under「Magic Sweets(Marshmallows)」の続き。


   おしえて?


 手にしたトランプを眺めながらちらり、と正面に座っている少年の様子を伺う。かれこれ半刻ほどこうして遊んでいる気がするが、薬(かあるいは魔法)の影響で子供にもどってしまっている僧侶が元に戻るような気配はまるでなかった。
 いつになったら戻るのだろう。戻らない、ということはないと思いたいけれど、ともう一度視線を向ければ、手札のなかからそろったカードを場に捨てながら、「そういえばさ、」と少年は口を開く。じっと見ていたことがばれてしまったのかと思い、びくりと肩を震わせたあと「な、なに?」とエイトはおそるおそる言葉の続きをうながした。
 そんなエイトをいぶかしげに見やったあと、「いや、さっきさ、」と少年に戻っているククールがいつもよりも高い声で言った。

「あんたさっき、なんでマジ泣きしたの」

 尋ねられた言葉の意味を考え、「さっき?」と首を傾ける。「さっきオレに押し倒されたとき」と詳しく教えられ、かっ、と顔が赤くなった。なにを突然言い出すのだ、と怒りたいが、羞恥のあまり言葉も出てこない。「な、なに、」とわなわなと唇を震わせるエイトを気にする様子もみせず、「ちょっと気になってさ」とククールは平然と言った。

「泣き出すタイミングがさ。指突っ込まれたのが嫌だったとか?」

 もしかして後ろは処女? と綺麗な顔の子供がつぎつぎと繰り出す下ネタに、残念ながらエイトの脳味噌はパンク寸前だ。思わず「違う」と答えてしまい、「ああ、やっぱり?」と返され今すぐ死にたくなった。

「じゃあ、次のゲームでオレが勝ったら理由、教えてよ。あんたが勝ったら言うこと一つ聞いてやるからさ」

 いいだろ、と強引に話を進めていく感じは、小さな頃から変わっていないらしい。カードゲームは強いよ、と豪語していた少年ククールではあったが、今のところ勝敗は六対四くらいでわずかにエイトをうわまっているレベル。うまくすれば勝つことも不可能ではない。そう判断し、「わかった、いいよ」と勝負を受けることにした。そうでなければ彼が戻るまでずっとその話題を振られるかもしれなと思ったのだ。

「じゃあポーカーで」
「ポーカーはだめ! お前ずるっこするもん」
「ずるっこって……だったら神経衰弱は?」
「それもだめ! お前に勝てる気しないもん!」
「じゃあ何にするんだよ」

 子供に呆れた視線を向けられようと、己のプライドがかかっているのだ、負けると分かっている勝負を受けるつもりはない。むむむ、と唸って考え、ここは平和に七並べでいこう、とエイトは提案した。

「……正直ここまでバカだとは思ってなかった」

 なんかごめん、と謝られ、エイトは顔を覆ってしくしくと泣き真似を続ける。七並べならただ並べるだけだから、運の要素が強いと思ったのだ。まさか敢えてカードを出さずに流れを止めてくる手法があるだなんて。(と嘆いているが、実際その手があることを知らなかったわけではない。ただ忘れていただけである。)

「まあでも勝ちは勝ちだからな。さっきの約束、守れよ?」

 それで何で泣いたの、と同じ質問を繰り出され、ううう、とエイトはシーツに顔を埋めたまま唸る。分からない、と答えをはぐらかすこともできるだろう。なんとなく怖くなった、嫌だった、そう言ってしまえば早いのかもしれない。けれど、たとえ子供の状態であったとしても、ククール相手に自分がごまかし切れるとは思えず、結局は「だって、」と素直に口を開く羽目になるのだ。

「い、いつも、と違う、から……っ」

 エイトの知っている状況とは違うものを突きつけられ、ただでさえ恥ずかしくて死にそうな行為の最中であったこともあり、パニックになってしまったのだ、と。途切れ途切れに紡ぐ言葉に耳を傾けていた少年ククールは、ふぅん、と小さく呟いたあと、「何がいつもと違ったんだ?」と更に詳しく聞いてきた。少年の興味をそこまで引くものがあるとは思えないけれど、ここまできたらもはやすべて吐き出してしまったほうが早いだろう。ぐりぐりと額をベッドに押しつけて、はぁ、と息を吐き出す。そして早口で「ゆび!」と答えた。

「指が、違うの! いつもと、全然!」

 記憶すら少年時代に戻っているククールに自覚はないだろうが、それでもエイトからすればこの子供も、ククールなのだ。いくら同じ人物とはいえ、年齢が異なれば体格も違ってくるのは当然のこと。同じであるはずなのに違う感覚を与えられたことを、要領の少ない脳ではうまく処理しきれなかったのだ。おそらくいつものククールであればエイトの今の説明であらかた理解してくれるのだろうが、今のククールではそうもいかないらしい。指ねぇ、と言いながら自分の手を眺め、「あんたもしかして、」とエイトに視線を向けて言う。

「ひとりとしかしたことねぇの?」

 本当にもうやだ。どうしたらこの子供の口を閉じることができるのだろう。かっかと、耳先まで燃えるように熱くなっている。じんわりと滲む涙をそのままに、そうだよ悪ぃかよ、と吐き捨てた。そんなエイトをおもしろそうに見やったあと、「いや悪くはないけどさ」と少年は笑う。

「そのひとりの指の太さは覚えてる、ってわけだ?」

 今のエイトの言葉の意味を考えれば、そういうことである。けれどそんな風に言葉にされるとより卑猥に聞こえて仕方がない。自分はそんなにいやらしいことを言ってしまったのだろうか、とますます表情を歪めてしまったエイトへ、ククールは更にとどめを放つのだ。

「ていうかあんたの場合は教え込まれた、って感じっぽいな?」

 どう? 違う? と確認するように重ねられ、エイトはもうやだ、と叫んで再びシーツに顔を埋めた。ぽふぽふとベッドをたたき、額を擦り付けながら「その通りだよ、エロ僧侶!」と呪詛を吐く。

「ていうか、全部お前が悪いんだろっ!」

 素肌を擦る手のひらの熱さも、体内を広げる指の太さも長さも、ペニスを擦る手つきも。エイトの身体に教え込んだのは何を隠そう、そう尋ねてくる本人ではないか。全部全部ククールから教えてもらったことだというのに、何を今更確認されなければならないのか。今現在彼が子供に戻っているだとか、エイトとの関係を覚えていないだとか、そもそも原因となる菓子を手渡したのはエイトだとか。いろいろな状況をすっ飛ばして、「お前が全部教え込んだくせに」とククールを責める。いつもと違うというだけで身体が怯えてしまうくらいに、何度も何度もしつこいほど触れてその熱を覚えさせてきたくせに。
 ククールのばかやろう、と続けた罵声に、「ふぅん?」と返ってきた相づち、その声音。

「……何を、どんなふうに教え込まれたのか、詳しくオレにも教えてくれよ」

 なあエイト、と。
 聞き慣れた低い声で名を呼ばれ、とりあえず今すぐ世界滅ばねーかなー、とエイトは現実逃避した。





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2015.01.29
















あとククールの頭、今すぐハゲねーかな……。