「優しい自分勝手」の続き。 仲間の意味 どのように戦えば最小の被害で最大の結果を残すことができるのか。 それを考えるのがパーティリーダの勤めだ、と少年兵エイトは常々思っていた。 「エイトッ!?」 「構うな、終わったら一旦ルーラで町まで戻れ!」 これで終わらせるぞ、と言い捨てて駆け出す。付き合いはさほど長くないが、それぞれ互いの戦いの呼吸を理解はしている。勘が鋭く、頭の回転の速いメンバだ。エイトが今何をしようとしているのか、その結果どうなるのかを正確に理解してくれているだろう。 「ッ、ふ、ざけんなくそガキッ、戻れっ!」 「兄貴ッ!」 「何馬鹿なことやってんのよっ!」 口々にエイトを呼び、罵りながらも呪文を展開しているのだろう。強い魔力の波動を感じる。ゼシカはメラミ、ククールはべホイミかあるいはザオラルを唱えてくれるだろう。ヤンガスだってきっと武器を構えてくれているはずだ。エイトが身を犠牲にして作り出した隙を無駄にしないためにも。 隙が、欲しかった。 勝てない相手ではないのだ。ただ出会ったタイミングがあまり良くなく、連続で強敵を倒したあとだった。まだ体勢を整えることすらできていない。体力を回復はできているけれど、長引けばこちらに不利。相手は一体だ、とにかく隙を作って大ダメージを与えて倒し、即座にこの場を離脱したい。 そのためにはどうすればいいのか。どうすれば最小の被害で抑えることができるのか。 いくつかのパターンを脳内で展開し、もっとも効果的だと思われる方法をエイトは選んだ。 その判断は間違っていない、と今でも思っている。 仲間を信じていなかったというわけではない。むしろ信じていたからこそ、エイトが作り出した隙を逃さず攻撃に転じ、魔物を確実に倒してくれるだろう、と。そして力つきたエイトを治癒し、町までつれ戻ってくれるだろう、と信じていたからこそできること。 そう考えることはできるが、だからといって許容できるかと言われたらまた別の問題である。 どうしよう、と自分の怪我の治療もそこそこに、ゼシカが泣きそうな顔をしてククールを見上げてくる。勝ち気な彼女の表情をここまで曇らせるだなんて、リーダも罪作りな男だ。はっきりいって最低だと思う。 「大丈夫、呼吸は安定してるし、『生きて』はいるんだ。指示通り一旦町まで引くぞ」 「だな。兄貴が起きねぇようなら医者にもみせねぇと」 ククールの言葉にヤンガスが答え、横たわったままの小柄な兵士の身体を担ぎ上げた。 たった今終わらせた魔物との戦闘で、エイトが力つきた。そうなるだろう、と分かっていてこの兵士は動いたのだ。もちろん蘇生魔法を覚えているククールがいるからこその強行手段であり、崩れるエイトの姿を認識すると同時に魔法を放った。 ザオラルは力つきた仲間を復活させる呪文。しかし確実にそうできるものでもなく、失敗もまた多い。きちんと魔法が効果を発動すれば、対象はすぐに目を覚まし起きあがるものなのだが。 「……眠っているだけですね。心音、脈、そのほか身体に異常は見られません。直に目覚めるでしょう。少し体力が落ちていたのかもしれません、休養と食事をしっかり取るようにお伝えください」 それではお大事に、と頭を下げて出て行った町医者を見送り、メンバは互いに顔を見合わせてため息をついた。 昨夜泊まった宿の部屋が空いていてくれて助かった。同じように二部屋確保し、未だ目覚めぬリーダをベッドへ横たわらせる。ククールの蘇生魔法はやはり発動していたようで、専門家の目からみてもただ眠っているだけらしい。 睡眠は身体の休息。目覚めないということはつまり、身体が休むことを欲しているのだ。 ばかエイト、とゼシカが小さく呟いた。 「ゼシカ、怪我の治癒を」 戦い終わると同時に町へ戻ってきたため、エイト以外のことを構っている余裕がなかった。三人ともそこそこの怪我を負っており、先ほどの医者に手当自体は行ってもらっている。 ククールの申し出に、少女は眉を下げて首を横に振った。オレンジ色の髪の毛がふるふると揺れる。 「エイトが起きるまでこのままでいいわ」 自分たちだってそのつもりのくせに、とほかの男ふたりを見回す。町にいる今、MPの消費を気にする必要もないため怪我の治癒などさっさと行ってしまえばいい。しかしそれをしていないところをみると、彼らもまたゼシカと同じ気持ちなのだと伺い知れた。 気の強い魔法使い少女を見やり、僧侶は苦笑を浮かべて分かった、と頷きを返す。腕や足に裂傷を負っているくらいで、死に至るほどの怪我ではない。エイトが目覚めたあとに治癒を行っても遅くはないだろう。 そのやりとりが終わると、部屋はしん、と静まり返った。 リーダの眠るベッドの側のイスに腰を下ろしている少女、床の上にあぐらをかいて座っている元山賊、窓際の壁に背を預けて立っている青年。 窓の外はまだ昼の青空が広がっており、ククールはいい天気だなぁ、と場違いなこと考えながら「確かに、」と口を開いた。 「被害は最小だったとは思う」 少年がひとり力つきている状態で「最小」もなにもないとは思う。けれどエイトがあの場で犠牲にならなければ、最悪もうひとり、ふたり力つきていた可能性も高かった。それは否定できない。 「でもだからって、こんなのないわ」 ククールの言葉にゼシカがそう答え、「万が一ってこともあったでがす」とヤンガスも言う。万が一、エイトが本当に死んでしまっていたら、という意味だろう。蘇生魔法すら効かない、本当の死。 可能性、という話だけならそうなることだってありえなくはなかったのだ。 仲間ふたりからの言葉に、分かってる、と僧侶は静かに頷いた。 少年近衛兵の戦闘時における作戦は非常に合理的だ。血が通っていないような雰囲気すら覚えるが、それでも彼に従っていれば間違いはないという認識がメンバのなかにはあった。 それに頼りすぎていたのかもしれないな、とククールが小さく呟く。 「もし、エイトの策を取らなかった場合、何ができていたと思う?」 あの状況を、犠牲を出さずに切り抜ける方法はほかになかったのだろうか。 「……ククールはまだMPが残っていたでしょう? エイトとククールは回復に回って、私とヤンガスで攻撃。私がハッスルダンスを踊っても良かったと思う」 「体力回復させつつ逃げる、って手も取れてたはずだ」 重々しく告げるヤンガスの言葉に、「確かにそうだな」と僧侶も賛同を示す。 そう、取ることのできる手はまだあったはずだ。 エイトの脳内にだってあったはずなのだ。 確実性は劣るかもしれない。メンバの怪我だってこのような軽傷ではすまなかったかもしれない。回復が追いつかずやはり誰ぞが力つきてしまったかもしれない。MPを使い切り蘇生さえできなくなったかもしれない。 けれどきっと、今この状態よりは何倍も、何十倍も良い。そう言い切れる。 「そういうことを、そこのバカにもっと言うべきだったのかもな」 青年の言葉にふたりが頷いたところで、んん、と小さく呻く声がベッドの上から聞こえてきた。震えるまつげ、眉間に寄る皺、ゆっくりと瞼が開かれる。現れた漆黒の瞳。 「エイト」 そっと呼びかける少女の声に顔を向けたリーダは、しかしゼシカの姿を見ると同時に驚いたように飛び起きた。 「その怪我どうしたんだよ! ククール、なんで回復してやらないんだ!?」 怒りの滲んだ声音で僧侶を怒鳴る。はぁ、とククールがため息をつくのと、ゼシカがエイトの頬をひっぱたくのはほとんど同時であった。ぱしん、と乾いた音が室内に響く。 「このおバカ! 心配したんだからねっ!?」 はたかれた頬を押さえ、きょとんとしていた少年は、しかし自分を見つめるゼシカの表情にはっと目を見開いた。 唇を噛み、眉間にしわを寄せ、瞳を潤ませている。ゼシカ、と名前を呼ぶ前に、「目が覚めて良かった」と少女はエイトに抱きついた。 蘇生魔法が発動していたにも関わらず目覚めなかったこと、その間にメンバが交わした会話について話を聞き終えたエイトは、そうか、と呟いて俯く。顎に手を当て目を細め、しばらくそのまま考え込んでいたようだが、頭をあげると三人の仲間を順番に見やった。 ふぅ、と小さくため息をついてエイトは首を横に振る。 「俺が悪かった。もう二度としない」 ごめんなさい、と頭を下げる。 大地色の髪が揺れる頭を見やり、三人はようやく安心したような笑みを浮かべた。 エイトの取った手が間違っていたとは今でも思っていない、思えない。けれど正しかったというわけでもないのだろう。 「みんな戦えるっていってもさ、それが仕事ってわけじゃないじゃん。俺はそれが仕事だから、俺がなんとかしなきゃって気持ちがあったのかも」 もちろんほかの三人だってそれぞれ高い能力を有しているのは知っている。けれど戦闘訓練を受けた戦闘のプロといえば、メンバのなかでエイトだけだ。その点を無意識のうちに重く受け止め、気負ってしまっていたのかもしれない。 作戦においてエイトに頼り切りだったほかのメンバにも、少年がそう考えるようになってしまった責任があるだろう。反省しなきゃね、と少女が生真面目な顔をして言った。 「でもねエイト。私たち、同じパーティのメンバなの。何のために私たちがいると思う?」 一緒に戦うためよ、と少女が言う。 心配するためにもいるでがす、と元山賊が言う。 あと叱るためにもな、と僧侶が言う。 仲間がいる、という事実は、エイトが思っている以上に大きな事実、なのかもしれない。 ブラウザバックでお戻りください。 2015.02.02
たまには真面目に。 |