金の斧、銀の斧、ときおり人面魚」の続き。


   人面魚のち、ところにより手人形。


 黒い覆面、両手に小さなぬいぐるみをはめたモンスタ、パペット小僧。通常モンスタを倒すとモンスタもその装備も跡形もなく消え去るものなのだけれど。
 一つ聞くが、と漆黒の髪をした兵士に声をかけたのは、銀髪の僧侶だった。眉間にしわを寄せ、「そいつをどうするつもりだ」と青年は静かに問いかける。兵士の手の中には、たった今倒したパペット小僧から入手した、スライムとげんじゅつしの人形が握られていた。
 至極真面目な顔をした兵士は、「いや、」と人形を見下ろしたまま口ごもる。

「向こうの僕が集めていたらしい」

 彼の言う「向こうの僕」というのは、先日何の手違いかでこちらにやってきた別世界の住人のことである。こことはまるで次元の違う場所、だけれどもどこか似たような世界で生きる彼は、名前も立場も状況もほとんどこちらの少年近衛兵と同じであった。異なっていたのは髪と目の色、そして性格。
 彼自身も入れ替わるように違う世界へ足を踏み入れ、現在のパーティメンバと同じようで少しずつ違うひとたちと半日を過ごす羽目になった。彼らは破天荒なリーダに手を焼きつつも、同じ目標に向かって心を通わせて歩んでいるようだ。危機感はもちろんあっただろうが、それでも皆、どこか楽しそうに旅をしており、とてもうまくまとまっている一行だと思ったのだ。

「……僕はこういう性格で、面白味のない人間だ。君たちには居心地の悪い思いをさせていると思う」

 そのことを問題だと思うことすらできていなかったのだけれども、違う世界の自分たちのやりとりを見て、最近少し申し訳なく思うようになってしまったのだ。お気楽な旅ではないということは重々承知しているが、それでもやはり皆心のある人間で、常に緊迫感を持っているなどできるはずもない。せめて少しの楽しさや、気安さ、親しみやすさがパーティ全体にあれば違うのではないか、と考えてしまう。
 もしここにいるのが自分ではなく、向こう側の自分だったら、彼らからももっと笑顔がこぼれているのかもしれないし、パーティ内でだって会話が弾むのかもしれない。それが必要かどうかはいまいちよく分からないけれど。
 そんなことをつらつらと語る少年兵を見下ろし、普段ほとんど表情を変えない僧侶がはぁ、と大きなため息をついた。頼むから、と彼は言う。

「ああはなるな。あんたはそのままでいい」

 向こうからやってきた少年リーダによほど手を焼いたらしく、その話題を出すだけでも彼はとても嫌そうな顔をする。そのことが少しおもしろくて思わずくすり、と笑いがこぼれてしまった。何を笑っているのだ、ときつい視線で見下ろされる。

「いや、向こうの君にも似たようなことを言われたなと思って」

 半日どころではない。同じパーティを組んで以降ずっと、向こうの自分に振り回され続けているのだろう僧侶は、かなり真剣な顔をして「ああはなるな」と言っていた。そんな言葉にふぅん、と相づちを打った後、彼は珍しく「向こうのオレっていうのは、」と会話を続けてくる。

「どんな感じだったんだ?」

 詳しく聞いていなかった、と彼は言う。
 リーダの違いについては、彼ら自身その目で見ているため説明するまでもないだろう。パーティの紅一点ゼシカは、スタイルは同じであったがまず髪の毛の色が違った。向こうはオレンジ色で、性格は勝ち気な少女。こちらは金髪で、女性の色気を全面に出して利用してくるタイプだ。ヤンガスは人相の悪さは同じであったが、体格が真逆だった。食べることが好きで肉料理も好きらしい向こうのヤンガスとは違い、こちらは菜食主義者で健康オタクである。そしてこの青年についていえば、こちらの彼はひどく真面目で堅物な僧侶であるが、向こうの彼はそうでもなさそうだった。

「でも世話焼きだった。僕のことをいろいろと心配してくれたよ」

 ごく当たり前のように同じ部屋で夜を過ごしたが、着替えを用意してくれたり風呂を促してくれたり、正直あまりされたことのない気遣いを受けて面食らった覚えがある。こちらは女でも子供でもないのだからそこまでしなくても、と思ったものだ。

「それは、オレとは全然違うな」

 ふ、と笑って紡がれた言葉だったが、「そうでもない」とエイトは否定する。

「髪も瞳も、君と同じでとてもきれいだったよ」

 長さに違いはあるものの、さらさらと流れるような銀髪も、透き通った青い瞳も、こちらの彼と同じで見とれるほどきれいだった。
 そう告げれば、少しだけ息をのんだ後「あんたさ……」と彼は呆れたように眉間にしわを寄せる。

「天然でそういうことを言うから怖いな」

 何がどう怖いというのか、いまいちよく分からない。どういう意味だ、と首を傾げるが、彼は首を振っただけで詳しく教えてくれなかった。ふぅ、ともう一度ため息をついたあと、「確かに、あんたがそう言うのなら、」とククールは口を開く。

「向こうのオレたちってのはそれなりに楽しくやってるのかもしれないけどな」

 だからといってこちらのパーティメンバが、リーダに対し不満を抱いているわけではないのだ、と言葉を続けた。

「むしろあんたの方こそ、向こうのオレたちのほうが良かったんじゃないのか?」

 さらにそう尋ねられ、エイトは驚きに目をみはる。

「……そんなこと、考えたこともなかった」

 エイトにとって自分の仲間はやはり、ここにいる彼らのことだ。生死をともにし、守るべき相手、背中を預けることのできる相手。

「たとえ名前が同じで容姿が似ていたとしても、君たちの代わりはどこにもいない」

 きっぱりとそう告げる少年の茶色い瞳には、変わらない意志の強さが潜んでいる。まっすぐに相手を捕らえるこの視線は、向こうの彼も持っていたものだった。
 この少年リーダはとても真面目で、確かにひとを楽しませたり、和ませたりするタイプではない。けれどだからといって、彼がパーティメンバを蔑ろにしているわけではないと、皆も理解しているのだ。
 同じだ、とククールは目を軽く伏せてそう言った。

「オレたちのリーダもあんただけ。代わりなんてどこにもいない」

 もし今のパーティの雰囲気に居心地の悪さを覚えるのだとすれば、それはリーダである少年だけががんばってどうにかするものではなく、皆で考えて努力して変えていくべきものだろう。性格の違うメンバが集まっているのだから、自分たちに最適な空気感というものだってあるはずだ。向こうのパーティの距離感を真似する必要はないだろう。
 そう言った後、「だから頼むから、」と僧侶は首を振って静かに言った。

「その大量の人形は捨ててくれ」
 ていうか捨てさせろ。





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2015.01.13
















真面目エイトさん、悪いことは言わない、
捨てときなさい、それ。