恋人の浮気を発見!(エイトとククールの場合)」の続き。


   浮気禁止令


 だったらさ、と殴られた腹をさすりながらエイトは唇を尖らせて男に尋ねる。

「ククールが恋人の浮気を発見したらどーすんだよ」

 問いかけられたものに答えた言葉が、どうにも僧侶の怒りを買ってしまったらしい、ということは分かった。全力でふざけたため、怒られるのも分からなくはない、ような気もする。それならば、彼の中ではどういった答えであれば納得してもらえたのだろうか。
 そうだな、と顎に手を当てて僧侶は少しだけ考え込んだ。

「とりあえずは問いつめるだろうな」

 返ってきた答えにエイトは小さく唸って首を傾げる。

「なんか普通だな?」

 もっと奇抜な答えが返ってくる、とは思っていなかったが、それでもエイトが思いつかないような何かがあるのかと思っていた。そう口にする少年へ、「そもそも恋人って存在自体がレアだからな」とククールは臆面もなく言ってのける。

「……お前が会ってる数々の女性たちは?」
「オトモダチ」

 彼の脳内に名前が入っている彼女たちは、たとえ接触が深くとも恋人ではないということなのだろう。最低だなぁ、としみじみと言えば、男は小さく笑って言うのだ。

「そんなオレがさ、『恋人』を作るんだからさ、いろいろ察しろよ」

 そんなことを言われても、ひとの心を察することができるような能力がエイトには著しく欠けている。それと知っているのはククールくらいだろうに、と思いながら、「マジってことだな」と訳知り顔で頷いておいた。

「本気と書いてマジと読むってやつだな」

 うんうん、とあまりよく分からないまま口にすれば、「そうだよ」とククールはあっさりと認めてくる。普段にないその素直さに驚いて視線を向ければ、いつも通りきれいに整った顔にどこか寂しそうな、苦しそうな色が浮かんでいた、ような気がした。
 だから、とククールは静かに言葉を続ける。

「浮気をされたら本気で傷つくだろうし、凹むだろうな」

 それだけ想っている相手なのだ。せっかくそばにあったはずの心が別の方向へ向かってしまっている、だなんて知りたくない事実だろう。たとえ気の迷いであったとしても、裏切られたということに代わりはない。それは、と口の中で言葉を転がし、エイトは俯いた。

「よくねぇな……ふざけてる場合でもねぇな」

 エイトにはひとの心はよく分からない。好きだ嫌いだという気持ちは理解できるけれども、他者の間に成り立つ関係であり、自分自身がそこに入り込む様子を想像もできないからだ。だからどうあっても自分以外の誰かのことでしかないのだけれど、それで誰かが傷つくのはよくないとは思う。特にそれが己の仲間たちであるのなら、見た目は派手で斜に構えてはいるけれど心根は真面目で優しいこの男であるのなら尚更。彼が傷つくと言っているのだ、その状況を受け入れることなどできるはずもない。

「理解したか?」

 尋ねられ、「した。ごめん」と素直に謝る。自分がどこかおかしいことは分かっているし、そのおかしさでどれだけククールを傷つけたか分からない。それでもいいから、とククールは言ってくれているけれど、だからといって傷つけて平気でいられるほどエイトも心がないわけではないのだ。
 しゅん、と俯いてしまった少年の頭をぽんぽんと撫で、「だったらすんなよ、浮気」と男は言った。あまりに自然に紡がれた言葉に、「分かった、しない」と答えたけれども。

「……ん? あれ?」

 それはつまり、どういうことなのだろう。





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2015.01.20
















浮気となるための前提条件について。