2013年四月馬鹿企画シェアハウス設定の続き。
住人の設定だけ置いときます。



   ハッピーバレンタイン!


 ダイニングにおかれたテーブルは、この家をシェアしている六人が囲んでも大丈夫なほどに広々としている。タイミングが合わずにひとりで食事をとるときはもの寂しいが、こういう使い方をするのならやはり広いものを用意していて良かったな、とフレンは思っていた。
 テーブルの上に所狭しと並んでいるもの。小麦粉に卵、バター、牛乳、生クリーム、チョコレート。ボウルに秤、こし器、木ベラ、そのほかよく分からない器具がたくさん。そのテーブルを取り囲んでいるものは、住人たちである。
 別にいいんだけどさ、と長い銀髪を頭のうえでまとめながら青年が口を開く。

「何でオレまで参加なの? オレ、もらう専門なんだけど」

 臆面もなくさらりと言ってのけた言葉は、端的に言い直せばただのモテ自慢だ。あまりにも当たり前のように口にされたため、腹を立てるのも馬鹿らしい。
 彼だけでなく皆を呼びつけた今回の首謀者は、少し呆れた顔をして「でもお前、エイトとヤってんだろ」と指摘した。ぶほぁ、と噴き出したのは銀髪の青年ククール、ではなく、その相手としてあげられた少年、エイトである。どこから持ち出してきたのか、白いふりふりレースのエプロンをつけて三角巾を頭に巻き、お玉を手にして新妻ごっこをひとり楽しんでいた人生の迷子は、げほげほとせき込みながらその場にしゃがみこんでしまった。
 そんなエイトをちらりと見下ろしたあと、「まあそうだけど」とあろうことかククールはあっさり認める言葉を口にする。もういやだ、とうずくまった少年は赤い顔を覆ってしくしくと泣き真似を始めた。そばに膝をおって背中をなでてやっているのは、このシェアハウスの家主である。
 ああやっぱりそういう関係なのか、と納得したような顔をしてふたりを見比べているのは、店子のなかで最年少の少年、実は悪魔だという彼はエプロンの後ろでぱたぱたと黒い尾を揺らしていた。その彼の双子の弟は驚いた顔を見せることなく、小さく肩を竦めて首謀者へ視線を向けている。彼、雪男もまたどうして自分がこんなことに参加しなければならないのか、いまいち納得できていない様子だった。
 そんな男たちを前に、「お前らなぁ」と眉間にしわを寄せているのは、現在パティシエとして修行中のユーリだ。せっかくバレンタインが休日なのだから、皆でチョコレート菓子を作ろうと企画したのは何を隠そう、甘味大王の異名を持つ彼である。

「そりゃ一般的には女が男にチョコを渡すってなってっけどさ。男同士でつきあってたら男も女もねぇだろ? たとえベッドの中の役が決まってたとしても、どっちも男なんだ。どっちがあげてもいいじゃねぇか」

 たとえ抱いている側であったとしても、男だから、と恋人からのチョコレートをもらえて当然とあぐらをかくのは間違いである。何せ相手も男なのだから、チョコレートを用意する恥ずかしさもあるだろうし、ほしいという期待もあるかもしれない。そういうことを考えたことがあるのか、と。
 ああ、と声をあげ、罰の悪そうに視線を外したのは雪男であり、ククールのほうは「まあこいつからのチョコは期待してねぇけどなオレは」と苦笑を浮かべている。

「どうせ暇だし、こういうの嫌いじゃねぇからいいけどさ」
「そうそう。たまには作る側に回ってみるのもいいもんだぜ? ほらユキも。作ったチョコをリンにやったら絶対喜んでもらえるから」
「その相手と一緒に作ってるんでサプライズ感はゼロですよね」
「大丈夫だぞ、雪男! お前が台所に立ってる時点でにーちゃんはびっくりしすぎて涙出そうです!」

 ため息とともに紡がれた言葉に兄がそう声を張り上げ、「ユキ、お前どんだけ料理をリンに任せてんだよ……」とユーリが呆れた視線を向けた。メガネをかけた悪魔の弟(もちろん彼自身もまた悪魔であるそうだ)は、何も聞こえませんといった表情で顔を背けている。
 このシェアハウスに住む六人、フレンとユーリ、ククールとエイト、それに雪男と燐はそれぞれ恋人同士(あるいはそれに準じたもの)という関係でもあった。最初からそうカミングしていたわけではないが、作られる雰囲気からなんとなく気づけるものである。そもそもフレンとユーリの幼なじみコンビは最初から隠すつもりは毛頭なかったようであるし、燐と雪男も双子の兄弟というにはいきすぎたスキンシップを多々見かけている。ククールとエイトについてだけは一見では分かりづらいものがあったため、今ユーリがはっきりと指摘するまでは皆「そうなのかな」という認識であった。よく気づけるね、とフレンに言われ、ユーリさまを舐めんなよ、とまとめた黒髪を揺らして自慢げに笑っていた。



「ユーリ、チョコ溶けた!」
「おー、じゃあ卵入れてよく混ぜてくれ。エイト、そっちできたか?」

 今回作るのは簡単な一口サイズのチョコレートケーキらしい。料理が好きで、自己流ではあるが知識も技術もある燐に複雑な工程を預け、ユーリは監督に徹している。小麦粉とベーキングパウダーを混ぜてふるっていた少年に声をかければ、「もうちょいで終わりそう」と隣で同じ作業をしていたククールが返してきた。
 かしゃかしゃかしゃ、とふるい器を振って白い粉雪をボールのなかに積もらせる。感性のどこかずれている少年はその様の何が気に入ったのか、無言のままただじっと粉の降りかかる山のてっぺんを眺めていた。

 網を手にしている右手を振ってももう粉が降ってこない。どうやら終わってしまったようだ。残念。やはりこの世の中、永遠というものなどないらしい。形あるものいつかは終わりが訪れる。
 どれだけ小麦粉振るいに情熱を注いだとしても、小麦粉が尽きるかボウルの許容量を越すか、エイトの右腕が悲鳴をあげるかすれば終わってしまう。儚いものだ。それならばせめて、右腕が限界を訴えるまでは小麦粉振るいに挑戦したいところである、いや挑戦すべきなのだ、何故ならば小麦粉を振るうことこそエイトに科せられた使命なのである……などというどうでもいいことを、ボウルを覗きこみながら至極真面目な顔をして考察していたのが悪かったのかもしれない。突如鼻の奥にむずつきを覚える。何か埃でも吸いこんだのだろうか。むずむずと擽られているような感覚に、くしゃん、と少年の顔が歪んだ。

「ふぇ……ふぇ……っ」

 口を半分ほど開き、徐々に仰向いていく頭。「あ、バカお前やめろ!」というユーリの怒鳴り声が響くと同時に、ククールとは反対側の隣にいた雪男がエイトの口をむぎゅ、と塞いだ。口だけではない、どうやら鼻も一緒に摘んだようで、ふごっ、という間抜けな音が少年から発せられる。彼らが慌てたのも当然のこと、エイトの正面にはたった今振るったばかりの小麦粉のボウルがあったのだ。
 雪男のとっさの判断で、どうやら小麦粉を辺り一面にまき散らすという事態は免れたようだった。

「ククール、それ、さっさとこっち寄越せ。リン、そのチョコとこれを混ぜて」

 慌てて回収した小麦粉+ベーキングパウダーを溶かしたチョコレートに混ぜ込み、生地を作っていく。

「フレン、そこの型にバターぬっとけバター」
「型って、たこ焼き器?」
「おう、キッチンにあったの見つけてな。リン、今度たこ焼き作ってくれよ」
「いいな、たこ焼き! イカとか豚肉とか、いろいろ入れてさ」

 お菓子作り、おやつ作りはユーリ担当だが、日々の食事は燐が請け負っている。メニューのリクエストに嬉々として答えながら、彼は危なげない手つきで粉とチョコレートを混ぜ込んでいた。

「ねぇユーリ、僕もああいう『料理してます』って作業がしてみたい」

 燐の姿を見やりながらフレンが子どものようにそうねだってくるが、残念ながら恋人は首を立てに振ってくれそうもない。フレンのしていることだってちゃんとした準備の一つだ、おろそかにしたら美味くならねぇぞ、と脅される。けれど、このお菓子作りが始まってからフレンがしたことといえば、分量通りに小麦粉や砂糖をはかったことと、型にバターを塗りつけたことくらいで。
 不満そうなフレンを見やり、「愛されてていいじゃねぇか」とククールは適当な慰めを口にした。実は以前より、『フレンには絶対料理をさせるな、味付けに関わらせるな』と住人たちへ彼の恋人より厳命が発せられていることを、フレンは知らないでいる。

「あとユキ、そろそろそいつから手、離してやってもいいんじゃねぇの?」

 死ぬぞ、とククールから三文字で危険性を指摘され、雪男は思い出したかのようにエイトの鼻と口から両手を離す。ほとんど呼吸を奪われていた状態であったエイトは、ぶはぁっ、と涙目になって息を吐き出した。ぜぇはぁと大げさに肩を上下させる少年(といっても実年齢は雪男より年上のはずだ。言動と容姿からどうしても年下に錯覚してしまうけれど)を見下ろし、「くしゃみと一緒に息の根も止めた方がいいのかと」と悪びれずに雪男は言う。

「何なのお前、俺になんか恨みでもあんの!?」

 ぎゃん、と子犬のように噛みついてきた言葉に、「かわいさ余ってなんとやらってやつですよ」と悪魔が嘯いていた。


 一口大の丸いケーキの第一陣が焼き上がり、底面を少しだけ切り取って座りをよくする。このままでも十分に美味しいが、どうせならちゃんとデコレートをしよう、と溶かしたチョコレートでコーティングし冷やして固めた。その上にまた重ねて生クリームやデコレーション用のチョコレートペンで飾ろう、ということらしい。女子力高ぇな、と呟いたククールへ、これくらい菓子なら普通だろ、とユーリは平然と返している。

「見ろ、ユキ。エイトくんのこのげーじゅつ的なデコレーションを!」

 ケーキ自体小さい上に表面は球体で、何かを描くには少々難がある。しかしそういったキャンパスにこそ芸術は生まれるのだ、と思っているわけでもないエイトが力作を雪男に見せれば、メガネの悪魔はぶはっ、と盛大に噴き出してくれた。

「呪いの儀式でもしてるんですか?」

 くくく、と喉を奮わせる雪男は、ていうか何描いたのこれ、と日頃の敬語も忘れてエイトに尋ねている。テンションが上がるか下がるかしたときに崩れる雪男の口調がエイトは好きだった。

「猫。見えねぇ?」
「ぜんぜん見えない。これならまだ僕のほうが上手く描けるよ」

 そう言ってエイトの手から白いデコレートペンを取り上げ、小さなキャンパスに向き合う。とても馬鹿げたことをしているが、ふたりとも真剣な表情をしていた。

「何だかんだ言ってても仲良しだよね、ふたり」

 これ猫好好ちゃんに似てね!? やばい動きだすかもしれない! と楽しそうなエイトと雪男を眺めながら、フレンは満足そうに笑って言う。
  ありがたいことに、今現在この家をシェアしているメンバはみな良好な関係を築いてくれている。小さな喧嘩はそれこそ毎日かもしれないが、大きないざこざは今まで一度も起こっていないのだ。誰かが我慢することなく、自然な状態で生活してこれなのだから、きっとそれぞれの波長が上手く噛み合っているのだろう。
 よい住人たちが集まってくれた、としみじみと思っている家主のそばでは、ククールが「なあリン」とシンクに立って洗い物をしていた悪魔の少年へ声をかけていた。

「焼き餅とか焼いたりしねぇの?」

 恋人でもある弟が、違う相手とあんなに仲良さそうにしているのだ。少しくらいは嫌な気持ちをもったりするのではないか。にやにやと笑いながら口にされた言葉に、泡にまみれた両手をした悪魔はきょとんと首を傾げて言った。

「エイト相手に、どうやって?」

 心底分からない、といった表情をする彼は、この家のなかではエイトの次に頭の出来が残念である。言いかえれば素直で真っ直ぐな性格をしているのだ。嘘やごまかし、駆け引きといった単語とは無縁であるため、きっと本心からの言葉なのだろう。あのエイトを相手に焼き餅を焼いてどうするのだ、と。悪気はない、のだと思う。
 返された言葉にユーリは爆笑し、ククールは「オレが悪かった」となぜか謝罪していた。

「今から固めれば三時には間に合うな。おやつの時間にまた集合な」
「あ、じゃあ、俺晩飯の準備しとこっと」

 おおかた後かたづけを終え、あとは出来上がりを待つばかりとなった頃にユーリがそう声をかければ、燐がついでとばかりにそう言葉を口にする。オレも手伝うわ、とつまみ食いしていたチョコレートケーキの切れ端を燐の口にも入れてやりながら、ユーリが手を挙げた。

「テレビ見るやついる? いねぇならオレ見てい?」
「何見るんです?」
「こないだ金曜ロードショーでやってたやつ。サスペンスの」
「あ、それ僕も見たいです」
「じゃあ一緒に見ようぜ。つか珍しいなユキが映画見たいとか」
「この間原作読んだばかりなんですよ」
「げ……お前、ネタバレはなしだからな?」
「えーどうしよっかなー。僕、口が軽いからぺろって言っちゃうかも」

 マジでやめろよ、努力しますけどぉ、と言い合いをしているククールと雪男を横目に、フレンもまた部屋へ戻るつもりはないようでソファに腰を落ち着けて新聞を広げていた。
 リビングにつながっているサンルームには冬の弱い日差しのなか、ひなたぼっこをしている三匹の動物たち。犬猫ネズミと種類はばらばらだが、彼らも住人同様仲違いすることなく上手くやっているようだった。
 ついでに自分も一緒に昼寝でもするつもりだったのか、毛玉のなかに顔を埋めたエイトが黒猫の前足をふにふにといじりながら「おわっ、クロ、爪長ぇなぁ」と声をあげる。

「切っとこうか」
「あ、エイト、ついでにラピードの爪もお願い」
「わかったー。爪切り爪切り」

 思考回路が斜め上の彼であったが、動物たちの世話は上手いもので、爪切りやブラッシングも率先して行っている。三匹ともエイトには懐いているようで、「脳内が動物と同レベルなくらい単純だからだろ」とククールなどは言っていた。
 結局だれもリビングをあとにすることはなく、三時に集合と言う必要もなかったな、とユーリが呟き、賑やかで楽しい、と燐は嬉しそうに尻尾を揺らす。

 机の上にはデコレートされたチョコレートケーキに、それぞれの飲み物。囲むメンバの顔はそれぞれ朗らかで、皆この時間を楽しんでいることが手に取るように分かる。
 雪男が作ったの俺が食う、と言い張る悪魔に、あの模様は絶対邪悪な何かを呼び出そうとしている、とひとのデコレーションにけちをつける銀髪の青年。ペットたちとの昼寝の最中にたたき起こされまだ半分眠っている少年に、形がたこ焼きだからソースかけたくなるね、とさわやかに怖いことを言っている大家。甘い食べ物と一緒に甘い飲み物を飲む神経が分からないと首を傾げているメガネの悪魔の隣で、まさに甘い飲み物を手にしている甘味大王がうるせぇえよ、と唇をとがらせていた。
 甘い香りと穏やかな空間が満たすリビングは団らんの場。六人が住まうシェアハウスには今日も皆の楽しそうな声が響いていた。

 ハッピーバレンタイン!





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2015.02.14
















チョコレートケーキ食べたい。