖かさと、力強さが。
 不意に怖くなって、
 逃げ出した。

「そんな優しさいらねぇ」

 どうしていいのか分からない。
 なんと答えていいのか分からない。
 向けられるだけの愛情を返してあげられるか分からない。
 だって優しくされてもいい人は、優しくされるだけ価値のある人で。
 それはたとえば我が子であったり両親であったり、生涯をかけて誓い合った人であったり。

「だから、グルーノさんにとってはお前はその価値がある人間だってことだろうが」

 たとえ今はそれを理解できずとも、とりあえずは彼の側にいろ、とククールはエイトの頭をゆっくりと撫でた。

「逃げ出されてかなりしょげてた。やっぱり許してもらえないのだろうか、って」
「ゆ、許すもなにも、あの、あの人は悪くない!」
「あの人、じゃないだろ。お前の祖父さんだ」
「俺の……」
「そう、お前の」

 じーちゃん、とポツリと呟き、エイトは背後を振り返った。グルーノの自宅からほのかの漏れる柔らかな光から目を背け、俯いて小さく呟く。

「よく、分からないけど、俺のせいでじーちゃんは、悲しんでる」
「そう、お前はそれでいいの?」

 よくない、と顔を上げて言ったときの彼に迷いはなく、一直線にグルーノの家へと戻っていった。
 これで少しでも、とククールは思う。
 少しでもエイトが家族を理解してくれたら、もしかしたらいつか、と。
 いつか、愛されている自分も理解できるようになるのではないだろうか、と。
 そうすれば、今までひっそりと抱いていたこの想いも。
 少しは報われるのではないか、と。
 そう思った。


**


エイト成長物語。






「空気と思ってくれればいいよ」


 一度落ち込むととことんまで深みに嵌る。それがククールという男だった。
 彼の落ち込みは九割九分九厘の確率で唯一の肉親が原因。

「オレに話しかけるな、一人にしてくれ」

 例えどれほど気心の知れた仲間であろうと、こういうときの彼は一人でいたがる。誰も寄せ付けない空気を作り、ただ一人で黙々と思考に耽る。
 今までに何度かあったが、そのたびにエイトを含めた仲間達は彼をそっとしておいた。しばらくするといつもどおりの彼に戻る。それを待つのだ。
 野営をする仲間達の輪から少し離れた場所に腰を下ろしていたククールに声をかけると、思ったとおり「話しかけるな」という拒絶の言葉。しかし、エイトは今回は何を思ったのか、すとん、とククールの隣に腰を下ろした。
 常にない彼の行動に、ククールがぴくりと眉を動かす。

「気にしないで、俺のことは」

 空気と思ってくれればいいよ。

 あっさり吐き出された言葉はまるで。

「愛の告白みたいだな」

 思わずそう呟くと、エイトは「そのつもりで言ったから」とにっこりと笑った。


**


貴方にとって、いないと生きていけないような存在にしてください。






「心残りがあるとすれば…お前だけだ」


「ぎゃあっ! 寝るな、ククール、寝たら死ぬぞっ!」

 魔物の群れとの戦闘中、運悪くラリホーをくらいあっさりとそれにかかってしまったククールへ、エイトがそう言葉を投げつける。何とか襲い来る睡魔を振り払おうとしているククールは、眠気を追い払うように頭を振った。しかし魔法の力にはどう足掻いても勝てない。膝をつく彼へエイトが慌てて駆け寄る。

「ククール、起きろ! 寝るな!」
「エイト……」

 胸倉を掴んで揺さぶり起そうとする彼の名を呼んで、「オレは、もう、駄目だ……」と小さく呟く。

「オレのことは構うな……ここまで来れたんだ、心残りは、ない、さ」
「ククール……」
「心残りがあるとすれば…お前だけだ」

 オレが眠っても泣くんじゃないぞ、と囁いてがくりと首を落とす。そんなククールにすがり付いてエイトが盛大に泣き声を上げた。

「ククール、お前が眠ったら、俺はどうしたらいいんだよ……っ! お前がいない戦闘なんて、俺、俺……っ!」

 頭を振ってそう叫ぶエイトの声に「い、い、か、らっ」というゼシカの言葉が重なった。



「戦え、馬鹿リーダーッ!!!」



 戦闘終了後、たたき起こされたククールと共に、ゼシカに盛大に叱られたのは言うまでもない。


**


そりゃゼシカでなくても怒るわ。






「常夏の阿呆め!」


「ククール、あのね、すごく言いにくいんだけど」
「じゃあ言わなくていいと思うぜ、オレは」

 街道脇で野営準備をしていたククールへ、頬に手を当てて困り果てたような顔のゼシカがそう声をかけた。彼女がこういう顔をするときはろくなことがない。女性にはすべからく優しくするというモットーを持つククールではあったが、ゼシカは別だ。家族に対して取り繕う必要はない。

「そんなこと言わないでよ。エイト係はあんたでしょう?」
「いつそんな係決めたんだよ。つかオレはそんなもんになった覚え、ねぇぞ」
「うん、でもほら、世の中民主主義だし。少数は多数に押さえ込まれる世知辛さも知ってていいと思うわ」
「笑いながらそういうこと言うか、普通」

 はあ、と大きくため息をついて覚悟を決める。ここでゼシカと会話をしていても問題解決には至らないからだ。「で?」と先を促したククールに、ゼシカは苦笑を浮かべた。彼女も一応は申し訳ない、と思っているらしい。

「あっちでね、パペット小僧と張り合ってるの。なんかもう、ツッコミ入れるのも馬鹿らしくて」

 でもそろそろご飯だし、パペット小僧とはいっても魔物だし、とゼシカは続ける。つまりは人形劇対決を繰り広げている馬鹿リーダを回収してきて欲しいらしい。ククールはもう一度大きくため息をつくと、「あの常夏の阿呆め!」と悪態をつく。
 ぶちぶちと文句を言いながらも立ち上がったククールへ「春じゃないの?」とゼシカは尋ねた。
 エイトの頭の中といえば一年を通して春、というイメージがある。見たこともない花が咲き乱れているに違いない。しかもそれが頭から飛び出てるものだから、周囲の人間にまで影響が及ぶ。
 ククールは彼女の言葉にふるふると首を振った。

「ちょっと前まではオレもそう思ってたけどな」
 あの阿呆具合は春を通り越して真夏真っ盛りだ。

 吐き捨てるような言葉の割りに、それほど迷惑そうな顔をしていないのを、おそらく彼は気付いていない。


**


仕方ねぇな、と言いながらどこか嬉しそう。






「頼むから心配させんな」


 たとえ何があろうとも戦闘中、パーティリーダはうろたえてはならない。動揺を見せてはならない。どんなに心強いメンバであろうとも、リーダの行動がパーティの命運を左右することもある。生死を背負った戦いに甘えは禁物だ。あくまでも冷静に、かつ合理的な判断が必要となる。

「だからって、そんだけ血が出てる傷、放置するなよ」

 戦闘終了後、じわり、と服に染みを作るだけでなく、ばたばたと地面へ滴るほどにまで血を流していたエイトは、ククールの心配どおりそのまま倒れてしまった。軽い怪我だ、と言った彼の言葉を信じていたゼシカとヤンガスは驚いていたが、ククールにしてみればあんな嘘をよくも平然と言えたものだと思う。

「確かに回復にターン割くよりは早く戦闘は終わってただろうけどさ」

 慌ててベホイミをかけて傷はふさいだが、失った血液は取り戻せない。小休止となった街道脇、草の上に横になったエイトの側に座ると、彼は視線を向けて「ごめん」と謝る。その顔色は悪く、軽い貧血を起しているのだろう。
 いつも元気な彼がこうして横になっている姿だけでも痛々しいのに、その腹部はいまだ血に濡れたままで、その赤黒さに眩暈がする。
 エイトが倒れたとき、一瞬頭の中が真っ白になった。
 酷い怪我だが死ぬほどではないと理解していたにもかかわらず。
 失う恐怖に混乱しかけた。
 冷えた手を額に翳され、「頼むから心配させんな」と小さく呟かれた言葉に、エイトはもう一度謝っておいた。


**


自らを省みない。




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2009.05.05
















セリフお題ドラクエその3。