お呼ばれ冊子『リンコレ』収録「ユメみるキミ」の続き。 ユメみるキミとゲンジツへ! 初めてでもあんあん泣き喘ぐ処女ビッチが単なる童貞の妄想ではない、ということを証明したい。いやむしろ、己の兄がそうであることを確認したい。そのためにはまず、兄とセックスをしなければいけない。セックスをして泣き喘がせなければいけない。 奥村雪男(十五歳)はそう結論づけた。 では兄とセックスをするためにはどうしたらいいのか。 そこはやはり兄と恋人にならなければいけないだろう。つき合ってもいない間柄での性行為だなんてよろしくない。神様だってお怒りになる。(その前に同性で血縁者での行為のほうがより不道徳だろう、というツッコミには迷わず銃口を向ける所存である。道徳などくそくらえだ。) もちろん、兄のことは好きだ。セックスをしたいレベルで好きなのだから、恋人にだってなりたいと思っている。その点は問題ない。むしろウェルカム。ただどうしたら恋人になることができるのか、がよく分からないのだ。一般的には告白を経ての関係成立なのだろうけれど。 「告白……」 本来の言葉の意味を捕らえれば、何も恋愛におけるものだけではない。秘密や思いを打ち明けること、あるいは罪を神に打ち明けることの意味もある。けれどどうしてだか青少年の間で使われる「告白」という言葉は、暗に「愛の告白」という意味であることが多い。何故だろうか。やはり性や恋愛に一番興味を持つ年頃だからだろうか。「告白してきちゃいなよ」だとか「告白された」だとか、いつ頃から子供たちの間でそういう意味として使われ始めたのだろう。昔の、それこそ養父たちが学生の頃、あるいはもっと前でも「愛の告白」という意味で「告白」という言葉を使っていたのだろうか。 「…………? あれ? 僕何を考えてたんだっけ?」 思考がずれた。そう、告白だ。告白をされるか、するかしなければ恋人にはなれないということだ。 パターン1、燐が告白してくる場合。 「ないな。ありえない」 考えるまでもない、起こりえないことだ。兄はそういう恋愛感情をまだうまく理解していない。女子に向けているそれもただの憧れのようなものでしかないと思う。だから、雪男に対して告白をしてくることはおそらくない。 パターン2、雪男が告白をする場合。 「……それしかない、か」 パターン1が不可能であるのだから、残された道はこちらしかない。これもまた考えるまでもないことだ。けれどだからこそ、しっかりと思考を巡らせて自分の歩くべき道を整えておきたい。奥村雪男(十五歳)、妄想力だけに特化しているわけではなく、慎重を期す男でもある(はずだ)。 愛の告白だなんて自分のキャラではないし、されることは多けれどしたことは一度もない。しかし、そんなことを言っていてはらちがあかない。 偉大なる妄想を実現させるためには、踏み出さなければ進まないのだ。 寮の厨房にいる兄を発見した。今がまさにそのときだと思い、「兄さん、すき」と告白してみた。 「すき……やき? 食いてぇの? 珍しいなぁ雪男がそう言うの。そりゃ俺は大歓迎だけど、牛肉あったかなぁ……」 がさごそと冷蔵庫を漁り始めた兄の背中を見て、しばらく言葉が紡げなかった。言い方が悪かったのかタイミングが悪かったのか、あるいは燐の頭が悪いのか。一回目のチャレンジは敢えなく失敗したようだ。 はぁ、とため息をついて時計を確認。買い物にでもいこうか、と提案すれば、振り返った燐がぱぁ、と表情を明るくさせて喜んだ。ぱったんぱったんと尻尾まで大きく揺れている。可愛いなちくしょう。 「兄さん、すきだよ」 二回目のチャレンジは下校途中だ。塾も任務もなく、偶然帰寮時間が重なった。夕飯の買い物へいくという兄に付き合い、商店の並ぶ通りへやってきたのだ。人通りはあったけれど、どうせ誰もひとの会話など聞いていないだろう。隣を歩く兄を見下ろして言えば、きょとんと見上げてきたあと、彼ははっ、と目を見開いた。どんな意味を持つ反応だろう、喜んでいるように見えるけれども。そう思っていたところで、「ほんとだ!」と燐が声をあげた。 「スキーだ!」 雪男の前を通り過ぎて燐が走り寄った先。大きなガラス窓に展開されている商品、頭上に掲げられている店名、スポーツ用品店である。ウィンタースポーツでまとめられたショウウィンドウに、燐はぴったりと張り付いていた。 「いいなぁ、俺もスキーとかやってみてぇ! あ、スノボの板もある、って、くそ高ぇ!?」 見てみろよ、ゼロいっぱいある! ちょいちょいと手を振って呼ばれるものの、なかなか足がそちらに向かないのは、胸のなかのもやもやをどうしたらいいのか分からないからだ。 「雪男、スノボとかしたら超似合いそう! 絶対かっけーって!」 目をきらきらさせてそんなことを言われ、今年の冬にでも行こうか、と思わず言い掛けた。だから可愛いんだよ、反応が! とりあえず、二回目のチャレンジも失敗であるらしい。 一体何につまづいてしまったのか、足がもつれでもしたというのか。 三回目のチャレンジに意気込み「すき!」と言葉をぶつけた瞬間、燐がみごとにすっころんだ。ずべしゃぁ、と頭から地面に激突した兄に驚いてあわてて駆け寄る。 「いってぇ……! あーもう、超かっこわりぃ! 雪男、さんきゅな、俺に隙があるって言いたかったんだろ?」 もっと修行しないとだめだなぁ、と服についた砂を払いながら立ち上がり、燐は苦笑を浮かべていた。 確かに隙だらけのひとだけれど、注意を促すなら普通に「危ない」って言うよ。「隙あり!」だなんてどこの侍だよ、ていうかそれむしろ襲ってるよ、襲っていいなら襲いますけどね!? ツッコミの言葉は次から次に湧き出てくるが、ため息と一緒に呑みこんでおいた。兄の脳には何を言っても届かないような気がしたのと、すぐ治るけど前みたいに手当してくれよ、と擦り傷を見せながらねだられてどうでも良くなってしまったからだ。ほんと、なんで、こんなに可愛いの。 度重なるチャレンジに、度重なる失敗。どうしてこんなにもうまくいかないのだろう。 雪男の妄想では、告白だってもっとスマートにかっこよくきめられていたはずなのだ。感極まって目をうるうるさせた燐に「雪男、実は俺も……」と抱きつかれる、だなんてことはいきすぎだとしても、せめて顔を赤くして戸惑う様子くらいは見たかった。それなのに現実はどうだ、顔を赤くしてもらえるどころか、まず放った言葉を理解してもらえていない、告白として受け止めてもらえてさえいないではないか。 やはり妄想は妄想でしかないということなのか。敢えてみないようにしてきた現実(たとえば告白の段階で断られる、だとか)には敵わないのだろうか。 「いや、分かってるんだよ、妄想だって……」 誰に言い訳しているのかも分からないまま、雪男はぽつりとそう呟いた。そう、分かって、いるのだ。妄想は妄想でしかない。そもそも燐とつき合えるということ自体が妄想の産物で、セックスまで持ち込めるだなんてさらに妄想を重ねた結果。男同士で、しかも初めてのセックスでうまくいく保証はなく、テクニックもない自分が兄を気持ちよくしてあげられるだなんて可能性はゼロに等しい。処女で尻の穴を犯されてあんあん気持ちよく泣き喘ぐような存在は、エロマンガかエロゲのなか、あるいは童貞の妄想のなかにしか登場しないのだと、分かってはいるのだ。 ただ、妄想でもしていないとやっていられなかっただけだ。あまりにも燐のことが好きすぎて。触れたくて、触れられたくて、抱き合いたくてたまらなかった。 「兄さん! 僕は兄さんが好きだよ」 ふたりが過ごす六〇二号室。今日の分の課題を終えたから、とふらふらになりながらベッドに倒れ込みそうだった燐の背中へ、椅子から立ち上がりなかばやけくそ気味にそう叫ぶ。足を止めた燐が振り返って雪男を見た。厨房ではないから食べ物と勘違いすることもないだろうし、スポーツ用品店もないからスポーツと思うこともない。燐が転ぶ気配もないから今度こそきっちり伝わった、はずだった。 こくり、と唾を飲み込んで反応を待つ。緊張に身体を強張らせているのは雪男のほうだけのようで、ふにゃりと笑った燐は「俺も好きだぞー」と返してきた。がっくりと肩が下がる。落胆のあまりその場にしゃがみ込んで膝を抱えた。違う、そうじゃない、そういう意味じゃないんだ。 「お、おい、雪男? どうした、どっか痛いのか?」 うずくまってしまった弟を前に、慌てて燐が近寄ってきた。同じように膝を折り、大きな体を丸める弟のそばにしゃがみ込む。ゆさゆさと揺さぶる兄の手の温もりを覚えながら、「もうやだ」と雪男は涙声で呟いた。 「僕の言う好きはそういう意味じゃないの、兄さんが思ってるのとは全然違うの!」 どうしてこの気持ちが伝わらないのだろう。こんなにがんばっているのに、妄想ばかりしているのが悪いのだろうか。 どういう意味の好きなんだよ、といぶかしげな顔をする燐へちらりと視線をむけた。「もっとやらしい意味を含めてだよ」と正直に答える。この兄相手では、言葉を濁したところで何の得にもならない。なにせ、直球で勝負したはずの玉すら思いもよらない受け止め方をしてくれるのだから。 「兄さんを押し倒して、めちゃくちゃにして! エロマンガみたいなことやったりやらせたりしたいって思ってるような、そういう好きなんだよ!」 「え、エロマンガみたいなことって……」 お前、読んだことあんの? 食いついてもらいたいところはそこじゃねぇんだよ! そう思うけれど口にはしない。「たしなむ程度には」と答えれば、「何をどうたしなむんだよ」と笑われた。自分でもよく分からない。いいんだ、と雪男は再び膝に顔を埋めて呟きをこぼす。膝にメガネがあたって、邪魔だった。 「いいよもう、分かってんだ。どうせ僕の妄想みたいに、兄さんとつき合ったりキスしたり、兄さんを喘がせたりなんてできないんだって。知ってるよ、初めてでも感じる処女ビッチが童貞の妄想でしかないんだって!」 悲しいかな、ひとはいつまでも子供ではいられない。使うタイミングが違うような気もするけれど、現実をしっかりと捕らえることが大人になるということならば、たぶん間違ってはいないだろう。いろいろな意味を含めて大人にならなければならないのだ。そんな覚悟を決める弟のそばで、兄は「そっかー、雪男、童貞なのかー」と嬉しそうに笑っていた。何故笑う、何故嬉しそうにする、何故そこに食いつく! 「だってずっと兄さんが好きだったんだもん!」 ほかに好きな相手なんていなかったし、セックスまでしたいと思う相手は燐だけだった。告白してくれた子は何人かいたけれど、たとえそのなかに童貞を捨てるチャンスが潜んでいたとしても、受け入れることだなんてできなかった。もういいよ、ばか、と膝を抱える力を強めた雪男のそばに、燐が腰を下ろして座り込む気配がした。足を広げて卵のようにまるまる大きな弟を抱き込んでくる。 「安心しろ、雪男。俺も童貞だし、もちろん処女だぞ」 男の場合「処女」というのかは分からないけれど、つまりは誰とも深く繋がってはいない、という意味だ。 不安定な体勢のまま抱きつかれてしまったため、雪男もまたぺたり、と床に尻をつけて座り込む。そんな弟の肩へぐりぐりと額を押しつけたかと思えば、顔を捕らわれぐい、と上に向かされた。覗きこんでくる青い瞳と視線が合う。にかっ、と笑った顔は昔から変わらない。雪男の大好きな顔。そっと降りてきた唇がむちゅ、と押しつけられた。もちろん雪男の唇に、だ。 「雪男の言う好きってこういう好きだろ?」 大丈夫ちゃんと分かってるし、伝わってるよ、お前の気持ち。 突然の展開に思考がついていかず、涙目のまま惚けている弟へ、兄は何度もキスを降らせた。ちゅっ、ちゅ、というリップ音の合間に、「雪男のさ、」と兄は笑いながら提案するのだ。 「妄想、現実にしようぜ?」 俺も協力するからさ、と笑う兄にはきっとたぶん一生敵わない。 兄さん大好き! と抱きついた雪男を受け止めて抱き返しながら、「俺も好き」と燐も嬉しそうに笑っていた。 ブラウザバックでお戻りください。 2015.02.09
「……僕の告白、三回スルーしたのはわざとなの?」 「さて、どっちでしょう」 |