「思い、知る。」の続き。 I'll teach you! とりあえず保護した赤いカリスマをどうするか悩んだのは一瞬のこと。このままひとりにしておくことなどできるはずもなく、知り合いだから、と教会のシスターに説明して竜神の里へ連れ帰ることにした。 「つかもはや赤くないから『赤カリスマ』とかも呼べないのか」 困った、とどうでもいいことを呟いてしまうのは、正直どんな態度を取ればいいのかまだ分からないからだ。以前に比べて多少は周囲のことを理解できるようになったとはいえ、自分のために記憶をなくしてしまったひとへの接し方、だなんて、きっと誰に聞いても答えてくれないだろう。 「あー、でもとりあえずゼシカとヤンガスには会わせないとなぁ……あと陛下と姫殿下にも」 心配をかけてしまったひとたちへ顔を見せるのは当然のこと。その際彼の現状をどう説明したらいいというのか。 「帰ってじーちゃんに相談しよう……」 今までならそれこそククールに尋ねていたような事柄だが、今はそれができない。相談相手としてすんなり祖父を選択できるようになったのも、すべてこの男のおかげなのだけれど、張本人がそれを理解していないというのも妙な話だ。 「あのさぁ、あんた結局オレのなんなわけ? 身内とかだったりするの?」 特に行く宛もないから、という理由でエイトに同行してくれている問題の人物は、真っ青な瞳を向けてそう尋ねてくる。表情も言葉遣いもエイトの知るククールとは少しずつずれているのだけれど、そのきれいな瞳だけは変わらない。エイトの好きな、愛した男の目だ。 「や、お前の身内はほかにちゃんといるぞ。腹違いの兄ちゃんな。今どこにいるかは知らんけど」 そう答えたエイトへ、「ふぅん」と興味なさそうな相づちを打ち、「じゃああんたはなんなの」と最初の質問に戻る。 「あー、平たく言えば旅仲間、なんだけどさぁ」 「……それだけじゃない、って顔だな?」 記憶がなくなっているだけで、基本的な性格、能力は変わっていないのかもしれない。察しの良さも相変わらずで、「まあそうかもな」とエイトは苦笑を浮かべて頷いた。 彼がこうなってしまう前に、グルーノが尋ねたのだそうだ。 記憶をなくしたあとはどうするのか、と。 エイトの記憶を取り戻す代わりに己の記憶を差し出す。空白になることに恐怖はないのか、その後のことを考えたりはしないのか。記憶をなくした自分あてに手紙を残し、現状を理解できるような措置を取ったりはしないのか、と。 けれどグルーノの言葉に首を振った青年は、「適当にやるさ」と答えた。派手な見た目に誤魔化されがちだけれど、彼は僧侶というだけあり思慮深い面が多々ある。 「どうせ今までだって適当に生きてきたんだしな」 そう自己卑下する彼に、決してそうではない、ということを仲間たちが主張したところで聞き入れてはもらえないだろう。 「……エイトがお主を見てどう思うか、考えたりはせぬのか?」 自分のために己を犠牲にした男。 そもそも記憶を差し出したところでエイトに変化が現れるという確証もないのだ。どう思うもなにもねぇよ、と銀髪を揺らし、ククールは笑みを浮かべる。 「正直、今までだって言いくるめてそばにいたようなもんだからな」 分かってんだ、と吐き捨てられる言葉に含まれた自嘲。うまく自分を理解することのできていない歪な少年へ、都合のいい言葉を吹き込んでいただけだ、と。 「きちんと世界を見ることができるようになったあいつの視界に、オレが入っていられるとはどうしても思えないんだ」 人々の視線を浴びることを常としているような彼からは想像もつかないような言葉。「ずいぶんと弱気じゃな」と言ったグルーノへ、「笑ってくれていいぜ」と青年は痛々しげな笑みを浮かべて返す。 「恋する愚かな男だからな」 そう。 ククールは恋をしてくれていたのだ。 どうしようもなく歪んだ心と世界のなかで生きていた少年に。 とても真剣に。 全身全霊をかけて。 恋をしてくれていた。 今ならそのことが分かる。 分かるように、ククールがしてくれたのだ。 そして理解はできていなかったけれど、エイト自身もまた恋をしていたのだ。 どうしようもなく優しい心を持ちながらもどこかひねくれていた青年に。 とても真剣に、全身全霊をかけて恋をしていた。 いや、今も現在進行形で恋をしているのだ。 記憶を取り戻したエイトの世界に入り込む自信がない? 言いくるめてそばにいたようなもの? バカにするのも大概にしてもらいたい。いや、昔からずっとバカだバカだと罵られてきたし馬鹿にされもしてきたけれど、そしてそれらは概ね認めざるを得ない罵声でもあったけれど、この点についてだけは一歩も引くつもりはない。 確かにエイトは何も知らなかった。世界というものも自分というものも自分以外というものも、うまく理解することができていなかった。 けれどだからといって、どうでもいい男の言葉ひとつでいいように動いてたまるか、とそう思う。いろいろ怒られた、馬鹿にされた、嘆かれたし、傷つけられた、そして傷つけもした。それでもそばにいたのは、そばにいてほしいと思ったのはほかでもない、この男のことが好きだったからだ。 それで、と過去を思い返していたエイトの耳に、平坦な青年の声が届く。 「あんたはオレをどうしたいわけ?」 昔のような仲に戻りたい、というのならおそらく無理だろう、とどこか突き放すようにククールは言う。それもそうだ、何せ彼はいま何も分からない状態で、今後失ったものを取り戻せるかどうかも分からないのだ。確率からいえばそうなる可能性はとても低い、とエイト自身も思っている。 「んなこと望んでねぇから安心しろよ」と小さく笑って言葉を放った。 「ただまあ、覚悟はしといてもらおうかな」 彼がエイトのために差し出したものはもう二度と戻ってこない。 失ったものを嘆くより先に、己ができること。 考えたところでエイトには分からない。たとえ取り戻せたものがあったとしても、やはりエイトの脳の出来はよろしくないままなのだ。分からないことがたくさんある、できないことが山ほどある。 そのことも含め、教えてやらねばなるまい。 この青年がどれだけとんでもないことをしでかしてくれたのか。 どれだけエイトのことを愛してくれていたのか。 そしてエイトがどれだけ彼のことを愛しているのか、を。 「全力で思い知らせてやるからさ!」 ブラウザバックでお戻りください。 2015.01.10
「……あんたが偉そうにしてると微妙に腹が立つ」 「そういうとこは思い出さなくていい」 |