「全部はいらない」


 甘い睦言の最中に「オレを全部お前にやるよ」と囁けば、「全部はいらない」という拒絶が返ってきた。少しだけショックを受けながら、平然を装って「どうして」と聞いてみれば、「全部貰っちゃえばそこで終わりな気がするから」と返ってくる。


「くれるっていうなら、少しずつ一生かけて貰うから」


 だから一度に全部はいらないのだ、と。
 そう言うエイトが可愛くて、ベッドの中でぎゅうと抱きしめた。


**


そしたらずっと一緒にいられるから。






「つまりは俺が悪いんだろ?」


 どさり、と勢いよくベッドへ押し倒され、エイトは顔をしかめる。

「いきなり何すんだよ、おい、ククー、ッ」

 文句を言おうと覆いかぶさる人物を見上げるも、続けられるはずだった言葉は彼の唇によって防がれてしまう。ぬるり、と当然のように侵入してきた舌から懸命に逃れながら、エイトはククールの背を叩いて懸命に抵抗の意を示した。

「っ、せ、めて、何か言えっ」

 長く深い口付けから解放されたはいいが、休む間もなく体への愛撫を施され、息も絶え絶えにそう言う。青いチュニックをたくし上げて現れた素肌へ吸い付きながら、「言っても分かってもらえなさそうだから言わない」と答えにならない答えが返ってきた。

「な、んだよ、それッ! 言って、みなきゃ、わかんねーだ、ろっ、ぁ」

 外気に触れた刺激で少しだけ立ち上がっていた右胸の突起へ吸い付かれ、びくり、と体が震える。そのまま歯でこりこりと噛まれ吸い上げられ舌先で擽られると、エイトの腰が揺れ始めた。

「ちょ、ヤッ……!」

 もどかしいその快感にともすれば流されそうになる。それを懸命に堪えていると、不意にククールが面を上げた。
 唾液で光るそこへ一度ふう、と息を吹きかけ、エイトがその刺激に震えている間に唇を奪う。軽く重ねたあと吐息が触れ合うほど離れて、「だってお前さ」とククールは口を開いた。

「あんな知らないやつにべたべた触らせてんだもん。あれ、絶対お前狙いだったぞ。お前、頭と性格は悪いけど顔は可愛いし、いくら情報集めっつったって、あそこまで馴れ馴れしくされたら嫌がるとかしろよ」

 オレ、すっげームカついてたの、分かってる?

 もう一度軽いキスをして問うと、エイトは震えながらこくこくと頷いた。そして大きく息を吐き出した後、少しだけ潤んだ目を向けて口を開く。

「つまりは俺が悪いんだろ?」

 その言葉にククールは「まぁそうなんだけどさ」と肩を落とした。おそらく分かってない。ククールがどうして腹を立てたのか。まったくもって理解していない。

「もういいよ、とりあえず黙ってろ」

 そう言って深く口付け、今度こそ完璧にエイトの言葉を封じ込めた。


**


そういうことをエイトへ理解させるのは難しいですよ。






「お前なんてお星様になっちまえ!」


 ぷくぅ、と頬を膨らませたエイトの視線が痛い。

「…………」

 無視しようにもじとっとした視線が纏わりついてきて、鬱陶しいにもほどがある。

「………………」

 はあ、と大きくため息をつく。エイトの眉間の皺がぐっと深くなった。それはまるで、今にも泣き出しそうなのを懸命に堪えているかのようで。

「あのな、エイト」

 その表情を直視してしまったため、声をかけないという選択肢が綺麗に霧散する。

「とりあえず誤解してるようだから言うけど、あの女とは何でもないぞ」
「でもキスしてた」

 間髪いれずに返された言葉に、やっぱり見てやがったか、とククールはもう一度ため息をついた。
 タイミングが悪かった、としか言いようがない。確かにキスをしていたのは事実だが、あれはされたのであってしたのではない。ずいぶんと積極的な女で、顔も体も好みだったが、誓ってククールから手をだしたわけではない。

「向こうからしてきただけだって」
「でもお前、俺が見えなかったらそのままあの女とやってたろ」

 きっぱりと言い切られた言葉に、ぎくり、とククールの顔が強張った。その反応が、エイトの言葉が事実であるということを如実に語っている。

「――ッ! 知ってたけどっ!」

 だん、と背を預けていた大木の幹を殴り、エイトがそう声を荒げた。

「お前が女にだらしないことも、ここ最近俺しか相手にしてなかったことも、女がご無沙汰だったってのも全部分かってたけど!」

 エイトの怒気が更に強まり、ついでにとでもいうかのように魔力も高まっていく。

「ちょ、ま、待て、エイト! 魔力を高めるな! つか、あんな女、遊びだって! 本気なのはお前だけだから!」
「知ってるよ、そんなことくらい!」

 それでも、とエイトは叫ぶ。

「ムカつくのはムカつくんだよっ!」
 お前なんてお星様になっちまえ!

 放たれた全力でのベギラゴン。

「バッ、おまっ、台詞は可愛いがそれじゃあオレ、星になる前に炭になるっ!」

 襲い来る火の魔法から慌てて逃げ出しながらも、あからさまな嫉妬にほんの少しだけククールが嬉しく思っていることをエイトは知らない。


**


ククールの浮気は仕方ないと思いながらもやっぱり許せないエイトさん。






「人とは認めないので人権法は適用されません」


 まさか、と人は思うだろう。
 今現在、世界が崩壊の危機に瀕していること自体もそうだが、その闇を追い払うために立ち上がったパーティのリーダが、こんな少年であることも人は信じられまい。

「……まあ、人は見かけによらないっていうでげすからね」
「ヤンガスなんかその典型的な例だもんなぁ。顔は怖いのに」
「褒め言葉として受け取っとくでげすよ、それ」

 目の前で繰り広げられる惨事からそっと目をそらし、ヤンガスとククールはそんな会話を交わす。現実を直視したくないが故の行動だが、普段それほど親しく話す間柄でもないので、たまにはこういうのもいいか、とククールは思っていたりする。

「つーかさ、なんだってヤンガスはこんな旅をしてんだ? オレやゼシカはほら、親族の仇ってのがあるけどさ」

 始めはそれを追っていたはずだったのだが、思えばずいぶん遠くまできたものだ。ここまで来たら引き返すことなどできるわけもない。最後まで付き合う、とリーダに伝えたのも遥か以前のようで実際にはつい最近の事柄だ。

「アッシは受けた恩義は必ず返す主義なだけでがすよ」

 ただそれだけのはず、だった。
 そう言ってヤンガスは少しだけ遠くを見つめる。

「…………返す相手があれだと返し甲斐もないな」

 呟くククールに彼は大きな頭をゆっくりと横に振った。

「甲斐とかそういうんじゃなくて、兄貴を知れば知るほど逆に離れられなくなっただけでがすよ」

 彼らの視線の先にはパーティの紅一点、ゼシカに猛反発しているリーダ、エイトの姿。

「ひでぇよゼシカ! 少しくらいいいじゃん!」
「あんたの場合少しじゃなくて渡したお金を全部飴玉にしちゃうから駄目だって言ってんのよ!」

 きっぱりと言い切られ、エイトは「そんな」と悲痛な声を絞り出す。

「ゼ、ゼシカ! 基本的ジンケンって言ってだな、人は最低限ブンカテキな生活はホゴされてるんだぞ!」
 俺から飴を取り上げるなんて、ジンケン侵害だ!

 知っている語句の中から難しそうなものを選び、精一杯反論しているようだが、如何せんその抗議の内容が「一週間お菓子禁止」に対するものだから、見ていて頭痛が起こるのも仕方がない。

「あんたは人とは認めないので人権法は適用されません」
「あ、いや、さすがに人としてくらいは認めてやれよ」

 あまりにも酷い物言いに気の毒になったククールがそう口を出した横で、ヤンガスが「心配すぎて兄貴から離れるなんてできるわけがねぇでがすよ」とため息をついた。


**


「兄貴、アッシがこっそり買ってくるでげすから、それで我慢するでがすよ」






「たとえ話なんだけど


「もし仮にオレが死んだらどうする?」

 そろそろ夜も更けようか、という宿屋の一室で、不意にそう問われたエイトは少しだけ考え込んだ。そして首をかしげたまま「墓を、掘る」と答えを口にする。

「ずいぶん寂しい答えだな」
 取り縋って泣くとか、ないの?

 そう言いながらもククールの口調はどこか楽しそうで。

「じゃあ泣きながら墓を掘る」

 うん、と一つ頷いて、エイトは「たとえ話なんだけど」と言葉を続ける。

「もし仮に俺がその墓に一緒に入ったら、お前は嫌?」

 しっかりと視線を合わせたままのその言葉に、ククールは「まさか」とにっこりと笑みを浮かべた。


**


出来るだけ一緒にいられるように狭い墓を掘ろう。




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2009.05.05
















セリフお題ドラクエその4。